第25話 タリガの町
「それではシルバーさん、お元気で!」
「コテツくんも元気でブルル! またいつか会おうヒヒーン」
今日で馬車の旅も終わりです。なのでオレはお馬さんのシルバーさんと、飼い主のロウンさんにお別れを告げています。
「旦那、頑張り過ぎないように二人の恋人を満足させてやりなよ!」
「はいっ! よくわかりませんが、オレは頑張りますよっ!」
するとロウンさんは笑いながら手を振って、シルバーさんと一緒に行ってしまいました。
「ちょ、ちょっと聞いたリリアン?」
「ああ、しかと聞いたぞモニカっ!」
「二人の恋人って……コテツさんは私のことを恋人だと思ってくれていたんだわっ! キャーッ!」
「ま、まてモニカっ、二人のってことは私も恋人だってことだッ!」
「そうかもね、だからこのまま馬車に乗ってホークンの街まで帰っていいわよ」
「ふ、ふざけるなっ!」
ああ、せっかく別れを
どうしてこの二人はいつも騒々しいのでしょうかね。
てか、モニカさんがすごい鼻息を荒くしてこっちにやって来ました。
なんか怖いんでですけど。
「コテツさんっ、恋人のモニカがやって来ましてよっ! さあ、この街一番の宿屋へ行きましょう! そして
「ちょっと待ていッ!」
「なによリリアン、邪魔しないでよっ! 背中に壺三つ背負って腰に何本も剣をぶら下げているような、
「そ、それは旅の途中なのだから仕方ないだろっ!」
「あら? 私はこの旅の間、毎日新しい勝負下着に着替えていたけど? どうせあんたは下着なんか替えてないんでしょ?」
「ぐっ……確かに替えてはいない。てか、勝負下着とは何だ!? 勝負する時の下着か? なら、ふんどしか? ふ、ふんどしならあるぞっ! よしっ、いまここで着替えてやるッ!」
「ば、馬鹿ッ! あんた街中でなに脱ぎはじめているのよっ! てか、何でふんどしを持っているのよッ!?」
正直オレは、いまのこの二人には関わりたくない心境ですが……
もうお腹がペコペコで我慢ができません。
「すみませんがモニカさんとリリアンさん。そろそろご飯を食べませんか?」
すると二人はじゃれあいを止めてくれました。そしてみんなでご飯をたべ、旅に必要なものとかを買いに行ったんです。
「よし! これで食料も十分だ。この先は荒野をただひたすらに歩いて行けば、四日後にはタリガの町に着くんだったよなモニカ」
「もう憂鬱よ、四日のあいだ全部野宿とかありえないわ! なんかもうこっちは寒いしっ、タリガはもっと寒いしッ!」
確かに少し寒いですね。オレの身体からモフモフの毛がなくなってしまったのが悲しすぎます……
「あ、そうだ! 私コテツさんにマントを用意してきたんでしたわ! ちょっと着てみてくださいな」
はて? マントとはなんでしょう。
「これは……毛布ですか?」
「マントですっ! こうやって着るんですよ」
モニカさんが自分のマントという毛布のようなものを取り出して、着てみせてくれました。
するとその背中にっ!
「モニカさんっ! その背中の絵は……まさか柴イヌじゃありませんかッ!?」
「ウフフ、そうですの、前にコテツさんに教わって描いたのを元に、
そういえばモニカさんに、柴イヌの見た目を教えたことがありました。ここには柴イヌという種族はいないそうで、見たことがないからと……
その事実を知ったとき、オレは悲しくてずっと
それにしても──
この絵は素晴らしいですっ! 柴イヌの可愛さがその笑顔にあふれていますッ!
「ば、馬鹿モニカっ! お前はコテツ殿が過去に犬と呼ばれて虐待されてきたのを知っていて、なぜこんな刺繍を入れたっ? 悪趣味だぞッ!」
「なによリリアン、だからこそじゃない!
「うっ! た、確かにそうかもしれない……」
「でしょ? あなたが称賛している
「ガーン! モニカが正しい事を言うなんて……しかし簡単なことではないだろう?」
「もちろんよ、そのために私たちがいるんじゃない。コテツさんの心が少しでも癒されるようにって!」
「その通りだともモニカっ! 私は感動したぞッ! くっ、涙が……」
また二人でオレがイヌということについて、無意味に神妙な顔をして難しい話をしています。いつも何なんでしょうか……
相手にするだけ無駄な気がするので放っておきましょう。
だけど、この絵は何度見ても素敵ですっ! オレのマントにも描いてあって気に入りました。
着心地も毛布にくるまっているみたいで気持ちいいですねッ!
「モニカさん、ありがとう! オレ嬉しいですッ!」
「コテツさん……私はずっとコテツさんの味方ですからね! 恋人としても……ウフッ」
「こ、コテツ殿っ! わ、私もその、こ、恋人として……ずっと味方ですッ! やんッ、言っちゃったっ!」
モニカさんもリリアンさんも、ほんとに優しくて大好きなおともだちです。
ところで恋人とはなんのことでしょうか? 誰かとそんな話をしたことがあったような……
まあ、思い出せそうもないので忘れましょう。
こうしてオレたちは荒野へと踏み出し、タリガの町を目指して歩きだしたのでした。
遮るもののない冷たい風がオレたちに容赦なく吹き付けます。
特にリリアンさんは、背負った三つの壺が重くて大変そうです。
歩いている間ずっとみんな無口で、乾いた空気が肌に張りつきます。
でもオレはこのマントのおかげもあって、気分は最高ですっ!
