第31話 『打ち上がる』

「あー痛ぇ」


 全身がビリビリする。

 針で突っつかれながらカミソリを当てられているような感覚が、体中の肌を覆ってる。剣聖の衝撃波を浴びてからずっとだ。


「はい、買ってきたわよ」


 果物屋の屋根の上で寝転んでいると、視界にクズハの顔が逆さで現れた。


「おぉ、助かる」


 体を起こして、差し出された飲み物をもらった。

 クズハについて行ってたゴクウが、心配そうにこっちを見てる。


「ウキャ?」

「大丈夫だよ。たいした怪我はないから」


 顎を撫でてやると、嬉しそうに鳴いた。


「兄貴は?」

「涙目で売り上げ数えてるわよ。結局、蜜パンは全部あの人が食べちゃったから」


 クズハは笑うと、自分の分のジュースを飲んだ。


 剣聖リリィ・ソードマンは、獲得したうちの食べ放題権を全力で行使した。

 俺も動けないなりに手伝ったが、剣聖のスピードであの細い体のどこに入るのか分からないほど食べた。小物とかの販売もほとんどできなかったから、赤字じゃなくても売り上げは少ないだろう。

 しかも、そのあと他の店の蜜パンも食べに行ったもんで、見てた全員が絶句していた。


「……きれいだなぁ」


 ぼーっと眺めていたら、つい口に出た。


「ホント。これだけ月も星も出てるなら、このあとの花火もきれいでしょうね」


 祭りも終わりが迫っていて、あとはメインの花火を残すだけ。

 

「いや、クズハのことだったんだけど。本当、その毛色って月明かりに映えるよな」

「またそんなことを軽々とっ!」

「あだっ!」

 

 せめてもの優しさか、拳じゃなくて強めのデコピンが飛んできた。

 なんでこいつは褒めたのに怒るんだ。

 ライオスからもダインからも「女性は素直に褒めろ」って教えられたのに。


「ねぇ……なんでそんなに頑張るの? 真武六修人に挑むなんて、よっぽど鍛えた武人じゃないと普通は死ぬものなのよ?」


 夜空を見上げたまま、クズハが聞いてきた。


「なんでって、ここに来た理由は話したろ? 誰にも負けねぇ、最高のファミリア作る。そのために俺は強くなるんだ」


 答えたのに、真っ白な毛は静かに風になびいている。


「……それだけじゃないでしょ。あの護り牙の人……リースって人のためもあるでしょ?」


 なぜか、赤い瞳が光ったように見えた。

 

「そりゃあ、な」


 護り牙を取り出して、月明かりに掲げた。


「リースの想いは全部受け取った。惚れて惚れられた男として、その想いを裏切るようなマネはしねぇ。なにがあっても揺るがない強さを手に入れて、心から幸せになる。それが、永遠の愛なんてもんをもらった俺ができる生き方だよ」


 言いながら誇らしい。

 なんでか前の記憶を持ったままこの世界に転生して、また腐った生き方をしてしまう可能性だってあった。そうならなかったのはローガン家の人たちのおかげもあるけど、リースの存在が本当に大きい。

 死んからもずっと、俺の背中を押してくれている。


「そっ、か……」


 夜風に消えそうな声だった。

 三日間頑張ってたし、疲れちまったのかな。


「じゃあ、ずっとリースさんを想って独り身を貫くのね。本当……すごいよ」

「ん? 独り身で終わるかは分からないぞ?」

「へ?」


 やっとこっちを見たクズハは、なんだか間抜けな顔をしていた。


「い、いや、なに言ってんのよ。亡くなった恋人を想い続けて、愛を貫くって話でしょ?」

「愛は貫くけどよ、結婚しないかどうかなんて俺にもまだ分からねぇよ。だって、リースが願ったのは俺の幸せだ。今の俺にとっちゃリースが一番だけど、もし同じくらい好きな人ができたら、結婚だってすると思う」

「……リースさんに悪いとか思わないの?」

「うーん、ヤキモチは妬くと思うけどな。でもたぶん、リースを理由に俺が恋を諦めたりしたら、あいつは自分を責める。それに、あの世で会ったときに話してやるんなら、いろんな話をしてやりてぇんだ。見守ってくれてるだろうけどさ」


