第31話 パパになっちゃいますね

「……女だね」

「ええ、女ですね」

 ジト目で僕を見つめてくるキイと赤羽さんを前にして、僕は蛇に睨まれた蛙のような気分で立ちすくんでしまっていた。

 女性とあの服屋さんに行ったのは間違いない。でもそれは僕が女の子向けのショップに入るのをためらっていた時に、たまたま烏丸からすまさんが通りかかって助けてくれただけなのだ。


「た、たしかに買い物を手伝ってくれたのは、職場の後輩の女の子だけど」

 キイの目がかっと見開かれ、赤羽あかばさんの瞳がセルフレームの眼鏡越しにぎらりと光る。


「……有罪だね」

「ええ、有罪ですね」


「ちょっと待ってぇ! 別に後輩とは別にやましい関係じゃないから! あの時は憐人りんじんになったキイをお迎えしたばかりで、何から手をつけたらいいかわからない状況だったんだ。正直なところ、烏丸さんが買い物を手伝ってくれたおかげでとても助かった。僕ひとりだけじゃ、女の子の生活用品をイチから揃えるなんて無理だったからっ」

 精一杯の説明をなんとか聞き入れてくれたのか、キイは黙り込んだ。正直、この沈黙が少し怖い。


「わかったよ、ご主人。キイね、いつかその後輩さんにお礼を言わなきゃね」

 ほっぺたを膨らませて不満そうではあるけれど、一応キイは納得してくれたらしい。そういえばキイは烏丸さんと会ったことがないんだった。烏丸さんも何かとキイのことを気にしてくれているようだし、今度会わせてみるのもいいかもしれない。


「……ご主人の周りにいる女の人はチェックしておかなきゃっ」

 何やらぼそっと不穏な言葉が聞こえたけれど、ここはとりあえず聞こえなかったことにしておく。それにユキちゃんをこのままほったらかしにしておくわけにもいかない。


「ごめんね、ユキちゃん。少しひと休みしようか」

「わたしは別に……疲れてなんかないし」

 ぷいっ、とユキちゃんはそっぽを向いてしまう。やはりまだ僕に対してはなかなか友好的にはなってくれないらしい。ここはひとつ奥の手を出すことにしよう。


「ここのショッピングモールにあるカフェにはね、お米を使ったスイーツを出してくれるところがあるんだ。よかったら食べてみない?」

「おこめ!?」

 ぱあっとユキちゃんの顔が明るくなる。ユキちゃんは文鳥から憐人になった子で、文鳥の好物はお米なのだ。海外では文鳥を「ライスバード」と呼ぶところもあるくらいだし、やっぱりお米が好きなんだろう。

 ようやくユキちゃんの子供らしい一面を見られた気がして、少し嬉しくなってしまう。赤羽さんもそんなユキちゃんを見てほっこりしているようだ。


「な、何よ……じろじろ見ないでよぉ」

「キイもお米は大好き! 早く行こうよ!」

 恥ずかしそうにもじもじしているユキちゃんの手を引っ張り、キイは先頭に立って歩き出した。そう言えばインコの餌でも生米を混ぜたものがあるから、キイもお米は大好きなんだろう。ちなみに、炊いたご飯は粘り気があるので小鳥に絶対に与えてはいけないらしい。もちろん憐人になった子なら、炊いたご飯は普通に食べることができる。


「待って待って、あんまり離れて歩いたら危ないよ」

 赤羽さんと一緒に、駆け出すキイたちを急いで追いかける。キイも憐人になったばかりの頃と比べればだいぶ心も体も成長しているけれど、まだ子供っぽさは抜け切れていないところがある。人ごみの中ではちょっと気を付けないといけない。


「ふふ、キイちゃんも何だか嬉しそうですね。妹ができたお姉ちゃん、みたいな感じなんでしょうか」

 キイたちを追いかける赤羽さんの表情もどこか嬉しそうだ。赤羽さんは口には出さないけれど、きっとユキちゃんを引き取ると決めてから多くの苦労があったに違いない。だからこそ、ユキちゃんの笑顔を見られたのが嬉しかったんだろう。


「さあ、僕たちも行きましょうか。見失うとといけないから」

 大丈夫だとは思うけれど、万が一のことがあってはいけない。僕は赤羽さんを促して、キイたちを追いかける。こうしていると、小さな子どもを持った父親の苦労が少しだけわかる。


「ええ、行きましょうか。ねぇ泊木さん……なんだか私たち、まるで――」

「まるで……?」

 なぜか赤羽さんは恥ずかしそうに微笑んだ。


「夫婦みたいですね。きっと周りからはそう見えていると思いますよ? ねえ、とっても素敵だと思いませんか。私、泊木さんとなら――」

 じっと見つめてくる赤羽さんになんと返事をしていいかわからない。僕は苦笑いで何とかその場をやり過ごし、先を行くキイを捕まえるために駆け出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る