第8話聖女ミルフィーヌ
あれから村長の家でお茶を濁しながら丸く収めたつもりだったのだけど聖女は納得してくれなかったらしい。
ルミナス村の先には大きな森があり、そこには多くのモンスターが蔓延っている。もちろん村に近づくモンスターは全てスライムの餌食となっており、いつしかルミナス村にモンスターは近づかなくなっていったのだ。
しかしながら、そのせいでルミナス村はモンスターが近寄らない祝福された地という噂が王都で広がってしまった。
村やレティのために良かれと思ってやっていたことだったけど少々やりすぎてしまったようだ。そのおかげでとても面倒くさいことに巻き込まれることになってしまった。
「あ、あのー、聖女様。僕は農家なので日中は忙しいとは言いましたが、こんな夜更けに二人で森の中というのはいかがなものかと……」
「あなたのテイムしたスライムは少しおかしいと思うのです。通常のスライムは水色をしているのに、ここのスライムだけ真っ黒なんて変じゃない?」
予想通りというか、完全に疑われてしまっている。夜中に呼び出されて詰められるなんて、まったく絶望的な夜だな……。
「スライムもいろいろな種類がいるのではないでしょうか。たまたま僕のテイムしたスライムが黒くて畑仕事に長けた種だったのでしょう」
「そんな便利なスライムならもっと人気になるし王都でも知られてるはずです! それにテイマーってモンスターの複数テイムはとても難しいの。どうやって十匹ものスライムに指示を与えてるの?」
「そう言われても、普通にお願いしているだけなので……」
「テイマーが不遇とされているのは操れる個体の数がどうしても限られてしまうからで、普通はスライムのような弱いモンスターでなく、強いモンスターをテイムすることを考えるの。そのへんも含めてちょっとおかしくないですか?」
「そんなことを言われましても僕は農家ですし、日々の暮らしを助けてくれるスライムが適していたというだけです……。話がそれだけならもう帰ってもいいですか? 妹が家で待っているので」
「ここ数日の調査で、ルミナス村の周辺にはモンスターの気配が少ないことが分かりました」
僕の話は無視されるらしい。話し合いではなく、一方的に聖女様のお話を聞く方向にシフトしてしまったようだ。
「はあ……」
「そう。モンスターの気配が少ないの。全くいない訳ではないのです。モンスターが現れてもすぐに討伐されるから、あたかもいないように見えるだけ。それが祝福された地のからくりなのです!」
指をピンと立てて聖女様渾身のドヤ顔である。さすが勇者パーティの聖女様なだけはあって見事な考察だ。
スライムたちには彼らが来てからは姿が見つからないようにと伝えてはいた。
最初の頃は姿を見られそうになったけど、何とか見つからずに逃げ切ったとの報告は受けていたのだけど気配や音まで全て隠すのは難しい。
勇者パーティが近くにいる間はモンスター狩りを控えた方がいいのか……。
しかしそうなると、祝福された地ルミナス村という観光産業を呼び込む前提が崩れてしまう。村民としては村の利益に繋がるこの一大プロジェクトをなんとか誘致させたいし、お世話になっている村長夫妻や村人のためにも力を尽くしたいところ。
よって、ここは盛大に惚け続けるしかない。
「へぇー、モンスターがいるのにすぐに退治してくれるとは、きっと神獣様がお守りしてくれているのでしょう。本当に祝福されていたとは驚きです」
ルミナス村は祝福されていなければならない。そして面倒ではあるが、この聖女とは今後同じ村民として暮らしていく都合上、決してボロを出さずに上手くやっていかなければならないのだ。
「私たちが何度か見かけたそのモンスターは黒い影。あなたの言う神獣様とはまるで正反対の姿も形も異なる異形です。あなたのテイムしている黒いスライムのようにね」
やはりというかブラックメタルスライムが疑われている。
「スライムがそんな素早くモンスターを倒せる訳ないじゃないですか。せいぜい畑の雑草を抜いたり水を撒くのが精一杯ですからね」
「少しぐらい顔がいいからって、私は騙されないんですから」
「えっ?」
「な、なんでもないのです。それより、スライムたちを呼んでもらってもいい? 今日はこれからモンスター退治をやってもらうわ」
「そう言われましても、ルミナス村周辺はモンスターがいないじゃないですか」
「大丈夫です。今日はこの日の為にホーンラビットを一匹この先の大木に繋いでおきました。黒いスライムの戦闘をじっくり拝見させていただきます」
困ったな。ここまでスライムのことを疑っているとは。でもホーンラビットぐらいなら五体ぐらいで苦戦しながら倒すように指示しておけばいいのかな。
「はあ……」
「あなたの正体を見破ってみせるんだから」
聖女様の視線がとっても鋭い。ここを何とか切り抜けなければ僕のルミナス村での立場を危うくしてしまう。
「正体って言われても、困ったな」
「ちなみに私はホーンラビット側につきますね。回復魔法で支援しますのでスライムたちには本気を出すように伝えてください。手を抜いてもすぐに見抜きますよ」
とっても面倒くさい聖女様だ。ダメージを与えてもすぐに回復されるホーンラビットも可哀想ではあるが、ブラックメタルスライムが上手く手を抜けるかというのも若干不安である。
「さあ、あの大木に私が用意したホーンラビットが……いませんね」
確かに縄で繋がれていたのだろう。その痕跡は残されているのだが、縄の先にホーンラビットはいない。
「ど、どうしましょう?」
「帰りましょうか」
ちなみにだが、スライムたちはホーンラビットを倒したという報告は受けていない。
「まさかとは思いますが」
「スライムたちは何もしてませんよ」
「本当でしょうね? それよりも何か体が重いというか……。こ、これは、糸!?」
僕も少し気づくのが遅れたけど、これは蜘蛛の糸。どうやら、森の奥から巨大なモンスターを呼び寄せてしまったらしい。
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