 驚いた様子のクズハは、ジュースの瓶に視線を落とした。

 俺も自分の瓶を見る。

 星と祭りの明かりを吸い込んで、宝石みたいにきれいだった。


「ふぅ~ん……そうなんだ。そっかそっか、そういう考えなわけね」

「なんだよ、べつにいいだろ? あーでも、兄貴はブチギレそうだな」

「あははっ! たしかに!」


 ぺたんとなっていた耳が立って、心なしか尻尾も上がったように見えた。

 なにがなんだか分からないけど、悩みが解決したみたいにすっきりした顔をしている。こいつには笑った顔のほうが似合うから、元気が出たならなによりだ。


「ねぇ、ケイン」

「うん?」

「私さ……」


 クズハはなにか言いかけていたが、続きを聞くことはできなかった。


 アルケの夜空に、大きな花火が打ち上がったからだ。


「ウキャー!」


 ゴクウが興奮して飛び跳ねた。

 色とりどりの光の花が、町中の空に咲いた。打ち上げの音が胸の奥まで揺らして、わくわくを駆り立てる。


「うわー! すっごいきれい!」

「おぉ! すげぇなぁ」


 さっき、あんな話をしたからだろうか。

 心の中に、リースと見たかったって気持ちが湧いた。リースなら、どんなリアクションをしてただろう。ゴクウといっしょに飛び跳ねてたか、少し甘えて俺の肩に寄りかかってきたかもしれない。


「ねぇねぇケイン! ほら、瓶越しに見たら面白いわよ!」


 となりを見ると、楽しそうにはしゃいぐ笑顔があった。


 リースはもういない。でも、見てるか?

 俺は一人じゃない、仲間ができたんだ。

 こうしていっしょに花火を見てくれる、大事な仲間が。


「おぉ、本当だ! ゴクウも見てみろ!」

「ウッキャ!」


 降って湧いた寂しさは花火みたいに一瞬で、どこかに消えた。

 見上げる花火はきれいで、楽しくて、最高の思い出になった。


――――


 春風祭の翌日。

 アルケの町はいつもの喧噪が消えていて、ほとんどの人が疲れと酔い覚ましに一日を当てていた。

 それは冒険者たちも同じで、クエストを受けようとする人は現れない。いつもギルド館に入り浸っている奴らも、飲み明かして散らかした館内を掃除したあとそれぞれの寝床に帰っていった。


