第15話 〝塔の姫様〟
「――塔の姫様――」
一番に薄明に目が慣れたソフィーが、しずしずと前へ進み出ると、車椅子の少女の足元に、深くひざまずいた。エマもその横へ腰を折って、平伏する。エマが他者へ平伏するなど、滅多にないことだったが。
リリーたちも、厳粛な表情で両会長達に習った。
少女達はかしこまって、かわるがわる、事情を陳述しはじめた。
「恐れながらお伺い申し上げます。いかなる方法で、この学院の将来を占えばよろしいか、妙案がありますれば、是非……」
聞いているのかいないのか。
大きな瞳が見ている空中には、ひらひらと星のように光る、いくつかの細長い形が、ゆったりした
魚の形をした光。紙のようなものではなく、薄いが立体感のある、何尾もの熱帯魚が、空中を泳いでいる。
カラカラカラ……。
突然車椅子が動き、壁に近づいた。少女が真っ白な袖と白の手袋の細腕をあげて、窓の一枚を開け放つ。深い色のガラス窓が、空へ大きく入り口を開いた。
魚は風に乗って流れ出し、塔の回りを群れ飛び、遊ぶ。
陽光の中でひらめくそれは、向こう側の雲がかすかに透けていて、やっと、よくできた
塔を出ても広い空中を泳ぎ回り、夏の遅い午後の光の中でも可視な、立体の幻。
高価な
車椅子の足載せに置かれた、白い柔らかな皮のブーツを履いた足元は、やはりぴくりとも動かない。
少女が慎重に車輪を操作して、台座のある位置に車椅子が納まると、低く、微かなモーター音が、台座の下から聞こえ始めた。
何事かと目を見交わす、五人の少女と一人の少年。
塔の少女が微笑の口許を全く動かさない中、声が聞こえてきたのは、そのときだった。
少女の声とは思えない、いくつかに割れた合成音が、音節を切って、吐息のような発音を漏らす。しかも少女の唇ではなく、遠く離れた天蓋から、声は降りてくる。
『
大きな瞳と柔らかな微笑は、違わず少女達に向いている。
「キュイズィーヌって……。――料理、でございますか……?」
ソフィーがつぶやく。その数十分後には、〝塔の姫様〟のご託宣は、学院中に知れ渡っていた。
「料理対決で決めろってさ」
「反対派と賛成派で食事をお出しして、審査員に勝ち負けを決めて頂くそうですわね」
「厨房を覗かれるの?!」
「いいえ、あくまでも会場で供される料理の味を審査されるとか」
笑っていいのかどうなのだか。ほとんどの少女はそんな顔で、実際、
「あははははははは!!」
笑い転げた生徒も多かった。
「でも、現実的に言って、源聖女館の生徒が二手に分かれて戦うとしたら、これ以上ふさわしい決勝法はありませんわ」
「お給仕の仕方や立ち居振る舞いも審査対象になるんだそうで」
「ご近所の女子校やら、県立高校の女子生徒なども、審査員としてお呼びするようよ」
「男子生徒も」
「エスコート服は、ジャッジメントに参加できないのですって。ご招待って形のよう」
「メイン審査員選びは、学院長はノータッチで、さる知識人がなさるらしいわ」
『聖女会館』のバンケットホールでは、塔から戻ってきたエマとソフィーが会議の終了を宣言した。
「では今、この時刻をもって、学院の中等部・高等部の生徒全てから公人の資格と義務を解除する。選挙管理委員会にわずかな仕事を残し、私もストリンドベルイも、ここに集った各団体の代表達も、たった今より
エマが言った。
ソフィーが、襟元のブローチを外した。それは東苑生徒会長の
西苑生徒会長の徽章も、すぐに並んだ。
バンケットホールの全ての生徒が、それぞれブローチや腕章や指輪の類になっている特殊委員会長や部長、クラス委員の徽章を制服から外し、卓上へ下ろした。
バッジを外さなかったのは、エスコート服の響也と雅、東・西の選挙管理委員長だけだった。
選挙管理委員が東西二人、立ちあがった、
「では、賛成派は賛成派で、反対派は反対派で、東西どちらかの苑に集結していただくため、陣地決定のくじ引きをします。ここにたまたま居合わせている皆さんから、反対派と賛成派を、一人ずつランダムに選ばせていただきます」
そして、選ばれた西苑の高等部三年生二人によって、一同の面前で、小細工も一切出来ないくじ引きが行われた。
「決まりました。それでは、移動して頂きましょう。徽章は選挙管理委員会が預かり、厳重に保管いたします。また、賛成派・反対派どちらの陣地でも、総長を選出するお世話までは選挙管理委員会が行い、その後、我々も私人へ帰ります」
「賛成派は、東苑へ!! 反対派は、西苑へ!!」
「決戦は……五日後!!」
そして、四方の扉が跳ね開けられた。
「よく言うぜ。どこが『右も左も分からない』だ、エンプレス・タワーの姫君の情報など、いつの間に仕入れた?」
「そんな昔の発言をあげつらってまた。君から聞いてなかったのは確かだけど? ――おっと、まあまあ、お互い様でしょ? それで、僕らは参戦していいんだと思う? いけないんだと思う? 響也」
少女達が全員去り、徽章も全部回収された、無人のバンケットホール。響也と雅の二人きりが、残っていた。
「公式には駄目だろう。が、多少協力するくらいは、ありだろうな」
「あーよかった。ところで、君本人はどうするの?」
意地の悪い質問に、前隊長は、肩をすくめた。
「立場がある。課外研究学生会全体の決議に従うさ」
「厭そうね、すっごく」
言いながら、ひどく楽しげな新任隊長。
エスコート服は、前日の夕方、賛成派を支持するという決議を、採択していた。
「毒を食らわば皿まで、か……。オレは黙ってたのにいつの間にか噂は広まってたし、この際思いっきりスネてやろーか……」
「なにボソボソ言ってんだい? 響也がスネたら破壊力高くて面白そうではあるけど」
――
この物語はフィクションであり、実在の団体・個人・事件とは一切関係ありません
また、この物語は自殺・自傷を推奨するものではありません
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