不可視の人格



 悪意マシマシで語る俺は、傍から見ればどういう奴に見えたのだろう。しかし悪意マシマシなのは口調だけで、内容は只の事実陳列だ。それについて文句を言われる筋合いはない。俺は只、優しくて、可愛くて、正しくて、間違えず、裏表のない素敵な人物だと言っているだけだ。欠点などあげられる筈もない。彼女の欠点をあげられる奴は彼女と同じ『完璧』な人物だけであり、そんな奴がこの世に二人も居たら色々と手遅れである。


 誰からも好かれ、誰からも愛され、誰からも崇拝され、誰からも嫌われない。素晴らしい事かもしれないが、人間味の欠片も無い奴が二人も居たら俺は発狂する。只でさえ命様と出会う前の俺の精神はおかしかったのに。


「…………なあ」


「何だ?」


「そいつ本当に人間か? 神様か何かじゃないのか?」


 不可視の存在を除けば初めて俺と同じ意見を聞いた。急に仲間が出来たみたいで目頭の付近がジワっと熱くなってきたが、眉間を寄せることでどうにか堪える。相手が命様なら存分に甘えたのだが、素性も知らぬ先輩が相手だ。泣く訳にもいくまい。俺のプライド的に。


 プライドなんてものは基本的にはクソの役にも立たないが、プライドがあるからこそ、俺はメアリに屈していないのだ。俺はどんな手を使われても……たとえリンチされようが、性的に襲われて既成事実を作られようが、屈しない。屈してたまるか。あんな奴を人間とは認めない。断じて。


「俺もそう思った。だけど実際は神様ですら無かった。神様は愛嬌があるが、あいつにはそれがない。だから『何か』としか言えないんだよ」


「……神様に愛嬌って、何言ってんだと言いてえが、それよりもメアリの方が信じられねえな。マジでそんな奴が居るのか」


「ああ。だからお前の二重人格も特に驚かなかったんだよ。まあそれとは別物だけど、あり得なさで言ったらアイツの完全性の方が高いからな」


 厳密に言うと、二重人格はあり得ないものではない。単純に出会えないというだけで、それは立派な病気だ。先の日記を見れば何となく二重人格になったのも分かる。俺の見た範囲ではメアリの事しか書かれていなかったが、きっとメアリの存在が知れたからああなったのではなく、メアリの存在が知れたから悪化したのだ。火の無い所でも煙は立つが、それはそれとして種火が燻っているのであれば大炎上を起こす。


「まあ詳しい事は、これくらいだな。後はもう勝手に判断してくれ。俺は恐らくメアリを知る奴の中で唯一の否定派。肯定派の意見は裏側の人にでも聞いて、それでどう思うかはお前次第だ。じゃあな、お前みたいな奴が居ると分かって少しだけ楽になったよ」


「待て! じゃあお前は、お前だけはどうしてまともなんだ! それを教えろってんだよ!」


「え?」


 俺だけがまともな理由…………何だろう。考えた事も無かった。『視える力』は全くの無関係だとは思うが…………いや、無関係なのか。この世のあらゆる出来事は何らかの因果関係で繋がっているとも言われているし、ひょっとして俺が『視える』から影響を…………んん?


「…………どういう事なんだろうな」


「おいおい……」


「いや、本当に分からないもんは仕方ないというか、考えた事も無かった」


 仮に宇宙でも呼吸が出来る人間が居たとしよう。その理由について尋ねられた時、果たしてその人間は『目が良いから』と答えるだろうか。問いに対して答えがあまりにも乱暴すぎる。そしてそんな答えを言われても、納得出来る奴はいない。


 暫く考えたが、やはり答えなど導き出せそうにない。


「―――やっぱり分からん。後、俺だけっていうけど、お前もだからな? そういうお前もどうしてそっち側だけ例外なのか考えてくれよ」


「俺は……『絢乃』から分離した裏の人格だからな。同一人物ではあるが、記憶は共有してない。だからじゃないか?」


「それ、俺にも当てはまる様に考えたんだろうな」


「……いや」


 それ見た事か。例外二人に分からないならもう誰にも分からない。この話はこれでお終いだ。


「ではこの辺りで失礼します絢乃先輩。表側の絢乃先輩には嫌われてるみたいですが、話しかけられる分には答えますよ。ただ、俺がメアリ嫌いなのは周知の事実なので、そんな俺と仲良くしてるところを見られたら、最悪リンチされますよ」


 まあもしそんな光景を目撃したら助けはしますけど、と一言。礼儀としてそうは言ったが、喧嘩をした事もない俺が一体どんな助けをしてやれるだろう。警察を呼んだ所であれもメアリの傀儡だ。正義の味方には違いないだろうが…………。



「待てよ、おい」



 俺の足ではこれ以上ここに留まっていると次の授業に間に合わない。このタイミングで抜けられるのがベストだったが、絢乃さんに腕を掴まれ、失敗に終わる。


「なんですか?」


「…………俺は、絢乃が心配だ。こいつ、いつかメアリが何かの拍子に親を殺せって言ったら、本当に殺すかもしれない」


「かもしれないっていうより、絶対だと思う。周防メアリは決して間違えない。そんな奴を疑えてたらこんな事にはなってないんだよ」


「……そうか。なら猶更だ。お前に一つだけ頼みがある。俺からの一生の頼みだ―――」

















 放課後になり、一目散に帰路に着くと、校門を出た所で声を掛けられた。


「やあ少年。ご機嫌如何かな?」


「茜さんッ?」


 灰色のコートを着た年上(大学生くらいだろうか)の女性の正体はメリーさん―――もとい茜さんだ。今朝と比べると履いている靴がブーツになっている。まだそんな季節ではないのだが、怪異に季節感は無いのだろうか。


 ないのだろう。


「ずっと待ってたんですか?」


「いいや、鐘の音が聞こえたものだから、せっかくなら送迎をしてあげようという粋な計らいだよ……しかし不思議だな。自分で粋と言ってしまうと、途端に粋な感じではなくなったぞ」


「恩着せがましくなるからじゃないですか?」


「なあに、君に比べれば大した恩ではないさ。私を都市伝説から解放してくれた事に比べれば、恩ですらないさ。まだまだお釣りがくるよ」


 ひょんな事から茜さんを『メリーさん』という枠組みから解放していこう、彼女は俺の事を気に入ってしまった。怪異的に言えば魅入られてしまった。だからと言って何かしてくる訳でもないのだが、年上の女性がこうも積極的にスキンシップを取ってくると凄くドキドキする。


 これは決して不自然な感覚ではない。単純に俺も年相応というだけだ。メアリが隣に居るせいで常に修羅顔をしているだけ。アイツだけは女性として見れない。生物学上雌というのさえ憚られる。それくらい嫌いだ。


 怪異に胸をときめかせ、神に胸をときめかせ、同じ人間であるメアリに何も感じないのは、果たして異常なのだろうか。


「……あの、茜さん」


「うん、どうした少年? いやに声が暗いじゃないか。あまりこういう事は言いたくないのだが、神様は君の笑顔が好きだと言っていたぞ。君も信者の端くれなら、神様の細やかなお願いといえども―――」


「お願いがあるんです!」


「…………お願い?」


 茜さんは赤白い瞳をゆらりと動かし、尋ねる。本人に性別は無いらしいが、メリーさんとしての都合上、その見かけは紛れもなく女性だ。それに対して面と向かって言うのは、何と言うか男として凄く恥ずかしいものがあるが―――元メリーさんと見込んで、恥を忍んで、頼み込む。




「女の子の口説き方を教えてください!」 

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