第24話 響也の恋人に関する問い
「賛成派陣営のメニューも、気になるところね」
「同じ系統の料理だと、後攻になっちゃったとき不利だからっすか?」
「そう」
五日後の勝負では、先攻が正午一二時からの午餐を、後攻が午後六時からの晩餐を出す。
間に二時間の休憩が入るが、昼食で十分満腹するだろう客達に、似たようなコースの夕食を食べさせたら、うんざりされて、評価が下がってしまう。
「後ろの三人の審査員に勝負をかけるフレンチ系のコースにするか、博打を打って謎のグランドメイン審査員に賭ける……中華か懐石に、絞り込むか」
「エマはん側も、中華と和のどっちかできはりますやろか」
「それ以外ってーと、浜辺のセットを作ってバナナの葉っぱで蒸し焼き石料理とか、シェラスコとかカリーとかトムヤムクンとか?」
沙記が入れたちゃちゃに、リリーがからからと笑った。
「そらええわ。エマはんがそんなん作ってるとこ、想像でけへんもんな」
一瞬、ブランドもののスーツをビシッと着こなしたエマがそれを作っているところを想像し、綾も吹き出した。
リリーが、通りがかったボーイに、
「あ、うち、もう一杯。ロックで。ダブルな」
注文にうなずいて、空のグラスを持って行った黒服とすれ違いに、
「……もう。あなたたち、いつもこんなところに出入りしてるんですの?」
マーガレットが、テーブルや人波の間をすり抜け、到着した。
「言いつつ、しっかり馴染んでるやん、あんた」
平素どおりの顔のマーガレットをグラス越しに指して、リリーが言った。
青と白のギンガムチェックの、ハイウエストをリボンでしぼったトップス、無地コットンのギャザーキュロットから脚をすんなりと見せ、踵の高いストラップシューズ。
「琉華と一緒に、ホテルオームラ行って参りましたわよ。お給仕の教育係を三人、明日から三日間、よこして下さるって」
沙記がはしっこく隣のテーブルから引っ張ってきた空きストールに、肩からハンドバックをおろして腰掛け、柔らかく波打つエナメル色の髪の少女は、言った。
綾のタンブラーの中味が透明なのを見て、
「アヤはカクテル? 何飲んでますの?」
「〝雪国〟ふう。沙記は〝ネグローニ〟ふう。リリーはスコッチ風味。リリーの奢りだそうだから、お好きなのを頼んだら?」
「軽いのでいいですわ」
「出入りをあそこまで非難したんや、ウォーター頼まんかい……ぶつぶつ」
「ところで、コーディネーターのおじさまとは? まだ接触できてなさそうね?」
「そ」
綾は、肩から滑り落ちる髪をもてあそびながら、息を吐いた。
「まあいいわ。今夜が駄目なら別働隊を出して調査させましょ。誰に最後の一枚の招待状兼依頼状が出されたか、ネットを一度でも通過した情報なら……誰か、そういう
「あかん。エスコート服や。
エスコート服は、
「『聖女会館』の
国民的人気のアイドルグループの一員であるエスカドロン・ヴォランの名を出して、沙記が顔をしかめて言った。
「で、エマ姉様側には情報が行っちゃうわけね……」
ふーっと、ため息をつく綾。
「中等部のあのエスカドのお嬢さんはどうかしら。ゲームのソフトプログラムしてるっていう」
「ハッカーとはまた別やろけど……。頼んでみますわ」
リリーが携帯を取り出し、フロアの外へ向かった。エスカドロン・ヴォラン隊長なのに、あいかわらず、少しも偉ぶらない。
「綾様、ボクがあの赤毛男とっつかまえて絞りあげましょーか?」
「い、いいわよいいわよ、沙記」
ニッと笑って見せた下級生に、綾は急いで手を振ってみせた。
マーガレットは、それまで三人の議論の行方を聞き流していたが、オーダーしたシェリー酒ふうのドリンクが、リリーのグレンフィディックふうとともにやって来ると、サクランボの沈んだ華奢なグラスを灰紫の瞳の高さまで掲げつつ、上品に言った。
「エマ様側が突き止めた頃に、情報を盗みにいくのが、一番効率的ですわねぇ……」
「さすがあんたや、マーガレット」
戻ってきたリリーが、呆れたように評した。
「ええ性格しとる」
最後に、印刷物の手配や人員への電話連絡など、事務仕事を役員数名に割り振り、長いオールバックの髪の乙女は、典雅に立ち上がった。
「では、これにて散会する」
始まって二時間で終了した、御前会議。
円卓を囲んで一五名きりの、こじんまりとしたものだった。
何事もが、エマの先導するとおりに決定されていき、料理系統の決定もメニューも当日までのタイムスケジュールも人員配置に関する協議も、すらすらと運んだ。
「カープールまで、ご一緒いたしますわ」
ソフィーも、軽やかに立ち上がる。
エマはうなずいて見せてから、ふと今気がついたかのように、
「課外研究特待学生会の二人も、ご苦労」
同席していただけという体裁になってしまった少年二人に、言った。
やれやれ、と立ち上がる雅。
「いいえ。参加させて頂き、ありがとうございました。何か協力できることがあったらうけたまわりますが……」
言いつつ、ないだろうな、と、半分社交辞令のつもりの雅。
「それではひとつ。――まあ、私はあまり気にしていないが、もし気が向いたら、この表の最後の空欄にはいかような名が収まるのか、調べておいてくれ」
エマは、ルールブックの審査員一覧表を指さした。
おや、と雅が片眉をあげた。
――用事を頼んでくれるとはね。だけど、所詮、最後の審査員がどんな料理の専門家でも、気にするおつもりはないくせに……
「全く、食えない。女傑というのはああいうのを言うんだろうね、響也」
下校前にスプリング・ヒルの聖女会館の翼の自室に向かうため、伊能家の御用車に同乗させた響也に、雅は、嘆息をもらして見せた。
すっかり暗くなっている車窓を、黒々とした木々が流れていくのを眺めながら、響也は素知らぬ顔で、
「
女傑云々の言葉に、返事はナシ。新エスコート服隊長は、肩をすくめて、
「あんた、色仕掛けでエスカドのおねーさん達の握ってる情報聞きだして来られない?」
「バカ言え。お前の方が向いてるぜ」
「へぇ、そうかな、僕って魅力ある?」
「第一、あのリリー・ラドラムあたりがそれほどの情報を握っているとも思え…… おい、何をニヤついている?」
「え? いや、褒められたんでつい」
雅は、わざとらしく両手を頬にあてたりなどしつつ、にこりとして、
「あの綾姫から告白された響也サンに言われたら、そりゃ嬉しいよぉ」
怜悧な視線が、零下四十度ほどに下がって雅に突き刺さった。
「言うな。忘れろ」
しかし、雅はあくまで脳天気だった。
「ねえねえ響也、キミが付き合ってる彼女って、どんな人さ?」
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