最終列車で異世界に行こう!

第1話「最終列車に乗り込もう」

 俺は疲れている。めっちゃ疲れてる。


 一見正論のような言葉の刃で斬りつけてくる上司。

 達成感もなく虚ろにこなす無意味な仕事。

 年齢と共に衰えを感じるこの体。

 何事にも興奮しない心。

 永遠につきまとう不安。

 そして鉛のように俺の背中にのしかかってくる孤独。


 今日も今日とて体に鞭打ち無駄な残業をさせられ、帰宅するのは深夜の終電間際。最寄り駅についたらコンビニで夕食を買い、誰もいない家に帰宅して見もしないテレビを流しながら飯を食いシャワーを浴びて寝るだけの人生だ。


 こんちきしょう。なんて退屈でつまらない人生だ。


 あぁ、もう一度人生をやり直せたら今よりは上手くやれるのに、と叶わぬ夢を口の中で反芻する。


 しかし後悔したところでやり直しなんて出来ない。環境や他人のせいにして人生を嘆く奴もいるけど、俺は自分の人生を他人に決めさせた事はない。だから誰も責められないし逃げようもない。


 だからと言って泣き言がないわけじゃない。


 いつまでもこんな生活が続くことが確定しているので、まったくやる気が出ないし生きる気力もなくなるってもんだ。


『人生は非情さ』


 俺の脳内で、仮面の男が薄笑みを浮かべながら渋い声で言う。


 この仮面男は俺が青春時代に見ていた有名アニメの敵キャラで、たまに俺の脳内に降臨してポンと名言を置いていく。所謂いわゆる空想上の友達イマジナリーフレンドだ。


 俺の脳内にはこの仮面男以外にも小説、アニメ、漫画のキャラがたくさん巣食っている。


 数多くの作者たちが魂を削って産み出したキャラクターたちは、みんな至言を残してくれた。その言葉の数々は幼かった俺の心にドンッと響き、それで今の人格が形成されたと言っても過言ではない。ありがとう作者様、俺を育てたのはあなた達です。


 てか、そんなことより終電だ! 逃すと自宅までのタクシー代が馬鹿にならない!


「……あれ」


 小走りで駅に到着し、改札からホームまでの間に誰とも出くわさず、ホームには反対側も含めて誰もいない。


 時間は―――午前零時ジャスト。


 まだ終電の時間じゃないはずだが、事故でも起きて欠便したとか?


 ちょっとした非日常感のせいで挙動不審になっていると、アナウンスが聞こえた。


「最終列車、特別編成で間もなく到着いたします」


 よかった、人がいないのはタマタマってことか! いやぁ、こんな偶然もあるのか。


「ドアが閉まります。ご注意ください」

「え」


 いつの間にかホームに車両が到着していた。


 おいおい、到着したのもドアが開いたのも気が付かなかったとか、俺は立ったまま寝ていたのか? いよいよヤバいな。


 慌てて車内に駆け込んだ俺は、背後でドアが閉まるのを感じながらいつもとは違う車内の雰囲気に「え……」と硬直した。


 向い合せの座席の間に灰皿が備え付けられ、車内喫煙が当たり前だった時代の名残があるのはまだいいとして、床が木材って。これじゃ電車というより汽車ってイメージだ。


「これが特別編成……」


 大丈夫。焦る必要はない。


 きっと俺が知らないうちに「レトロな車両に乗ろう」的なイベントをやっているのかもしれないし! それに俺はこういうクラシックなものとかビンテージとかゴシックとか大好きだし! 荷物棚のちょっとした装飾が大正か昭和初期風で凝ってるし、車内の照明もランタンっぽい暗さで雰囲気を出してるし!


 ……って、空元気を出しても無理だわ、これ。


 他に乗客がいるとか昼間ならいいんだが、深夜の最終列車で車内に誰もいない今、すんごいホラー感しかない。


 ちなみに連結部分は白い磨りガラスの嵌ったドアで遮られ、前後の車両に人がいるのかもわからない。


 全部の車両を巡って人がいるのを確認したいところだが、もしこの車内どころか列車自体に俺以外誰も乗り合わせていないとしたらと思うと、確認するのも怖い。


「まさかこれ、あの世行きじゃないだろうな、は、はは……」


 亡くなった人の魂を運ぶあの世行きの列車。それは有名な都市伝説で、ちょっと前には映画化されたこともあるくらい日本人にはポピュラーなネタだ。


 たまたま生きたままあの世行きの列車に乗り合わせてしまった主人公が、ラストシーンで最後尾から飛び降りて九死に一生を得るけど、後続電車に撥ねられるっていう胸糞悪い映画だったな……。


 ちなみにあの世行きの電車に乗り込んでしまうのは、人生に疲れて死んだように生きてるタイプだったけど、まさに今の俺だよな……。


「切符を拝見」


 背後から声をかけられて飛び上がるほど驚いた。


 振り返ると普段見る駅員とはまるで違う、軍服コートのような制服を着た長身の車掌が立っていた。


 いつからそこに!? てか、でかいな! 天井に帽子が付いてるぞ!?


「切符を拝見」


 まったく同じトーンで同じセリフを言う車掌っぽいデカブツ。帽子を目深にかぶっているし、車内の照明が暗いせいもあり下から見上げているというのにその目元はまったく見えない。顔が見えないってのは不気味さを倍増させる。超怖い。


「え、えと。切符? ICカードなんですけど」

「切符をお持ちでない場合は頂戴します」


 交通系ICカードが使えないだと!? てか、そんなことより六文っていう現代では使われていない単位からして、もう確定的だよな!? だってそれ、三途の川の渡し賃と同じじゃないか!

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