第10話温かく優しい背中
■■■聖女ミルフィーヌ視点
何故かとても不思議な夢を見ていたような気がします。
夢の中で私はモンスターの罠に掛かってしまい絶体絶命の状況でした。
せめて、隣にいる人だけでも助けなければと何とか逃がそうとしたのですが、その人は困った表情をしたまま動こうとしません。
早くしないと二人ともモンスターの餌食になってしまうというのに。
こんな場所に呼び出して私が巻きこんでしまったのです。せめて、この人だけでも助けてあげたい。
最後の力を振り絞るように何とかその人の足に絡まった糸を少しだけ取り除くことが出来たその瞬間、私はとうとう意識を失ってしまったようです。
私としたことが、モンスターの少ないエリアだと思って油断していたのでしょう。いつも私を守ってくれる仲間は夢の中では登場してくれないようです。
それからしばらくすると、体がぽかぽかと温かい何かに包まれました。すると驚いたことに身動きがとれなかった手足がすぐに自由に解放されていくのを感じたのです。
とても心地のよい気持ちなのですが、体はとても疲れていて目を開けることすら出来ません。少しだけ意識はあるのですが、その心地よさに抗えずにすぐにまた眠ってしまう。何とか起きようとするのだけどやっぱり駄目で力が全然入らないのです。
どうやら私は誰かにおぶさるようにして森の中を進んでいるようでした。軽く上下に揺られながらも、その大きい背中はとても頼もしく感じられるのです。
この大きな背中は、まさかあの人?
この香しい匂いは農家だというのに身綺麗なあの人のもの?
私は夢の中で手を伸ばし、あと少しでその顔が見れるというところで、やはり体に力が入らずに瞼もとても重くて再び眠ってしまいました。
「ん、うんん……。こ、ここは」
目が覚めるとそこはルミナス村で用意していただいた仮屋ではなく、とても綺麗に整頓された覚えのない部屋でした。ほのかに香る野草の匂いは覚えのあるもので、あの人の背中越しに嗅いだとても落ち着く匂い。
「……痛っ。あれは、ゆ、夢じゃない!?」
少し頭がボーッとしていて、こめかみの辺りが少し痛い。これはお酒を飲みすぎた時のような、そう二日酔いに近い痛みのようです。
私は寝床の傍に置いてあった水を頂きながら一息つくと、ようやく昨日のことが夢ではないことに気づきました。
「レン君は……。私はどうやってここまで」
私が起きたのがわかったのか、扉越しに声がかかりました。
「お目覚めですか? 聖女様。失礼いたしますね」
扉を開けて入ってきたのは、レン君の妹さん。確か名前は……。
「レティと申します。夜更け過ぎにお兄ちゃんが聖女様を連れてきた時はとても驚きました。お加減はいかがですか? 朝食は食べられますか?」
「レン君がここまで私を……。レ、レン君は? レン君は無事なのですか?」
「はい、今朝も早く起きて元気に畑仕事に行ってますよ」
昨日のことを知りたかったのですが、お仕事の邪魔をするわけにはいかないでしょう。少なくとも助けてくれた恩人を疑うのは心苦しい気持ちがあります。
「そうでしたか。ううーん、体も動くようなので、ではお言葉に甘えて朝食をもらってもいいですか?」
「はい、少しだけお待ちくださいね」
この子も農家の子とは思えないほど美しい少女です。そういえば勇者様が愛の告白をしていましたね。まさか美しいテレシア姫を振っておいて告白したのがまだ小さな少女とは……。
レーベンもエイルマーもドン引きしていましたね。
「あっ、レティちゃん。私も何か手伝わせてもらえませんか?」
「お身体は大丈夫なんですか?」
「ええ、もう平気よ。ところでレティちゃんはお幾つなの?」
「わ、私ですか? 十二歳ですけど」
勇者様の年齢は二十七歳なので、その差十五ですか。やはりこの年齢差は犯罪ですね。もう少し年齢が上での年齢差であればそれもわからなくはないのです。でも十二歳の少女はダメです。
「そうなんですね。もう少し下なのかと思ってました。あっ、サラダ用の野菜は私がやります」
「では、これをお願いします」
せめて、レティちゃんが十七を迎える頃にお互いにまだ気持ちがあれば考えられなくもないのでしょうが、勇者様は小さい子にしか興味を持てない方である可能性があります。五年も経ってしまったら興味が失せてしまうのではないでしょうか。
「レティちゃんが作っているのは何ですか?」
これだけ長く一緒に旅をしていて女性関係には清廉なイメージを持っていたのですが、それはテレシア姫のことを愛しているからだと思っていたのです。
「これはルミールという、お肉と野菜を煮込んだルミナス村の名物料理なんですよ」
まさかロリコンだったとは想定外もいいところです。どうしましょうか。このことは神殿にも報告を入れておいた方がよいのでしょうか。
私は知らなかったことにしておきましょう。まだ確定した訳ではありません。可能性はとても低いとは思いますが。
それに、神殿関係者がこのことを知るのにそう時間はかからないでしょう。既に村人の間でかなり噂になっていますからね。あえて私から報告をするまでもないですね。
「うーん、とってもいい香りですね」
「はい、香草を入れているので匂いも美味しいんです。お兄ちゃんも好きなんですよこの料理」
煮込み料理が完成したタイミングでパンの焼ける芳ばしい香りもしてきました。
よく見ると、フライパンの近くでパンに焼き目を付けているのは黒いスライム。レティちゃんは慣れた手つきでフライパンの空いたスペースで目玉焼きを作ると、その卵の殻はポイッとスライムへ渡していきます。
「あ、あの、レティちゃんもスライムをテイムしてるの?」
「いえ、これはお兄ちゃんのテイムしたスライムです。護衛のためだって言っていつも二匹は私のそばにいてお手伝いしてくれるんです」
むしゃむしゃと白い殻は砕かれながらスライムに吸収されていきます。こう見るととても便利ですね。部屋に塵一つないのもスライムが掃除をしているからなのでしょう。
「はい、完成です。ではいただきましょう」
「ええ、いただきましょう」
そうしてレティちゃんの美味しい朝食を頂いていたらルミナス村に新たな騒動が起きていたのです。
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