第13話 視線の効果

 リリーがほうっと息を吐いて席に着くと、補足するように、隣の席にいた西苑出身の副隊長の少女も、そっと立った。

「エスコート服の皆さまには、送迎の習やその他、私達も非常によくしていただいています。それを思うと非常に心苦しいのですが……」

 横の、雅と響也の表情の崩れない顔をちらりとうかがった後、彼女は、精一杯真摯な口調で続けた。

「源聖女館は、やはり、あくまで女の苑であればこそ、私達、のびのびと様々なことにチャレンジできるのだと思うのです。実は、申し上げにくいんですがエスコート服の方々のフェミニストぶりって、前から気になってはいたんですの。ここが女子校だったから進学した、という生徒が、エスカドロン・ヴォランには特に多かったこともありまして……」

 彼女はうつむくと、そのまま着席した。エスカドロン・ヴォランが初めて公の場でエスコート服にはっきりと言い渡したことにも、響也や雅は相変わらずポーカーフェィスで、ショックや嫌悪感を感じたのかどうかすら、読ませなかった。

 上座から、剛とした声が響く。

「よくわかった。エスカドロン・ヴォランには、生徒会に協力してこの騒ぎを収拾する気はない、ということだな?」

「……残念どすけど」

 意地悪く、枝葉のニュアンスを取り払ってリリー達の言葉を要約したエマに、リリーはうまく反論できず、悔しげな声を出した。

 今は五時限目の最中だった。

 他の生徒達は、部長会や学級委員、生徒会の説得で、自分達のクラスで授業を受けているはずだ。が、みな、気もそぞろだろうし、こうしている間にまた混乱が起きる可能性だってある。

 東苑生徒会長のソフィーが鈴のような声で、

「本当に、残念なことですわ……。けれど、それでも、私達は、何とかしていかなくては。生徒の皆さんの納得の行く形で、この問題に決着をつける方法を、見つけなければなりません」

 ため息まじりに議事を進行しようとする姿は、気高くも健気だった。

 が、エマが笑みを見せ、

「まぁ待て。参考までに、エスコート服側の意見も聴こう。エスカドロン・ヴォラン四〇〇余名の代表・副代表らはああ言っているが、諸君らは共学化に賛成か、否か?」

 伊能雅は、居丈高な西苑会長の視線に、たじろぎもせず、立ちあがった。会議向けの顔つきをしている。

「是非、正規の学院生になって皆さんと授業や部活やその他をご一緒したいという者が、半数。あとの半数も、できれば正規の学院生なりたいと、申しております。なれなくても別に構わないという前隊長のような者は、ごく少数――」

「ん! んん!! 概ね全員賛成と、申し上げてよかろう」

 いきなり私情を暴露された響也が、横から咳払いして言い足す。そのときちらりと伊能雅の視線が向いて、綾は一瞬カッとなった。

――うっそ。あの人……?!

 綾を、見たのだ。

 目ざとい生徒は、その気がなくても、雅の視線を追って、綾の方を見ることになる。

「結構。参考になった」

 と。エマが言って、彼女も綾に視線を送ったので、残りの生徒達の視線も、全てがいきなり綾に集中した。

――え……!!

 向こうの壁際で、エスカドロン・ヴォラン高二の代表として出席しているマーガレットと、リリーとが、落ち着けと、身振りで合図する。

 綾は唇を噛み、一層凛と背筋を伸ばして、そしらぬ顔で中空を見つめ、やり過ごそうとした。

――エマ姉様、一体、わざと……?

 内心は、気が気でない。

 彼女の存在が視界に入ってくるだけで、ただでさえ身がすくむような思いがしているというのに。明らかに、彼女は、綾と響也との事情を知っていて、今、雅に習い、より大規模に、全会議場の空気を、視線一つで操作した。

 綾は、エマという頭脳明晰な上級生のことをよく知っていた。特にこうした席で、彼女が、自分の視線のもたらす効果を計算しないようなことは、ありえない。

 じっとりと背中に冷や汗をかく心地の綾。

 伊能雅は、これはこれは、といった顔でエマを見て、次の瞬間、おもちゃに興味をそそられた子供のように笑った。

 響也は、相変わらず怜悧で端正な顔立ちを崩さない。

 ソフィーがその微妙な空気を読んで危ぶみ、会議に皆の心を引き戻す。

「では、ご一同の皆さま。あくまでも公明正大な立場で、どうしたらこの問題に決着がつけられるかを検討に入りましょう。エスカドロン・ヴォランの皆さまとエスコート服の皆さまには、後ほどまた、何かご意見がございましたら、おっしゃって下さいませ。他の皆さま、どうぞ、挙手を――」

 綾は気が気でなかったが、会議は、以降は順調に滑り出し、様々な意見が上がった。

「今年の球技大会を、賛成派と反対派に別れて行うっていうのは?」

「確かに、本来なら明日が球技大会のはずではありましたが、やはり球技大会は球技大会として開催した方がよいのでは」

「でも、勝敗の出るもので源聖女館の将来を占うというのはいい手かも」

「では、勝負の方法を探そう」

「エスコート服の方々に考えて決定して頂けば?」

「ほんなん公正やあらへんわ、奴らに決めさせるくらいやったら、エスカドロン・ヴォランが考えますー」

「いいえ、勝負方法は学院長に決めてもらえばいいのよ!」

「それでは結局勝敗がついても何かしら禍根が残りますわ」

「学院長は推進派の大元ですもの。こういったことは、反対でも賛成でもない完全中立の方にご意見をあげて貰わなければ、採択のしようが……」

 そこで、生徒達の挙手は、止まってしまった。一様に黙り込む。学院内外で、永世中立が保証され、信頼されている人物…… 

「そのような人物、居るものか……? いや、居るか……」

 エマが低く漏らしたつぶやきに、全員が表情を曇らせた。

 それぞれに顔を見合わせる。

 綾も、何か喉元まで出かかっている答えがあるような、もどかしい感覚を認めないわけにはいかなかった。

 そこへ、声が聞こえた。

「そう、居るはずでしたね、源聖女館学院ここには。――正確には、このスプリング・ヒルには」

「――!!」

 皆と同じように記憶を総動員して思考に没入していた綾は、それが少年の声だったことに驚いた。

 少女のようだが、明らかに少年であるその声に、心をざらりと撫でられた気分。振り仰げば、会議場の生徒達を挟んで真っ正面に座っている雅と、まともに視線がぶつかる。

――この人、何者……?――

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