第4話 三日後に共学になる学院!?

「聞いてへんで!」

「任期はあと少しですのに、どうして?!」

 マーガレットは、ちょっとの間、唇の下に人差し指をあてて、小首を傾げた。

「えーと、響也様は自主的に退任って言ったそうですけど、アヤを振ったことが知れて、学院生達に不興を買って、いたたまれなくなった結果じゃないかしら――、というのが、一般の噂ですわ。幸い新任の伊能様は、エスコート服の男子学生達にも、一般学院生にも、大変な勢いで人気が出てきているところですし、その人気の陰で、副隊長として、ゆっくりと隊の執務に専念したくなったのじゃないかしら――、というご意見も、どこかで小耳に挟みましたけど?」

「そんな!! 響也様、私のせいで?!」

「まあ、噂ですわよアヤ、気になさらなくても」

「そうかしら……」

 泣きそうな目になる綾。

 マーガレットの紹介した――綾が響也に告白したとばっちりを受けて代替わりしたという――〝新エスコート服隊長〟の少年は、綾に、にこっと屈託のない笑顔を向けた。

みやびと申します。伊能いのうみやび。以後お見知りおきを」

 美少年の微笑みに、綾はふと、違和感を覚えた。

 彼には、他のエスコート服とは一線を画す、言いしれぬ品格のようなものが備わっていたが、

――少し、挑戦的な、目――?

 自分とほとんど身長が変わらないか、下手をしたら少し低い少年の、白くふっくらとした頬、茶色の瞳を、綾はしばし、見つめていた。

「伊能様、わたくしここで結構ですわ。ありがとうございました」

「そうですか? ではマーガレット様、お嬢様がたも、ご機嫌よう」

「ご機嫌よう」

「あ、うちも。あんた、ここまででええわ」

 伊能雅〝新エスコート服隊長〟と、もう一人のもやしのようなエスコート服は、荷物をそれぞれの持ち主に腰を低くして返し、小径こみちを戻って行き始めた。

 ぼうっとしていた綾は、マーガレットに声をかけられて、はっと我に返ることになった。

「あらアヤ、振られたばかりでもう新しい恋煩いですの?」

「!! まさか!! 違いますわよ!」

「ふふっ、ムキにならなくても」

「違うってば!!」

――今まで、あんな目をして私の前に立ったひとはいなかったから……

「直感だけど――」

 何か企んでいらっしゃるような気がして、とマーガレットに言いかけて、綾は口ごもった。

 と、同じようにみやび達を見送っていたリリーが、学舎へ振り向き戻りざま、

「なんや、アヤには声かけて、エスカド隊長のうちにはごあいさつもなして、大層なおぼんどすなぁ」

と言った。

「あ!」

「まあ!」

 綾もマーガレットも、目を見開く。

 ただし、言った本人はからりと笑って手をひらひらさせた。

「冗談冗談。うちはエスカド隊長やからって偉ぶる気ィはあらへんわ、知っとるやろ? それよりアヤ、あんなぁ、さっき言うてたニュースなんやけど…… あ、マーガレット、あんたにも関係あんねん」

 茶褐色の肌の美人は、声をひそめ、いつになく張りつめた表情になって、うち明けた。



「――この学院が、共学になるですって?!」

 思わず悲鳴を上げてしまった綾。

 近々大発表があらはるらしいん、と前置きしてリリーが語った内容は、まさに晴天の霹靂だった。

――この、――エスコート服は少しばかりちょろちょろするけど――誇りも高き女の苑、少なくとも正課授業中は断固として少女達だけの楽園、源聖女館学院が?!

 しかも、それは、しあさってにもという、急な話だった。

 既に時は七月中旬。期末試験と試験休みの終わった今日このごろである。テストの返却と惰性の授業、球技大会があるくらいで、一学期はもう終業式を迎えてしまう。

 年度の始めもとっくに過ぎて、夏休みを目前にしたこの時期に、学校制度を変えるとは、一体何が目的だろう?

「無謀ですわ……、信じられない」

「そやから一応噂どす。でもなぁ、うちの事務所の社長はんが、業界仲間に聞いたゆうて……ホラ、なんや結構、どこの事務所も中高校生の男の子タレント、沢山抱えてはるから、こういう情報は大事やし、早いんよ。――一般の男子高校生やらも、色めきたってるて」

 ただの女子校の共学化とは違う。源聖女館学院が共学化されるとなったら、しかもこんな時期では、噂になってもしかたがなかった。

「あら? ではあれは、それにまつわる騒ぎですかしらね? 新聞会が、ほら」

 マーガレットが、高等部学舎前を指差した。

 いつもは穏やかな様子の学舎前の階段の下には、テントが張られて、新聞会の腕章を付けた生徒がビラのようなものを撒きつつ、ラウドスピーカーを抱え、叫んでいた。

『一大事!!! 皆さま、一大事でございますッ!!』

『号外にござります!! 号外にござります!!』

 黒山の少女達が、新聞会の生徒達がバラ撒く号外を受けとろうと、白いテントに詰めかけている。

 小径に立ちつくしていた綾達は、学舎前までの朝の役目を終えて帰ろうとするエスコート服の少年達、数人とすれ違った。

 会釈して横を過ぎていく、がっしりした体のスポーツ課外研究特待生、演劇部など文化系の課外研究特待生、毎年科学論文コンクールで上位の賞を取る課外研究特待生。

 少年達の表情も気になったが、

「アヤ、行きますえ!」「はい!」

 リリーとアヤは、人混みをかきわけ、テントの方へ突進していった。

「あっ! リリー姉様!!」「アヤ様だわ!! マーガレット姉様も……」

 気付いた女生徒達が、途中からさあっと道を開け、先頭の綾は、妙に張りつめた静寂と衆人環視の中、新聞会員の手から、しっかりと三部の『号外』を受け取った。

 リリーとマーガレットに一部ずつ渡し、ざっと目を通す。

『源聖女館学院バッシングへの画期的対策』

『ストリンドベルイ生徒会長・独占インタビュー』

『既に各方面で非難轟々』

『源将権学院長は否定か』

金河カナガワ茅場チバ県教委水面下の動き』

 紙面には、さまざまな見出しが踊っていた。

 源聖女館が共学化されるとなったら、真っ先に編入されるのは『課外研究特待生』のエリート少年達だろう。誰もが考える、そのことが、問題を大きくしていた。

 『課外研究特待生』制度は、これまでも、各校自慢の優等生やスポーツ選手を、金にあかせて揃えたコーチ陣と豪華な施設、破格の月額奨励金で手なずけ、勝手に共有しようとする制度だとして、多くの学校経営者、教育者達に非難されてきた。

 ただし、その対策として、聖女館を共学にし、エスコート服たちを正式な学院生に〝格上げ〟するという解決方法は、他校にとっては、前より以上の噴飯モノだった。

 どころはでなく、になってしまう。

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