第13話 リリアナの夢




——エヴリーヌ先生。

天国でも、笑っていらっしゃいますか?


どんな時も明るく笑顔でいれば、きっといい事がある。先生がそう教えてくださいました。


私は……相変わらずです。

でもいつか先生のような、太陽のような女性ひとになりたいと……。

窓の外も、私が寝ている場所も。

氷のように冷たいですが、心の中だけは、先生の優しい面影とあたたかな言葉で満たされています。


先生が屋敷に来られなくなってから、エレノアが荒れているんです。


エレノアも先生のこと、とても慕っていたから。

心の辛さと先生を失った寂しさを、他にぶつけるところが無いみたい。だから私が受け止めてあげなくちゃ。

先生はおっしゃっていました……リリアナはお姉ちゃんだから、お母様の代わりに、いつもエレノアの太陽でいてあげてねと。


『あなたの髪と瞳の色は、錆びた鉄の色なんかじゃない。先生の大好きなグルジアの海に沈む、夕陽の色。一日中一生懸命に働いて疲れきった人たちを癒す色。だから先生は、リリアナの髪と瞳の色が大好きなの』


先生に教えていただいた、『あの曲』。


今でも時々弾いているんです。

あの頃よりも、随分上達したのです……先生にも、聴いて欲しかったな。


『どうして?! どうして先生は、エレノアに教えてくださらなかったの?? お姉様には教えたのに、どうしてっっ』


『ごめんね、エレノア。は私の、たった一つだけの宝物だから……』


先生が、“人前では弾かないで“とおっしゃっていた『あの曲』を、どうしても知りたいと、エレノアが——— 。


『お父様!! リリアナをお仕置きしてやってっっ。リリアナったら、私に酷い意地悪をするの。意地悪して、先生から教わった曲を教えてくれないの。私、一人だけ仲間外れにされたの!!』


お父様に懇願したのです。

どうかピアノだけは……。私から取り上げないでくださいと。


でもお父様は———。


ピアノは弾けなくなってしまったけれど、今は目を閉じて、窓際でいます。

この窓から見える世界はとても小さいけれど、月が綺麗な夜は、窓際も素敵な舞台です。


『いつも頑張っているリリアナお姉ちゃんに、先生が《秘密の曲》を教えてあげる。あなたに幸せを運んでくれる、魔法の曲なの。だから誰かに教えたり、人前で弾いてはだめ。先生は、リリアナに幸せになって欲しいの。だから約束よ?リリアナ——…」


私に幸せを運んでくれる、“秘密の曲“。


大好きなエヴリーヌ先生。

どんなに蹴られても私、先生との約束……ちゃんと守ったよ?







まぶたに落ちた朝日が眩しい。

薄く目を開けると、枕が少し濡れていた。


そういえば、ここはもうあの家じゃない。

フカフカのお布団と、目覚めても痛くない背中が実感させてくれる。


「——ん……? 私、何か嫌な夢でも見てたのかしら」

(公爵のためだけじゃなく、自分にもハーブティーが必要ね。)


結局、厨房にお目当てのハーブは一つも見当たらなかった。公爵は『そうか』と呟いて、少し残念そうにしていたっけ。


「やだ、今……何時?!」


時計の針は、起きるべき時間をとうに過ぎていた。

慌てて寝具を飛び出し、クローゼットに向かう。ユリスさんが着替えを手伝うと言ってくれたけれど、昨日のうちに丁重に断った。


広々としたクローゼットを開ければ、目を見張るほどの数の衣装がずらりと並んでいる。

そのほとんどが白で——もしくは淡いパステルカラー……公爵はご自身も白を着ていらっしゃるし、よほど『白』がお好きなのね。

(白椿城のテーマカラーとか?) 


頭の中で考えを巡らせながら、出来るだけシンプルな形のワンピースを選びとる。


「これ……可愛いっ」


たくさんある中から好きなお洋服を選ぶのって、なんて幸せで楽しいんだろう!


「公爵に会ったら、お礼を言おう」


着替えを済ませ、髪はいつもと同じポニーテール。動きやすいのだけれど、素敵なワンピースにこの髪型は少し不釣り合いかな……?

自分のセンスに落胆しながら鏡台を立ち上がり、ふと窓の外を見やれば、


「——ユリス、さん」


階下の庭にメイド長のさんと、身振り手振りを交えて何かを必死に訴えているユリスさんが立っていて。


「泣いて、いる?」


ユリスさんが、また泣いている。

まさかメイド長からのイジメとか嫌がらせ?!人目につかないところで虐めているとすれば、卑怯極まりない。

昨日も泣いているところを見ちゃったし、仮にも私の専属メイドのことですもの。


事情はわからないけれど、ユリスさんの涙っ——このまま見て見ぬふりはできません!

気付けばワンピースの裾をひっつかみ、勢いよく自室を飛び出していた。




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