第3話「美少女(神)と話してみよう」

「そうです、黄泉の国です」


 にこっと微笑むその可愛らしさに、おじさんの俺はへにょへにょの骨抜きにされそうになっているが、こんな美少女でも相手は日本神話の神様で、しかも黄泉……つまり死者の国の主イザナミ様だ。変な態度をとったらどんな目に合わせられるかわからない。


「か、かしこみかしこみ……」


 俺は神社で聞いたことがあるフレーズを口にしてみた。確か神様に大して敬う姿勢を意味する言葉だったと記憶している。


「うふふ……。そんなに畏まる必要はありません。気楽に聞いてください」

「は、はぁ」

「通常なら死者はこの列車に乗っている間に記憶とカルマをリセットされ、それぞれの到着駅……つまり転生先で赤子として生まれ変わります。これが魂の輪環、生まれ変わりの基本システムです」

「はぁ」

「ですが、生きている人がこの列車に乗り込んだ場合、なにもリセットされないまま強制的に生まれ変わることになります」


 イザナミ様は少し悲しげな顔をした。その表情からしてあまり良くないことを告げられそうだ。


「あ、あの、俺は失踪したことになるって聞きましたけど」

「はい。現世に南無さんの亡骸はないので失踪として処理されるでしょう。日本の年間行方不明者数をご存知でしょうか?」

「お、多い、くらいにしか……」

「年間約十万人。それも行方不明届が出された数だけで、です」


 イザナミ様にジッと瞳を見つめられ、思わずごくりと喉が鳴る。この人は俺の目を見ているのか、それとも俺の心の中を見ているのか……。


「そのうちの何人かは、この列車に乗ってしまい生きたまま強制的に生まれ変わっています。そういう人達の共通点は、生きながら死んでいるようなタイプですね」


 そこは都市伝説通り。まさに俺のことだ。


「そういえば、どうして俺の名前をご存知だったんですか?」

「私は人間の記録を見ることができますから。今もあなたの過去帳を見ているんですよ」


 そう言ってイザナミ様は空中で指を動かした。もしかしなくても俺には見えないタッチスクリーンをフリックしているみたいだ。


「南無さんは倶生神をご存知ありませんか? 人が生涯に行った善行と悪行を記録する神で、彼らが頑張ってくれているので過去帳には洗いざらいなんでも書いてあります」

「そ、そうなんですか」


 ヤバいなぁ。神様相手でも知られたくないこともあるんだが……。


「それで南無さんの今後についてですが」

「は、はい」


 イザナミ様は空中で何度も指を動かしながら目で何かを追っている。


「先程もお伝えしたように、普通の死者のようにカルマが消せないので、現世の罪を背負っていくことになります」

「罪、ですか」


 心当たりがありすぎて辛い。


「そうですね。生きるということは大なり小なり悪い行いも良い行いも積み重ねていくものなんですが、南無さんは罪の方が多いですね」


 ですよね。


「あのぉ、それって善い行いで相殺されたりは?」

「相殺ではなくどっちも背負っていく感じですね。ですが……」


 イザナミ様は俺に顔を近づけてきた。美少女オーラで目が潰れてしまいそうだが、こんな機会は滅多に無いのでガン見する。


「南無さんの悪いのカルマは桁外れに多いのですが、それはある角度から見ると良い行いでもあったりますし、うーん」

「……」

「なんにせよ、この列車に乗ってしまったことは管理者である私のミスということになります。ですから業を背負って転生しても、今よりは良いと思える人生になるよう、お手伝いをしたいと思いますが。よろしいでしょうか?」

「は、はぁ」

「ですが、どんな転生をしても人生を作っていくのは南無さんご自身だということを覚えておいてください」


 人生を作っていくのは自分自身。


 そりゃスタートラインは人によって大きく違うし、恵まれた者とそうでない者には大きな隔たりがあるのは認める。だが、その後の人生を良きものにできるかどうかは本人次第だ。


 そして俺は良くできなかった失敗者だと自認している。だからこそ、次は今より良い人生を築きたいと思う。


 俺をまっすぐ見つめていたイザナミ様は、嬉しそうに微笑みながら左手を俺の目の前にゆっくり突き出してきた。


「な、なんです?」

「お手伝いするって言いましたよ?」


 そして可愛らしい小指だけを立たせる。


「まず第一に、次の人生について」

「はい」

「ご説明した通り何もリセットされないので、今の記憶と業をそのまま持って転生することになります」

「はい」

「つまり、今と同じく【死んだように生きていく】ことになりますね」

「はい……はい? それって有利なんですか!?」


 どうせなら金持ちとか芸能人とかイケメン、とまではいかなくても、少しくらい幸せな人生を歩みたかった。まさか今と同じような苦行の日々が続くとは……お先真っ暗な転生じゃないか。


「ふふふ」


 イザナミ様はいたずらっ子のように目を細めて笑っていた。

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