第250話 不協


 「…俺としては棟梁に謀っても良いと思うがうまく行くとは限らぬぞ?」


 山犬は感状を丁寧に風月に返すと話し合いを続ける様子を見せた。


 「それはもちろん分かっておる。こちらの求める事と与えられるものを書いた書状はこちらにある。これにも花押はある。お主がしっかりと長に説明してくれることを望むぞ。」


 「返事はどうやって伝えれば良い?」


 「そうだな。那古屋にある伊豆屋を訪ねてくれれば良い。そこで風月の使いだと言えば話が通るようにしておこう。」


 「そう言えば伊豆屋は北条から出てきた商人だったな。そういう事か…。それならばかなりの範囲にお主らの手は伸びておるのだな…、だがやはり関東以外は人が足りぬ上に土地勘も地元のものに比べれば劣る。現地の協力人が欲しいという訳だな。うむ、分かった。他の者達よりも先んじて仕える方が我々の価値も上がるというもの。必ずやり遂げて見せようぞ。」


 こうして風月と山犬は何事も無かったように別れた。それから数週間後、那古屋の伊豆屋を訪れた風月の使いがきたとか。


〜〜〜〜〜


 「そうか、尾張の現地の忍びを風魔の配下に組み込む事ができたのは僥倖だな。技量の方はどうだ?」


 氏政は小太郎から尾張の進捗を聞いていた。


 「いつものように監視をつけて新たな農地を与えた後は徐々に忠誠心を植え付けていけ。信頼できるものが現れ始めれば産業の中でも重要なものを任せていく。」


 「はっ!」


 このようにして関東の奥の方や、東北、尾張などへ徐々に風魔の手は伸びていっていたのである。


〜〜〜〜〜


 土田御前


 「信勝。あなたが弾正忠家を引っ張っていかねばあの人が守りたかった尾張が無くなってしまうのですよ。」


 御前にとって愛した人の国がおおうつけに任せられるのはいくらあの人の意思とはいえ耐え難い不安になっていた。それに、どんどんと自分を置き去って成長していく信長よりも、まだまだ真面目で独り立ちのできない信勝が可愛くて堪らなかったのだ。


 「しかし…父上は兄上に従うようにと仰っておりました。皆も私にはついて来ぬでしょう。しっかりと兄上を支えることが肝要では…?」


 信勝としては兄に対して劣等感のようなものを抱いてはいたが、まだ憎むほどでは無かった。


 「あなたこそが次期当主に相応しいのです。大和守殿や伊勢殿もあなたを支持しておるのですよ?どちらの方に義があるか、明白ではございませぬか?」


 「それはっ!」


 「何も心配せずとも良いのです。私があなたを弾正忠家の次期当主にして見せます。」


 土田御前はそれだけ言うと信勝を置いて部屋を出ていった。信勝はその背をただ見送る事しかできなかった。

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