3

 その日も自分のデスクで黙々と仕事をしていた僕。

 するとデスクに誰かが凭れるように座って来た。顔を上げてみるとそこにはニヤリとした表情を浮かべた翔琉。


「何?」


 僕の問いかけの後、彼の陰から彩夏がひょこっと顔を出した。


「お待たせー!」

「だから何が?」

「おいおい。何だよ忘れたのか?」


 小首を傾げる僕に対し、二人は同時にスマホの画面を見せてきた。

 そこに映っていたのはそれぞれ違う女性。それですぐに思い出した。


「人力マッチング?」

「そーゆーこと」

「第二弾の準備が整いましたぁ~」


 正直、少しだけ忘れてた。やっぱり出来る事なら避けたいからなのか思い出した瞬間に疲れが体に寄り掛かる。


「そう言えばそんな事言ってたね」


 その声は若干、溜息交じりになってしまった。


「心配しなくても次こそ大丈夫だっての」

「そうそう! あたしに任せなさい!」

「いや! 俺に任せろ!」


 溜息の真意を取り違えた二人が隣で争う中、僕は心の中でまた溜息を零した。でも陽咲の事を思い浮かべると気合を入れるように二人の方へ。


「それで? 次って?」


 そして前回同様にそれぞれから説明をしてもらった僕は今回、既に申し訳なさを感じながらも翔琉の方を選んだ。


「そんじゃあ、また日にちが決まったら連絡するわ」


 勝ち誇った顔を滲ませながらも翔琉はそう言って仕事へと戻って行った。彩夏も最初は悔しそうにしていたが、ちゃんと僕の成功を願ってくれていて最後は声援を残して仕事へ。

 その日の仕事は残りを持ち帰り僕は、陽咲へと会いに行っていた。いつものように一日の終わりを感じさせる夕焼け空を目の前に何気ない話から始まる。

 今日も最後までそうやって笑い合って終われれば良かったのに。

 でも陽咲の口からは聞かなかったことにしたい言葉が聞こえてきた。


「そう言えば、もう次の人とは会ったの? ほら、また紹介してもらえるんでしょ?」


 まるで知っていたのかと訊きたくなるようなタイミングだ。

 そんな超能力的なタイミングに一驚としつつも僕はある事を思いついた。


「うん。会って来たよ」


 出来るだけ普段と変わらぬように。前回を思い出しながら。

 僕は陽咲に嘘を付いた。分かってはいたけれど、もしかしたら楽しいけど申し訳なさも含め疲れてしまうあれをもうやらなくて済むかもしれない。そんな期待を胸にこれまで種明かしのように教えてくれたとこを意識しながら、僕は嘘を付いた。


「今回はどんな人だった?」

「んーっと。柔らかな人だったかな。おっとりしててよく笑う人だったよ」

「へぇー。なんかいい感じだね! いつ会ったの?」

「一昨日」

「どうだった?」

「うーん。良い人だったし楽しかったけど……やっぱりねぇ」


 それからも陽咲は前回と同じように色々と質問をしてきた。僕はそれを滑らかに答えていく。その度に胸の内で煌めく希望が強さを増していくのを感じた。これからはこうやって振りをすればいいのかもしれない。それにこれからもっと念入りに相手を作り上げてから。


「んー。なーんか君の嘘は分かっちゃうんだよなぁ」


 すると、陽咲は突然そんな事を言い出した。一瞬、彼女が何を言ってるのか分からなかったけどすぐにそんな疑問は希望ごと消え去った。

 こうなってしまえばどんなに頑張ってももう覆す事は出来ない。これまでの経験が僕に潔く諦めさせた。


「えーっと……。ごめん。――でも何で? だってこれまで君が言ってたような事はしてないはずだし」

「うーん。何でだろう? それかなって思ってこれまでは言ってたけど、それもしないんじゃ――私にも分かんない。君と空はなーんか分かっちゃうんだよねぇ。長い事一緒にいるからかな?」

「でも僕は君によく騙されるんだけど?」


 分かんない、と肩を竦めて見せる陽咲。


「でも、次が決まったのはほんとだからね」


 それは嘘を少しでも軽減させる為に言った言葉じゃなくて、彼女を引き留めておく為に咄嗟に出た言葉だった。もしさっきの嘘で実は何もしてないなんて思われてしまって陽咲とお別れ、なんて事になってしまったら嫌だ。あの時の言葉が脳裏を過り気が付けば僕は口を開いていた。


「じゃあ話聞くの楽しみにしてるからね。出来ればこれが最後だといいね」


 たぶん陽咲からすれば何気ない、僕の事を想った一言なんだろうけど――僕は同じような返事を返す事は出来なかった。新しい人が見つかるのも、陽咲と別れてしまうのも。どっちの意味でも嫌だったから。

