第38話魔王軍四天王ユリイカ
あれから数日が経ち、バタバタとしていたルミナス村も落ち着いてきた気がする。ミルフィーヌから提案のあった御守りは想像以上に効果があってジャスティンさん達、物販組みも胸を撫で下ろしていることだろう。
それからレティのことなんだけど、聖光魔法を扱えることがわかって自分なりに目標を決めたようだ。
レティが自分の意思で決めたことなので僕には反対することなんてできない。ただ、妹が神殿に就職するというのは元魔王的にちょっと思うところが無いわけではない。
ただ、今の僕はルミナス村の村人で農家なので気にするのはやめることにした。ルミナス村は神殿と共に歩きはじめている。
それに僕はもう魔王ではない。
ただ注意すべきは暗黒魔法を使うのでバレないようにしなければならないことぐらいだ。村で農家は僕一人だし、畑で作業しているのをわざわざ見にくるような奇特な人もいないのでよほどのことがない限り見つかることはないだろうけど。
この油断が僕のいけないところなのだろう。
「おいっ、そこの農民。お前がさっきから使っている魔法は暗黒魔法じゃないのか?」
僕の背後を気配を全く感じさせずにとるだと……。
後ろを振り返り、それが誰なのかを理解したところで僕は激しく動揺してしまった。
「何だ。私の顔に何かついているのか?」
「い、いえ。ちょっとびっくりしただけです」
間違いない。元僕の部下であるユリイカだ。彼女は僕が頼りにしていた魔王軍四天王の一人。爆炎魔法の天才と呼ばれた攻撃魔法のスペシャリスト。
特徴的な白みがかったホリゾンブルーの長い髪と漆黒のとんがり帽子にドレスのように金や紅の刺繍の散りばめられたヒラヒラのローブ。僕が知っているユリイカで間違いない。
ま、まさか、僕の正体がバレている……わけないか。今の僕は魔王ゼイオンではいし、魔力量は当時の数分の一。しかも全くの別人なのだからユリイカが気づくはずもない。
「それにしても驚いた。さっき使っていた魔法をもう一度よくみせてもらえないか。慕っていた方が使っていた魔法に似ているんだ。ちょっと懐かしくてな」
見られていたのなら今更隠すのもおかしい話、ここはとりあえずやり過ごすに限る。何でこんな場所に上位魔族しかも元魔王軍の四天王がいるのか。
まだ魔族領では新しい魔王を決めるための激しい争いが行われているはずで、新魔王が決まるには早すぎる。
「クイックキュア」
「違うだろ。それはダークネスグロウだ。あきらかに暗黒魔法の波動を感じる」
「そ、そうなんですね。僕あまり魔法に詳しくないので……」
「私が知っているお方も、お前と同じように器用に魔法を扱うんだ。魔法なんてドッカーンって魔力を込めてぶっ放せばいいのに、効率や質を高めたり細かな調節をして丁寧に扱うことを教えてくれた」
「へ、へぇー」
「今のお前のようにとても丁寧に魔法を操る。まあ、お前の魔力量とは比べ物にならないほどの圧倒的な強者だったがな」
バレていない、バレていないはず。
とりあえず、王都の近くに上位魔族がいるのはいただけない。しかもここは観光地ルミナス村。村のためにもちょっとだけ情報収集をしておこうか……。
「そのお方は今は何をされているのですか?」
「勇者に倒され……い、いや、何処かにいなくなってしまったのだ。だから私はあの方を探すために旅に出たのだ」
「探してるんですか……。何のために? そ、その死んでしまった……ということは?」
「あの方が死ぬわけがないっ! とても強く、気高く、そしてかっこいいのだ! あの時、私がもう少し早く援軍を引き連れて戻っていれば……。きっと私たちの不甲斐なさに絶望されていなくなってしまったのだ。でなければ、あの程度の勇者に遅れをとるような方ではない」
魔王軍四天王に見棄てられていたと思っていたのだけど、どうやらユリイカは援軍を呼びに行っていたらしい。
その言葉を聞いただけでもどこか心が軽くなり、ほんの少しだけ温かくなった気がする。あの時は魔族全てに絶望していたものだが、ユリイカは最後まで僕の味方でいてくれたのだ。
まあ、結局間に合わなかったあたりがユリイカらしいのだけどね。そもそも援軍を呼んだところで僕の気持ちは冷めていたし、もうひと頑張りしてみようという気持ちにはなれなかったとは思う。
「会えるといいですね」
「……やはりお前の魔法の使い方はあの方と似ている。魔法は誰に師事したのだ?」
「いえ、独学です」
頭をペシっと叩かれた。
「独学で暗黒魔法を覚えられるわけないだろ。ちょっと顔をよく見せてみろ」
「えっ、ちょっ、やめてください」
僕のほっぺたを両手で掴むようにしてむにむにしてくるユリイカ。少し顔が近い……。
「お前の名は?」
「……レンです」
魔族らしく尊大で雑なところもありながらも僕を慕っていたのは彼女の大雑把な魔法を矯正して指導したのが魔王ゼイオンだったからだろう。
元々才能の塊のような魔法使いだったのだけど、魔力の扱いに無駄が多く極大魔法をぶっ放しては魔力切れで戦線離脱を繰り返していた。
魔法の知識を一から教え直し、魔力の使い方、必要な魔力量の捻出を何度も丁寧に教えたものだ。それは僕が楽をするためではあったものの、彼女の才能はメキメキと頭角を現していき遂には魔王軍四天王にまで上り詰めてしまった。
「顔は全然似てないが、どこか懐かしい雰囲気がするのは気のせいだろうか」
「気のせいでしょう」
再び頭をペシっと叩かれた。
「それにしてもこの黄色い作物は甘くて美味しいな。特別に少しもらってやろう」
「すみません売物なんで勘弁してください」
続けざまに頭をペシっと叩かれた。
「まだ大事な旅の途中なのだが、たまにはお前のとこの黄色い作物を食べに戻って来てやる。レンはなかなか魔法の筋がいい。きっと爆炎魔法の良い使い手になるだろう。師事する者がいないのであれば私が師になってやる」
ちょっ、また来るのかよ。しかも師匠だと!?
「こ、困りますって。僕はただの農民なので……」
「気にするな、特別だからな。では、また会おうレン!」
ユリイカは背中から翼を出すと、あっという間に飛び去ってしまった。
モロッコの実を気に入ったらしいユリイカは両手いっぱいに抱えて白昼堂々と野菜泥棒をしていきやがった。
今は面倒なことにならないことを祈ろう。僕にはそれぐらいしかできない。
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