第3話

「ラブカイザー…?」「ドゥピってなに?」「愛しい愛しの君って、意味被ってんぞ…」「ルビ多様しすぎでしょ」「変…泥棒…?え…?」「ここスペル間違ってない?」「亜衣だけにとか、上手いこと言ったつもりなのか…?」「亜衣に堕ちたからラブカイザーってこと…?」「どういうセンスしてんの…」「キモ…ていうか、痛…え、ダメ。理解できない…私東大目指してるのに、こんな…」「すげぇよ…すげぇ…」「ラwブwカwイwザーwwwwww」


 その言葉を皮切りに、沈黙は破られた。

 ざわつく教室。戸惑うクラスメイト。固まる担任。何故かドヤ顔の渡来さん。


「はわわわわわ」


 そしてこの世の終りのような顔をする僕。

 なんだこれは。ここが地獄か?


 どうしてこうなってしまったんだ。


(僕はただ、渡来さんに君のことが好きだって気持ちを、伝えたかっただけなのに…!)


 殺したい。

 昨日の自分を八つ裂きにして、火炙りにしてぶちのめしたい。

 ラブレターだぞ?ラブレター。

 そもそも僕が書きたかったのは、ごく普通のラブレターなんだよ。

 それがどうしてこんな怪文書になったんだ?

 あれか?初めてのラブレターと深夜のテンションで、頭がおかしくなってたのか?


 カイザーが自分の苗字と引っ掛けたんだということは分かるけど、そこにラブを加えるとかどういうセンスだよ。

 お前、最初はローマ字でカッコつけようとしてたじゃないか。

 そこでカイザってカイザーって読めるよな…と思ったことは覚えてるけど、それ以上思い出そうとすると頭が痛む。

 これが黒歴史か?何故斜め方向にかっとんだし。

 答えのない自問自答。自分で自分が理解できない。


「ラブレター…なの、これ…?怪文書の間違いじゃ…」


 うん、わかるわかる。これ怪文書だよね。

 ラブレターとして大失格だもん。

 これで気持ちが伝わったら、お釈迦様はたまげるどころか心臓ショックでぶっ倒れるわ。

 ただひとつだけ言えることがあるとしたら、僕の初恋は木っ端微塵爆裂四散。

 核ミサイルで綺麗まっさらに吹っ飛んだんじゃなかろうか。


(さらば、僕の初恋ファースト・ラブ…)


 少しだけラブカイザーの片鱗が顔を覗かせてしまったが、真っ白に燃え尽きた今の僕にはどうでもいいことだった。


 そうしている間に、クラスメイト達の間でラブカイザーに関する議論が、活発に交わされていく。


「えっと、ANJELって、多分ANGELのミスよね」「ルシファーは小悪魔じゃなく堕天使だぞ…てか男だ」「多分自分が堕としてやるとかそんな意味含めたんじゃない?」「あー、ラブカイザーならやりそう」


 おいおいやめろマジやめろ。ラブカイザーを真面目に分析するんじゃない。

 国語の時間と違うんだ。文豪と一緒にしちゃいけないと思うよ。


 そんな含みとかないから。

 全然考えてないから。

 ただの深夜テンションで書いた、勢いだけの代物だから。


「恋泥棒もおかしいよ…そこミスる?変になってるよ、二つの意味で」「destinyがDEATHになってんぞ。これ死ぬってことか?」「運命好きすぎだろラブカイザー」「ドゥピ☆チュッ♪が一番意味わからん。クスリでもキメて書いてただろ」


 そもそも僕らは中学生じゃないか。

 多感な時期だぜ?傷つきやすいお年頃なのは、皆もわかってるよね?

 だからもうやめよ?こんなことでディスカッションしたところで、世界なんてなにも変わらないよ?


 これ以上論評されたら、僕のガラスの心ロンリー・ハートは壊れるんだが???

 そりゃ僕だって他人事なら喜んでするけども!もう少し手心加えてくれても、罰は当たらないんじゃないかなぁ!?


「ある意味天才だな…」「少なくとも俺にはこんな手紙は送れん」「くっ、理解できない…私偏差値70あるのに、全国模試一桁なのに…!」「ラブカイザーには羞恥心がないのか?中二病にも限度があるだろ」「すげぇ…すげぇよ…」


 失礼なこと言うなや!羞恥心くらいあるわい!

 今から窓から飛び降りて自殺してもいいんだぞ!!??

 ラブカイザー以上のトラウマを植え付けてやろうか!!??


 そもそも、これを書いたときの僕は正気じゃなかった。狂ってたんだよ。

 そう、犯されていたんだ。恋という名のイリュージョンに…


 …あ、やべ。またカイザーモードに入りそうになってる。それはいかん。

 僕はまともな人間なんだ。中二病では断じてない!


「っくwwwラ、wラwwブwwカwwイwwザーwwwwwwくはっwwww」


 てか後藤くんさぁ、さっきからうるさいんだが?

 後ろで机バンバンさせながら笑い続けるのやめてくれ。

 色んな意味でダメージがすごいよ。鼓膜的にもメンタル的もめちゃ響く。


「やめるんだ皆!」


 そんな混迷を極めるクラスに、一筋の叫びが轟いた。


「こんな話をしても意味ないだろう!?渡来さんを困らせるだけじゃないか!?」


 ガタンと勢いよく椅子を跳ねさせ、立ち上がるのはひとりの男子。

 クラス一のイケメン、池だった。


(助かったー!)


 僕は密かに安堵する。

 普段は気に食わないやつだが、今の僕には救世主に等しい存在だ。

 この流れをぶち壊してくれるなんて、すごくいいやつじゃないか。

 イケメンだし渡来さんと距離が近いしで腹立ってたけど、これからは仲良くしよ…



「だいたい、ラブカイザーとかふざけたネーミングセンスのやつが渡来さんに告白したのが悪いんだ!」



 あ?



 なんだテメェ。殺すぞ。


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