「ああもう! 今日で三日目の野宿とかありえない、最悪っ! ベッドで寝たいっ! お風呂入りたいっ! トイレで排泄したいッ!」
「モニカ! お前は元冒険者のくせに文句が多いぞっ! こんな旅、冒険者なら日常茶飯事じゃないか。明日はタリガの町に着くんだ、もう少し我慢しろ!」
「リリアン、あんた甘いわね。タリガはここと同じ荒野にポツンとある小さな町なのよ? 野宿とは別の絶望が始まるだけよっ!」
「いやしかし、何でそんな
うるさくて眠れませんね。もうおしゃべりは止めて寝て欲しいです。
「それはね、人間は居なくても獣人がいるからなのよ」
「えっ? なんで獣人が?」
「あんたね、地図くらい見なさいよ。タリガの北すぐのところに国境があるでしょ? その先の土地が獣人たちの領有地なの。そこからギルドに依頼が持ち込まれるってわけ」
「へえ、獣人からの依頼ねえ。面白そうだなっ!」
「イヤよっ、面倒そうで考えたくもないわ! はぁヤダヤダ、もう寝ましょ」
そうです、寝てくださいっ!
オレはブタさんのぬいぐるみのメスブタを抱いて、寝返りをうちました。
あっ、そういえば二人はなぜブタさんのぬいぐるみを抱いて寝ていないのでしょうか?
この旅の間、一度もブタさんを持っているところを見ていませんが……
「えっ! 豚のぬいぐるみですか?」
「そうです、なぜモニカさんもリリアンさんも、ソーセージくんとジェインさんを抱いて寝ないのですか? まさか……持ってきていないとかじゃ!?」
「そ、そんなことありません! 豚のぬいぐるみのジェインはちゃんと持ってきていますっ!──ガ」
「わ、私のソーセージくんも大事にしまっていますわっ!──ケド」
「ほんとですか? なら見せてください」
「うぐっ……こ、これです……」
なんでしょう? ゴミですか?
いや、違いますっ! よ、よく見たらしぼんでシワシワになったブタさんでしたっ!
ぬいぐるみの中の綿が
しかもあちこち継ぎはぎだらけで……
あっ! ブタさんの顔が、後ろ前に縫いつけられているッ!
「す、すみませんコテツ殿……この豚を見るたびに、ジェインのことを思い出してしまって……つい斬りたくなってしまい……」
「ひどいですリリアンさんっ! オレのメスブタのおともだちのジェインさんをこんなにして……可哀想ですっ!」
「ご、ごめんなさいッ! 猛烈に反省していますッ!」
こんな残酷な仕打ちをオレは見たことがありません……ああ、ブタさん……
はっ! も、もしかしてソーセージくんまでもっ!?
「ま、まさかモニカさん。ソーセージくんはこんな無残な姿には、なってはいないです……よね?」
「も、もちろん無事ですわっ! ただ……」
「ただ?……」
「ちょっとだけ改造手術を……」
げえッ! ぶ、ブタさんが細長くなっていますっ! 丸々としてふくよかだったブタさんが、ほんとにソーセージのように長くなってしまいましたッ!
「ちょ、ちょっと中にいい感じの太くて長い棒を無理矢理入れてみたら……こんな姿に……い、いえっ! 本当に大事に使っているんですわよっ、もう使い過ぎてカピカピになるくらいに……テヘッ」
ほ、ほんとうだ……ブタさんの顔がカピカピに硬くなっていますね……うッ! しかもなんか怪しい匂いがしますっ……
オレが二人を怒ったのは言うまでもありません。
もう、おともだちもやめようかと思ったぐらいですっ!
寝て起きたあともオレの機嫌は悪いままでした。
そんなオレにリリアンさんが恐る恐ると。
「お、おはようございます……」
──プイッ。
「こ、コテツ殿のお怒りが収まっておられないっ! ど、どうしようモニカ!」
「わ、わからないわリリアン! と、とにかくタリガの町に着いたら、豚のぬいぐるみを元の形に戻すのよっ!」
「そ、そうだな! そうしようっ!」
当然ですね、あのままではブタさんが可哀想すぎます!
まあでも、二人ともションボリして反省しているようですし、許してあげましょうかね。
もうすぐこの旅も終わりです。新しいおともだちも出来たし、思う存分に走れたしでオレには楽しい旅でした。
そうそう、それにリリアンさんとモニカさんが、タリガの町には獣人という人がいると話していましたっけ。
どんな人たちなのでしょう?
会うのが楽しみですね!
「コテツさん、見えてきましたわ! あれがタリガの町です」
モニカさんが指差した先には、小さな家が集まるようにして出来た町がありました。
もしかしたらご主人様のことを知っている人がいるかもしれませんね!
オレはワクワクしながら町へと向かって駆け出したのでした。
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