【Ex】些細なささくれ話
宿の部屋で荷物を整理をしようとした時だ。
「あ、ささくれ」
声を上げたリノにゲンは何だそれはとたずねた。
「ささくれはささくれでしょ。この爪の生え際に出来るやつ」
指先を見せたリノは問答無用で、ささくれをちぎりとった。
ゲンは身の毛だち、石を投げ込まれた水面のような瞳でリノを睨む。
「皮をむしる阿呆がおるか」
「引っかけても痛いだけだよ。ちぎった方が早いし」
「荒療治にもほどがあるだろう」
ゲンの顔には理解不能と書かれていた。これ見よがしにため息をついた姿は、人間と同じだ。精霊だなんだと威張ってはいるが、その実は食い意地のはったカワウソと変わりない。どんなにすごんだって、小さな四肢を動かす様は何をしてもかわいく見えるのだから得だ。
リノはささくれとは無縁そうな手を見て、小さな痕を眺めながら、以前の手を思い出す。
「霜焼けと皮向けだらけの手に比べたら、可愛いもんだよ。最近は足の魚の目の方が痛いよね」
「軟弱な体だと不便だな」
「精霊と比べたら、誰だって軟弱だろうねぇ」
「さかむけをちぎる奴は軟弱と言いがたいがな」
「さかむけ?」
リノはゲンと目を合わせ瞬きをした。
「さかむけ、だろう」
「ささくれ、のこと?」
痕を指差しながらリノは眉間を寄せた。
一人と一匹は仲良く頭を悩ませる。リノの使っている翻訳魔道具の不備というわけでもないだろう。
「ささくれって方言なのかなぁ」
「さかむけが方言ということもあるぞ」
「どっちが方言かわかんないよね」
リノは不便さを楽しむように笑った。
ゲンもつられて笑う。
「さかむけは親不孝だとなるらしいぞ」
迷信だけどな、と冗談めかして付け足したゲンをリノは見つめる。
「おじいちゃん孝行ならしてるんだけどなぁ」
「誰がおじいちゃんだ」
へそを曲げた精霊は何かにつけて、おじいちゃんだからなと口を尖らせた。好物の干しホタテも、やわらかい
ささくれだった心が回復するのは次の朝のことである。
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