第18話神獣様

「うむ、この子が神獣様で間違いない!」


 王都の神殿からちょっと偉そうな人がやって来て、レティを見てすぐにそう言い放った。


「大司教様、そちらは神獣候補をテイムした者の妹レティちゃんです。その隣にいる子が神獣候補であるリタさんです」


「む、そ、そうか……。であろうな。レティちゃんもめんこいがリタちゃんもかわえーのう」


 どうやらダメな大人が来てしまったらしい。レティが可愛いのは知っているが、リタの魔力を感じることが出来ればそんな間違いは犯さなかったはずだ。大司教とは名ばかりで魔力感知もできないのか?


「それで、ご判断は?」


「ご、ごほん……。うむ、この子が神獣様で間違いない!」


 一度間違えているが故に、隣に座っていた村長の顔もすごく微妙な雰囲気になっている。しかしながらこれは大した問題ではない。今回の宣言はあくまでも形上のものであって、聖女が神殿にゴーを出した段階で決まっていたようなもの。


 ここでやっぱり違うとか言ったら、すでにルミナス村に来て作業を進めている石像チームが怒り出してしまうし、もう神獣様の件は何としてでも神獣様でなければならないところまで来てしまっていたのだ。たまにリタと散歩がてら石像製作チームを覗きにいってるけど、もう八割型完成していたからね。これで神獣ではないとか言われたら筋が通らない。


 絵画チームの方とかは既に何枚か仕上がっていて既に額縁に入れられて飾られているのだ。


「それで、一応確認のために神獣様の姿になってもらってもよいか?」


「はい、かしこまりました。リタさんいいですか?」


 リタ的には聖女の指示で動くことはあまり好きではないらしい。一度僕の方を見るとやれやれといった感じでその姿をホワイトクイーンタラテクト改めホーリータラテクトへと変えてみせた。


「お、おおー。これが神獣様のお姿。気品溢れるホワイトカラーがまた一段と神々しい雰囲気を出しておりますな」


 雰囲気っていうな。みんなそう思ってても心に留めてるんだから。


 ルミナス村の人たちも、全員がリタを神獣様と思っているわけではない。でも、村周辺のモンスターを狩っているのは知ってるし、村の中では基本的に人の姿で僕や聖女と話をしている姿を見ているわけで、悪いモンスターではないのだろうという認識にはなっている。


 あとは、あれだ。観光産業にかじを切ったルミナス村のとしては神獣様がいることで産み出されるお金に完全に目が眩んでいる。そのあたりはこの大司教様と一緒でとても打算的でもある。


「ふむ、それから御神体の販売は許可したぞ」


「ありがとうございます大司教様」


 お土産物屋を予定しているジャスティンさんはその正義感溢れる名前とは裏腹に木彫りの神獣様を量産してしまっている。御神体として三万ギルで販売を予定しているとか。もちろん売上の数パーセントは神殿に持っていかれるらしいけど。


 リタには一ギルも入らないところに首を傾げざるを得ないが、そんなことで村のみんなが神獣様として信じてくれる振りをしてくれるならありだろう。僕も何も知らない振りをするし、リタには神獣を演じてもらうまで。


「あと屋台で出す冷やしトマクの実だが、一つ五百ギルはさすがに高すぎやしないか?」


 そういえば定食屋の娘ミルキーちゃんがその可愛らしい名前とは思えない強気な価格設定で、ただ冷やしたトマクの実を棒に刺したものを「神獣様の大好物」として売り出したいと言ってきた。


 王都で買うとそれなりに高いトマクの実も、村の人なら十ギルから二十ギル程度で手に入る。冷やすのと棒を刺すだけで五百ギルは確かにやりすぎな感じがしなくもない。


「大司教様、売上に応じて神殿にも利益が入ります。神獣様が降臨された今こそ強気にいくべきかと」


 村長の目が今までにない程にギラついている。これが観光地価格というやつなのだろう。村全体で強気の価格設定をしていくことで金銭感覚を麻痺させていこうとしているのだ。


「そ、そうか。そうであるな。神殿としてもルミナス村への大型乗合馬車の整備を進めている。よし、共にこのチャンスを活かそうぞ」


 大司教様と村長が笑顔で握手をしている。農家専任になる僕にはあんまり関係ない話だけど、村の人にとっては勝負の年になる。人口の多い王都から馬車ですぐ到着出来るという立地の良さ。そこに勇者パーティで活躍をしていた聖女と村の守り神として神獣認定されたリタがいる。


 もうルミナス村はいけいけどんどんなのだ。この流れ勢いは誰にも止められない。あとはそうだね。ここに温泉でも湧いたらもう安泰だろう。



「そ、村長! た、大変だ! 森から湯が吹き出してる」


「な、なんだと! それは本当か!? して、場所は、湯が出た場所はどこなのだ?」


「森の大木があるところですっ!」


 大木のあるところってのは、聖女がホーンラビットを縛っていたところだ。聖女の顔を見るとあの場所になんで湯が? 的な表情をしている。


 温泉って森の中で急に湧くものだっけ?


 いや、何か忘れている気がする。リタがニコニコ顔で僕を見ている。えっ、僕が何かしたんだっけ……。お、思い出せ、僕はあの時何をした。


 確かリタの糸を燃やそうと暗黒魔法を放って、痕跡を消そうと地面に隠した……な。


 そうだ。


 この獄炎の痕跡を消すには少し時間が掛かる。あとで聖女に調べられても面倒だ。いったん地面深くに隠しておこうか……。



 忘れていたな……。


 つまりあれか。暗黒魔法の痕跡を消そうと地面に隠した獄炎が地面深くにあった温泉を引き寄せてしまったということか。


「きたー! 流れが来ておるっ! ルミナス村に奇跡が、奇跡の流れが来ておるっ!」


 その日、村長の雄叫びが村全体に響き渡った。


 その一方で、僕は暗黒魔法の痕跡をどうやって消せばいいのか頭を悩ませていた。大司教様はいいとして、聖女に見せる訳にはいかない。


「ん、どうした、リタ」


「リタに任せて」


 任せていいのだろうか。リタがルミナス村に来てからまだ数日。一般的な常識はまだない。しかしながら、ジャイアントスパイダーは暗黒魔法を使えるモンスター。上手くやってくれるかもしれない。


「よし、頼んだよリタ」


 リタは自信満々な顔で頷いてみせた。

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