 僕が何も言えず、陽咲の声も消え、辺りを無音が包み込む。数秒の時が過ぎ、それは気まずさを帯び始めた。

 でもそんな僕へ救いの手を差し伸べるかのように陽咲の姿は薄れ始め、時間が訪れた。


「それじゃあね。また。無理しない程度に仕事も頑張ってね」

「――うん。ありがとう。また来るよ」


 そして地球へ吞み込まれてゆく夕日と共に陽咲の姿も消えていった。

 もうそこは誰もいない、何も無いただの空間。でも僕は彼女が居たはずの、そこにあったはずの頬へ手を伸ばす。温もりなんて感じない。だけど暫くの間、僕はそうしていた。



 数日後。仕事を終えると真っすぐ家に帰り身支度を済ませ、すっかり地上の光が空に勝った夜の街へと出掛けた。そして直接は初めましての女性と合流し、ぎこちなさを拭えぬまま僕らはイタリアンへ。

 その日、僕は翔琉が繋げてくれた人と食事に行った。

 でも結果は同じだ。楽しいと言えばそうかもしれない。

 毎回変わらない。陽咲の願いなど叶うはずも無く。僕が陽咲を手放してその人を選ぶ事なんてありえなかった。


 それから数日後。今度は彩夏が繋げてくれた人。

 彼女が選んだお洒落なお店。何気ない会話。響く笑い声。この夜の食事も楽しかった。そこに嘘は無い。

 だけどやっぱり僕の心にいたのは、陽咲だけ。

 相手も変わり。お店も変わり。話す内容も変わる。

 でも変わらない。

 彼女達が素敵な人で、もし陽咲と出会っていなかったらきっと更にデートを重ねてたと思う。これまでの誰かとは付き合って。もしかしたら結婚までしてたかも。それぐらいには全員どこかで気が合って、話は弾んでた。

 でも変わりはしなかった。僕の気持ちだけは……。

 色んな人とそういう風に会って食事をする間に少しだけ考えてみた事がある。もし相手を見つけて陽咲を失った痛みが和らぐのならそれもいいのかもしれない、と。陽咲の言う通り彼女を越えるような人を探さなくてもまた別でそう思えるような人を見つけられたらいいのかも、って。

 だけどやっぱり、どうしてもそう思える人とは少なくとも今はまだ出会う事は出来なかった。


 その日、普段なら仕事を終え家でゆっくりとしている時間帯にも関わらず僕は外にいた。


「ここらへんだと思うんだけど」


 スマホを片手に僕は辺りを見回しながら歩いていた。


「何してんの?」


 すると丁度、スマホへ視線を落としたタイミングで聞こえてきたそれだけで誰か分かる声。顔を上げてみると、そこには声通り空さんが立っていた。


「あっ。――何って。お店探してたんだけど、やっぱりこの近くだよね?」

「いや、近くってか……」


 空さんは言葉を続ける代わりに僕の方を指差した。でも指先から伸びる線は更に後ろへ。僕はその線をなぞり顔を後方へと向けた。

 そこには見覚えのある看板が掛けられたお店が一件。僕は思わずスマホへ顔を落としては画面のと見比べてみる。同じだ。


「あー、っと。ほんとだ」

「方向音痴? っていう以前の問題か」


 顔を戻してみると、信じられないと言いたげな空さんと目が合った。


「いや、違うよ? たまたまスマホ見てて見逃しちゃっただけだから。ほら、ルートじゃなくてただの地図見てた訳だし」


 そんな彼女に僕は言い訳のような説明をし、スマホに映ったお店の位置だけを示した地図を見せた。


「そう。まぁいいけど」


 でも空さんは素っ気ない返事をすると僕の横を通り過ぎお店へと歩き出した。一歩遅れ僕もその後を追う。

 今日は空さんと遊ぶ約束をしていた。この時間なのは彼女がこの時間からなら大丈夫という事だったから。

 この日、僕らが訪れたのはダーツバー。お店自体は空さんが教えてくれた場所だ。ダーツバー自体は一応だけど一回だけ陽咲と一緒に来たことがある。でも記憶も曖昧な程、前の出来事だ。

 そんな慣れない空間に緊張している僕を他所に空さんはまるでファーストフード店で注文するかのように場所を一つ借りてきてくれた。僕はそんな空さんの後ろにただついて行き、台の場所へ。

 そこには想像通りのダーツ台があり、一定距離で引かれた線の傍には(立ち用の)背の高い丸机が置かれていた。机上には数本が入ったダーツ立てがぽつりと置いてある。


「飲み物買って来るけど、何か飲む?」

「じゃあえーっと。ウーロン茶」


 何があるか分からずついどこにでもあるものを注文。好きだからいいけど。

 空さんはそれを聞くと黙って買いに向かった。そんな彼女の背中を見ながら僕はここがダーツバーだということを思い出した。


「そうか。バーか」


 お酒を頼めば良かった。何て思いつつ一人、空さんが戻るのを待つ。

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