第5話
(……待て、今なんつった?)
「亜衣ちゃんはそれでいいの!?」
「構いません!」
ラブカイザーって呼ばれる?
誰が?彼氏が?……僕が?
「構うべきだよ!?ラブカイザーだよ!?私なら絶対呼ぶもん!呼ばないはずないでしょ!?」
「私は彼の気持ちに応えると決めたんです!ラブカイザーなんてあだ名は些細なことです!」
ダラダラダラ
顔中から汗が吹き出し、再び滝のように流れていく。
「考え直せ渡来!冷静になるんだ!ラブカイザーだぞ!?こんな面白いネタ、先生達でもかばいきれん!むしろ積極的に使ってしまう!せめて今は諦めろ!後で見つけ出して、ふたりでこっそり付き合えばいいじゃないか!」
「なんでですか!私達は好き合ってるんですよ!?そんな後ろめたい付き合いなんてできません!彼だって望んでないはずです!」
いや、めっちゃ望んでます。望みます。望まないはずがあらいでか。
「私だって呼びます!いいえ、むしろ呼んであげたい!!ラブカイザーさん!名乗り出てください!ラブカイザーさぁぁぁん!!!」
「やめろ、渡来ぃっ!!」
「先生、もっと頑張って!」
「誰か亜衣のことを止めてぇっ!?」
朝の教室は、混沌の坩堝と化していた。
叫ぶ渡来さん。止める担任。担任を応援する女子。
もうしっちゃかめっちゃだ。
(え、名乗り出たら僕、ラブカイザーって呼ばれんの?)
眼前に広がる阿鼻叫喚の地獄絵図をスルーして、僕は思考の海へと突入する。
渡来さんは今は暴走してるけど、とても綺麗で人気のある女の子だ。
学校で人気ナンバーワンの美少女であることは疑いようがない。
そんな彼女と付き合いたいという男子は、それこそ山のようにいる。
もし渡来さんに彼氏ができたなら、やっかみが生まれるだろう。
渡来さんと付き合えたという幸運を、羨むやつは多いはすだ。
―――そんな男子がもし、ラブカイザーと名乗る怪文書を送って告白が成功したやつだったら?
僕ならいじる。いじり倒す。
それこそ未だ後ろの席で爆笑を続ける後藤くんのように、「おっはよう!今日も元気かい?ラwブwカwイwザーwww」なんて、朝の挨拶をするくらいは余裕でする。
例え渡来さんと別れることになったとしても、ラブカイザーというあだ名だけは永遠に残るに違いない。
(まずい…)
それは、非常にまずい。まずすぎる。
うちは中高一貫の私立で、大学の付属校だ。
皆エスカレーター式で上にあがるから、周りはほぼほぼ顔見知り。
つまり外部進学しない限りは、これからも付き合いが続く面子ばかりってことで…
(もしラブカイザーであることがバレたら、人生が終わる…)
ごくりと生唾を飲み込んで、僕は現状を理解する。
ラブカイザーなんて絶好のおもちゃを、スルーするやつはいないのだから。
「ラブカイザーさぁぁぁぁん!!!!」
「亜衣ちゃん!正気に戻って!亜衣ちゃん!」
「渡来を押さえるんだ!!!早く!!!」
教壇で暴れる渡来さんを、皆が取り押さえようと必死だ。
この光景を誰が記憶から消せようか。
中学はおろか高校、さらには大学に行っても、おそらくラブカイザーの忌名は忘れ去られることはないだろう。
この場のカオスっぷりが、それを証明している。
(渡来さんと付き合うことを選んで、ラブカイザーと呼ばれることを受け入れるか。それとも黙秘を決め込んで、どこにでもいる平凡な陰キャ男子、海冴光輝として今まで通りの生活を送るのか…)
まさに究極の二択と言えよう。
僕は今、人生の岐路に立たされていた。
(くっ、僕はどうしたら…!)
ガタン!
「ん?」
悩みに悩んでいた時に不意に聞こえてきた物音。
顔を上げると前の方の席で、誰かが立ち上がっていた。
「―――皆、渡来さんを離してあげてくれないかな」
誰かと思ってみてみれば、そいつは友人のひとり、メガネ男子の
(あいつなにを…こんなときに声をあげるやつじゃないはず…)
普段は僕と同じ、大人しい陰キャ男子のひとりなのに、何故あんな目立つ行動を…
「田所、今はそれどころじゃないんだ!むしろお前もてつだ…」
「渡来さん、待たせてごめん―――僕こそが、君のラブカイザーだよ」
担任を無視し、田所はとんでもないことを言い出した。
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