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 それからお互いに頼んだビールが届き目の前に並べられるまでは一瞬だった。乾杯するべきかどうかと一人、考える僕を他所に空さんはジョッキを手に取ると大きく傾け一口。それに続いて僕も呑み始めた。


「でも一緒で本当に大丈夫だったんですか?」


 二人分のジョッキを机に置く音の後、隣からの笑い声が微かに聞こえてくる程の空気に耐え兼ねた僕は少しだけ恐々としながらもそう尋ねていた。


「別に。元々、一人だったし」


 相変わらずの素っ気ない声。その後、再び訪れた沈黙。僕は手持ち無沙汰を埋める為にビールを呑んだ。とは言え然程、時間を潰すことは出来ない。


「にしても、本当に久しぶりですよね。最近はどう?」


 敬語とタメ口の定まらない口調と曖昧な質問。それは自分でも嫌になるぐらいただ沈黙に追い詰められ何とか言葉を口にしただけの僕だった。


「まぁそーだね。最近はまぁ――普通」


 帰ってくる返事も口調も相変わらず。僕は心の中でこの状況をすんなり受け入れた過去の自分を責め立てていた。

 そしてまたしてもやって来た沈黙。一秒、二秒とそれは続いていった。


「別に気を遣わなくてもいいよ」


 それは追い詰められたような気持ちだった僕が思わず口にしてしまった本心。気が付けばどういう意味かと問うような空さんの視線が僕を見つめていた。

 でもそれを見ていると何故かここまできたらと言うような気持ちにもなってきて僕は言葉を続けていた。


「僕が親友の――陽咲の結婚相手だからって無理しなくてもいいよ。本当は僕の事、好きじゃないんでしょ?」


 実を言うとそれはずっと思っていた事だ。だからかそれを口にした時、まるで深呼吸をしたような脱力感を感じた。やっと訊けた。そう思ったんだと思う。

 答えが返ってくるまでに間はあったけど、僕は黙って待つしか出来ない。


「別にそんなんじゃないから」


 雰囲気的にもそうだし、今となっては――陽咲の事を気に掛ける必要も無い。だからそんな返事が返ってくるとは思っても無かった。これまでの彼女の態度も含めきっと僕の嫌いな所を並べられるかとさえ思っていた。

 でも実際に返ってきたのは意外な言葉。


「えっ? でも……。僕の事を避けてたっていうか、あんまり話もしなかったし」

「そうだけど。別にそんなんじゃ――ないって……」


 テーブル越しで避けるように視線を落とす空さん。

 でもその瞬間、今の今まで空さんに対して抱いていたものがただの勘違いだと分かった僕はそれを気にも留めなかった。


「そうだったんだ。僕はてっきり、嫌われてるかと……。でも良かった」


 ホッとしたと言うべきか、分からないが少なくとも僕の中で何かが軽くなったのは確かだ。そのおかげで自然と浮かぶ笑み。


「陽咲からよく話聞いてたし、本当は仲良くしたいって思ってたんだよね」

「アタシも……陽咲から話はよく聞いてた」

「――お待たせしました」


 すると、まるで僕らの蟠りが解消されるのを待っていたかのように注文していた料理が到着した。

 気持ちが軽くなった所為か空いてたのを思い出し急激に減るお腹。僕は早速、料理へと箸を伸ばす。唐揚げだ。熱々で噛んだ瞬間に肉汁が溢れ出す。そんな美味しい唐揚げを最後はビールで流し込む。

 それは懐かしささえ感じる美味しさであり最早気持ち良さだった。今にも陽咲の「美味しぃ~」っていう声が聞こえてきそうな気がする。

 でも当然ながら実際には聞こえない。そんな懐かしいような寂しいような何とも言えない感情を抱えながら僕は唐揚げをもう一個。


「確か空さんって高校から陽咲と一緒だったんだよね?」

「高一の時に出会って大学も一緒で、そのままって感じ」

「女子高だったって言うのは聞いてるけど、陽咲ってどんな感じだった? 高校時代の話は聞いたことあるけど、陽咲がどんなだったかっていうのはやっぱり分からないから」


 それは僕の知らない陽咲。写真とかなら見た事あるけど、それぐらいで当たり前だけど高校生の陽咲を僕は知らない。


「――まぁ、あんま変わんないかな。でも最初はウザいぐらい話し掛けられてめんどくさいって思ってた」

「あぁ~」


 僕の脳裏で蘇るお喋りモードの陽咲。


「席も隣だったし。だけど何か気付いたらよく一緒にいて、それなりに楽しんだよね」


 そう話しながら空さんのクールな表情が少し綻び口元が緩んだ。でもその気持ちは同じように思わず笑みを浮かべてしまう程に分かる。僕にとって彼女と一緒に居る時間が何よりも楽しくて幸せだったから。何も話さずただ隣同士、寄り添い合って座ってるだけでもそれは変わらない。


「もっと色んな話聞かせて欲しいな。僕の知らない陽咲の話」


 それから僕は空さんの語る陽咲を見つめた。時に共感し、時に驚き、時に笑い。終始、懐旧の燈火が心を照らし温かくしてくれていた。

 空さんは陽咲が話すような感じじゃあまりなかったけど、少なくともこれまでの僕の印象は大きく変わった。

 途中、ふと我に返ると目の前に空さんが座ってて二人だけで話をしているという状況に感動すら覚えた僕。だけど家に帰りソファに腰掛てから改めてみるとそれはより一層濃くまるで何かを成し遂げたかのような感覚さえ感じてしまった。まさかここで空さんと出会い――まさかこうして仲良くなれるなんて。

 でも本当なら陽咲と三人でこんな風に食事が出来たら良かったのに。陽咲の喜ぶ顔を思い浮かべながら少しだけ後悔の念が押し寄せる。

 だけど同時にあのお店だったからか、どこか陽咲がそうさせてくれたような気もした。自分の夫と親友。仲の良さなら一、二を争うはずの二人同士は全く仲良くない(かといって悪いわけでもないけど)。まるで二人の中で欠けた自分という存在を代わりにお互いで埋めさせるかのように、彼女が導いたような気がするのは、酔いの所為なのかもしれない。

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