第34話 本当に守りたい人
「コテツ……おぬし本気か!?」
「本気ですよ! オレはワンコの飼い主になりますっ!」
そう言ったオレに対して、みんなが反対してきます。ホムンクルスはただの兵器で生き物ではないのだと。
オレにはさっぱりわかりませんね。実際ワンコは生きているのに生き物ではないとか、みんな頭が変ですよ。
「コテツさんはホムンクルスについて、どこまでご存知ですの?」
モニカさんが不安そうな顔をしてオレに
「何もご存知じゃありません!」
「そうですか……ホムンクルスとは複数の生き物を解体して必要な材料を取り出し、それを錬金術という一種の魔法で化け物に造り替えられた者のこと言うのですわ」
「そうじゃ、人造人間ともいう。ワンコはの、
むう、難しい話ですね、つまりおネエさまが獣人さんを殺して、その死体から造ったのがワンコということでしょうか?
なら、ワンコ自身はなにも悪くはないように思えますね。
「アジェルさん」
「なんじゃな?」
「忌まわしいのはおネエさまのしたことじゃないですか? 生まれたワンコにその責任を負わせるのは、オレは間違っていると思います」
「──それは」
「それにオレはワンコがおネエさまに殴られていた時、確かにワンコから悲しみの匂いを
「ホムンクルスが悲しい顔をした時の事か? それなら錬金術師はただの反応だと……」
「いいえ! オレたちイヌは、生き物の心の変化を匂いで感じとれます。ワンコに心がなければ、ゴブちゃんやリザくんのように何も匂わないはずですよ? てか、アジェルさんはイヌのくせに匂いに気がつかなかったんですか?」
「むう……
するとリリアンさんとモニカさんが、オレの側にきて優しく言いました。
「どうでしょうかコテツ殿、ワンコを目覚めさせてみて、コテツ殿がご自分で生き物かそうでないか、見極めてみては?」
「そうですわね、ホムンクルスが生き物か、それともただの兵器か。コテツさん自身で判断するのが一番ですわ」
なるほど、それはいい考えですね!
オレは二人に頷いてワンコが気絶しているところへ行きました。
「ほんとコテツ殿の頑固さは折り紙つきだからな! コソコソ」
「コテツさんは自分で納得するまでは、
小声で話していても全部聞こえているんですが……
まあいいです、柴イヌが頑固なのは生まれつきで本当ですからね。
「ワンコ、起きてください、ワンコ!」
「う、う~ん……僕はどうしたんだ? あれ、縛られてるぞ?」
おや? ワンコでなくオスカーさんがお目覚めのようですね。あっ!──
「だから前は寝てろっ!」
「ギャッ!……ガクッ」
リリアンさんが、すかさず剣で殴りつけて気絶させました……
気絶したオスカーさんを、モニカさんがさらに踏みつけています。
なんかさっきも同じようなことが……いや、どうでもいいですね。
オレはワンコの身体をゆすって目を覚まさせました。
「ワンコ、オレを見てください」
しかしワンコは
「どうじゃ、コテツ。何か感じるものはあったか?」
しかしアジェルさんが近づいてきた途端でした。
ワンコが急に狂暴になってアジェルさんへと襲いかかり──もちろんオレはワンコにイヌパンチを
「なるほどの……このホムンクルスにはまだ、錬金術師の命令が継続されているようじゃな。妾を捕らえようとしておるのだろうよ」
「グルルっ……」
それはまさに忠犬ですねっ!
しかし飼い主に捨てられたということを分からせなければ、ワンコの第二の人生が始まりませんっ!
イヌは上下関係に厳格な動物ですからね。ここはおネエさまとオレとを、ワンコの中で塗り替えねばならないでしょう。
「ワンコ! よく聞きなさいっ、オレが今日からワンコのボスですっ! おネエさまの命令はオレが握り潰しますッ!」
「ほう、犬の本能に訴えてみるわけか。だが果たしてホムンクルスに効果があるかのお」
ワンコはオレにイヌパンチを喰らいながらも、繰り返しアジェルさんに襲いかかりました。
何度も何度もです。だけどワンコはやっぱりワンコだったようですね──
「コテツよ、もう
「いいえ。まだ気がつかないんですか、アジェルさん。さっきからずっと、ワンコが出しているこの匂いに」
「匂い?」
「ワンコはやっぱりワンコです。アジェルさんに襲いかかるたびに、イヤだイヤだと泣いている匂いをさせているじゃないですか! ちゃんと匂いを、ワンコの心の匂いを嗅いであげてくださいッ!」
「そ、そんなまさか……しかし妾にその匂いを嗅ぐ能力は最早ないのじゃ……」
「ならオレがアジェルさんがイヌであることを、思いださせてあげますッ!」
──カチッ
オレはイヌの
殺意の匂いを全開にふり
「こ、コテツ……な、な、何を……」
これでアジェルさんのイヌの本能が呼び起こされないなら、アジェルさんはイヌではありませんッ!
「や、やめぬかっ……その姿はいかんッ!」
オレは渾身の|吠(ほ》え声をアジェルさんに浴びせましたッ!
「ああっ! 駄目じゃっ、キュンキュンが止まらぬっ! わ、妾は……妾は発情しそうじゃあーッ!」
はぁ?…………えっと?……
エエーーッ!?