「さぁ……聞かせ、て」


 そんな静まり返った館内で、俺はリリィ・ソードマンと向かい合って座っていた。 

 代々剣聖に受け継がれ、彼女の背中にも刻まれた初代の名前『佐々木小次郎』の文字が読めた理由を話すために。


「ねぇケイン、はやく!」

「今日は受付嬢も開店休業だからね。あたしも聞かせてもらうよ」


 というか、好奇心でついて来たクズハと暇を持て余したティアさんも、いっしょになってテーブルを囲んでいた。


「大丈夫かケイン。ほら、温めたミルクだ。こんな奴らに囲まれたら、落ち着かねぇだろう」

「兄貴ぃぃぃぃ」


 気遣いの塊みたいな兄貴の優しさが身に染みた。


「ウッキャキャ」


 なぜかテーブルの真ん中でふんぞり返ってるゴクウはいいとして、目の前の面子に俺は腹を決めていた。

 剣聖相手じゃ逃げることもできないし、ティアさん相手に嘘なんて通じるはずがない。兄貴とクズハもこれから長い付き合いになるだろうし、いつかは知られるだろうことだ。

 話すしかねぇ、モニカにしか言ってない俺の秘密を。


「実は俺……転生者なんです」


 ティアさんは予想してたのか、納得したような顔で煙管を吹かした。

 兄貴とクズハは驚いたリアクションを取っていたが、肝心の剣聖は首をかしげていた。


「てんせい……しゃ?」

「え、知らないんすか?」


 俺が目を丸くすると、リリィは黙って頷いた。


「あー、この子は根っからの剣馬鹿だからね。そのへんも説明してやっておくれ」


 ティアさんに剣馬鹿と言われて、リリィはしょんぼりとした。

 だから俺の前世が異世界の人間で、ケイン・ローガンに生まれ変わっていること。そして、背中の文字が漢字という文字であることを説明した。


「じゃ……初代も……転生者……ってこと」

「そうっすね。しかも、もし俺が知ってる佐々木小次郎だったら、めちゃくちゃ有名人っすよ。詳しく知ってるわけじゃないけど……昔俺の国で、一・二を争う剣士だったはず」

「初代は……最強?」

「いや、その……巌流島の戦いってのがあって、そこで一騎打ちして負けてます」

「そう……うん……なんか……納得……ありがとう」


 初めて見た剣聖の微笑み。

 年上なはずなのに、どこか幼くて昨日の戦いが嘘のように柔らかかった。


「しっかし、まさかケインが転生者だったとはな。ってうか、転生者ってマジでいたんだな」

「あ、母上たちには言わないでくださいよ? 秘密にしてんすから」

「安心しな。よそ様の家庭を引っ掻き回すようなマネはしないよ」

「転生者だろうとなんだろうと、ケインに変わりはないんでしょ? わたしはなにも気にしないわ!」

「ウッキャキャー!」


 まさかこんなにすんなり受け入れてもらえるなんて、思ってなかった。

 嬉しい反面、前の人生を詳しく話すのが少し怖くなった。


「そういえば……ケイン、くん」


 細い声が俺の名前を呼んだ。


「化身……まだ……使えないの?」


 純粋な疑問なんだろうが、内心気にしていたことなんでグサッと刺さった。


「う、うす。まだ使えません」

「いや、その年で使えるほうが異常だっての」


 闘気も使えない兄貴が、苦々しくツッコんだ。


「よかった、ら……鍛えて……あげよう……か?」


 その場にいた全員が目を見開いた。


「マ、マジっすか!?」

「うそ! 剣聖直々に!?」

「すっげぇ! ケイン、お前すっげぇぞ!」

「いいのかい、リリィ」


 疑問を投げかけたティアさんに、リリィはこくんと頷いた。


「教えを広めるのも……大切……それにこの子……才能、ある……と、思う……から……たぶん」


 そこは言い切ってほしかったが、贅沢は言えない。

 そもそも、この申し出自体が贅沢なんだから。


「あ……でも、俺たち東に」


 当初の予定だと、これから準備をして旅立つはずだ

 俺が修業なんてしてたら、いつ終わるかも分からない。あんなに準備してたのに、二人に迷惑はかけられない。

 

「関係ねぇ!」


 誰よりも早く、兄貴が立ち上がった。


「馬鹿かお前。こんな機会滅多にねぇんだぞ! 強くなるのに、これ以上の師匠はいねぇんだ。いってこい! そんで、この女超えるくらい強くなれ!」


 鼻息荒い兄貴は、散々ビビってたリリィを指さして言った。


「そうよ! なんなら、わたしも鍛えてほしい!」

「いい……よ」

「え! 本当ですか!? やったー!」


 尻尾をぶんぶん振って、クズハが歓喜の声を上げた。


「あんたもお願いしたらどうだい、ムーサ。一番弱いし闘気も使えないんだから」

「え! あ、い、いや、オレは……」


 考えてもいなかったようで、兄貴は急に歯切れ悪くなった。


「うーん……きみは……ダメ……かな」

「ダメなのかよ!!」


 ショックを受けたはずの兄貴の顔は、なんだかちょっと嬉しそうにも見えた。


「闘気使えないなら……死んじゃう、から」

 

 リリィは愛刀を抱きしめて、おもむろに立ち上がった。


「じゃあ……よろしくね……ケイン、クズハ……ふふふっ……はじめての弟子……うれしい」


 少女のようにニコリと笑う。

 が、さっきみたいな柔らかさはなく、底知れない恐ろしさが垣間見えた。


「私のことは……師匠と……呼んで……ね」


 背筋がぞくぞくした。

 クズハも同じだったみたいで、全身の毛が逆立ってる。志願したことを後悔してるのかもしれないが、もうあとには引けない。


 このチャンス、根こそぎ活かして強くなってやる!


「押忍! よろしくお願いします、師匠!!」

「お、押忍!」


 俺に釣られて、クズハも頭を下げた。


「うん……いい返事……じゃあ……準備して……行こう、か」

「行くって、どこに?」


 返答より前に、師匠は出口に向かって歩き始めた。

 笑みを浮かべたまま振り向いて、長い黒髪をなびかせる。


「魔の森……だよ」

 

 俺はピンと来なかったが、クズハが「ひっ!」と息を飲んだ音が聞こえた。

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