「り、理性の奥の……い、犬の本能が抑えられぬっ! ならん、これはならんぞっ……ああっ! 美しき戦士の、強き
あ、いや……確かにイヌの本能が呼び起こされたようですが……そっちじゃないと言うか、あの…………
その時です。オレに向けられた強烈な敵意の匂いがしてきました──これは、ワンコの敵意ですっ!
「ガウッガウッガウッ!」
今までアジェルさんにしか襲いかかってこなかったワンコが、初めてオレに襲いかかってきたんです。
──あっ! そういうことなんですね、ワンコっ!
オレはあえて左手を突きだして、ワンコに噛まれてあげました。そして……
「エライですよワンコ。オレからアジェルさんを守ろうとしたんですね?」
「ウウッ! ウーッ!」
「コテツ殿っ!」
「大丈夫ですっ! リリアンさん、動かないでッ!」
オレは噛みついているワンコに、静かな口調で話しました。
「ワンコの飼い主は誰ですか? オレですか? おネエさまですか? それともアジェルさんですか?」
「ウウッ……ウーッ……お、おねえ──」
「違いますッ! それはワンコを捨てた悪い飼い主ですッ! いまワンコは誰のためにオレの手に噛みついているんですかっ!?」
「ウウウッ……ひ、ひ、ひめさ……ま」
「そうですッ! ワンコが本当に守りたいのは誰ですかッ!?」
「あ、あ、アジェ……ルひめ……さまっ!」
ワンコはいまアジェルさんの名前を呼びながら、間違いなく服従の匂いをさせています。
いまこそアジェルさんの出番ですよっ!
「さあ、アジェルさん! ワンコの頭を撫でて褒めてやってくださいッ!」
アジェルさんは驚いた顔で
「お、おぬしは、妾を守ってくれたのか? そうか、忠義者じゃのお、嬉しく思うぞ……」
ワンコは噛みついていた口をオレの手から外し、気持ち良さそうに頭をアジェルさんにすりつけています。
「なのに……妾はおぬしを信じてやれんかった……六人の我が同胞たちの魂の
涙をポロポロとこぼしているアジェルさんを見上げたワンコは、ゴロリと寝転がり腹を出しました。
服従の気持ちを示しているのでしょう。
はあ、ホッとしましたよ。これで二人は飼い主と飼い犬ですねっ!
「よしよし、腹を撫でて欲しいのじゃな。今日からワンコは妾の家来じゃ」
ふと、リリアンさんとモニカさんを見ると、二人が大泣きしています。
ウンウン、わかりますよ。忠犬ワンコに感動しているのですね!
「う、う~ん……僕はどうしたんだ? あれ、縛られてるぞ?」
あっ、またオスカーさんがお目覚めのようですね。ということは──
「うわ~ん、うわ~んッ!」
「ギャッ!……ガクッ」
泣きながらリリアンさんが、剣で殴りつけて気絶させました……
気絶したオスカーさんを、モニカさんがさらに泣きながら踏みつけていますね。
やっぱりこうなりましたか……ん?
隣にいたアジェルさんが、ワンコに噛まれたオレの手を取って撫でています……何のつもりでしょうかっ!
「痛かったじゃろコテツ……ほんに疑ったりしてすまなかったの。全部おぬしが正しかったというに……」
あっ! また光でオレの噛み傷を治してくれるつもりですねっ!
「いや、そんなことはどうでもいいんで!」
「よくはないっ! 妾は浅はかにも、同胞の魂を無残に始末しようとしておったのじゃ。だが、そうせずに済んだのはコテツのおかげじゃ、深謝いたすぞ」
むう……アジェルさんは分かってないのでしょうか? やめて欲しいです。
「これ、なぜ妾から離れようとする? 治療が出来ぬではないか。それに妾はまだ言い足りぬっ! おぬしは戦士としても美しいが、その
「ちょっと待ってくださいっ! もしかしてアジェルさんは、いまの自分に自覚がないんですかっ!?」
「なんじゃ、自覚とは?」
たっく、これだから……
「いいですか! アジェルさんはいま発情が始まったんですよ? その怪しい匂いで周りにいるオスイヌも発情してしまうんですっ! もう自分は仔イヌじゃないという自覚を持ってくださいッ!」
「むうっ! た、確かにそうじゃった……と言う事は、こ、コテツも……?」
「もちろんムラムラしていますっ! しかし初めて発情したメスイヌは、まだ仔イヌみたいなものですからね。少なくとも二回は発情してちゃんと成犬にならないと、交尾はしませんッ!」
「わ、わ、妾とて交尾などせぬぞっ!」
「コテツさんっ! 私なら交尾しても構いませんわっ、むしろ交尾してくださいッ!」
「モニカの馬鹿ーっ! わ、私はもうずっと前からコテツ殿に放置プレイされたままなんだっ! 乙女のまま先を越される訳には絶対いかないんだからーッ! わーん」
「こ、コテツ! や、やはりこの二人とは乱れた関係なのかっ!?」
はぁ……オレは三人を放っておいてワンコのところへ行き、頭をなでてあげました。
よく頑張りましたねと──
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