第22話 三人一緒に
「ええっ? コテツ殿はBランカーになっていたのですかっ!?」
「はい、リリアンさんが迷宮というところへ仕事で行っている間になりました」
「もうっ、教えて下さいよ~っ!」
「忘れてましたっ!」
「
「モニカさんもそう話してくれました。でも特別依頼は少ないそうなのでオレはAランクを目指しますよっ! リリアンさんが危険なときにはいつでも守れるようにしておきたいですから」
「私を、守ってくれる?……」
「はい、守ります」
「あ、あの……コテツ殿……わ、私ってコテツ殿にとって、そんなに大事な存在なのでしょうか?……キャッ、聞いちゃったッ!」
「ええ、もちろん」
なにをリリアンさんは顔を赤くして聞いているのでしょうかね? おともだちどうしなんだから大事に決まっています。
「イヤ~ン嬉しいッ! わ、わ、私の乙女はコテツ殿のものですからねっ! キャッ」
「ケッ! なにが乙女だ馬鹿女めっ! 昼間っからデレデレしやがって、あんたみたいのが女の社会進出を阻む敵だってえのよっ!」
モニカさんがまるでジェインさんのようなことを言っています。最近ずっとこんな感じで荒れているんです。おめでたいことがあってからずっとです。
なにか悩みでもあるのでしょうか? 困惑となげやりの匂いがプンプンしますが……
「クスクス、その社会進出を見事に果たしたモニカは立派だな! タリガの町でも頑張ってくれっ! クスクス」
「モニカさん、なにか悩みでもあるんでしょうか? オレ、モニカさんがつらそうに見えます。モニカさんがつらそうだとオレはイヤですっ」
「コテツさん!?……コテツさんはいつも優しいですわね。本当に
それはイヌなら普通にある特性ですので、別に驚くことではありませんが……
「そんなに優しくされると私……うっ、うう、コテツさんっ! うわ~んっ」
モニカさんが泣き出してしまいました。やっぱりなにかつらいことを抱えていたようです。可哀想に……
「泣くほど何がつらいんですか?」
「き、聞いてくれますか? コテツさん……」
「はいっ! 聞きましょうッ!」
「私、ひとりぼっちでタリガの町へなんか行きたくないんです。友達もいないあんなド田舎で暮らすなんて……もう絶対に孤独とストレスで心を病むに決まっています!」
「じゃあ行かなければいいのでは?」
「それが出来ないから悩んでいるんですわ! 実は私……ギルドに誓約書を握られているんですぅーッ! うわ~んっ」
ああ、モニカさんがまた泣きだしてしまいました……
ちょうどその時、汗と脂の懐かしい匂いをさせたギルドの偉いおじさんがやって来て。
「モニカ君、また油を売って! 引継ぎ用の書類もまだ──」
「呪ってやる、誓約書返せ、呪ってやる、誓約書返せ、呪ってやる、誓約書返せ……」
妙に光る目をさせながらなにかブツブツ言ってるモニカさん、怖いです……
「あっ、いや、モニカ君、て、転勤前で個人的にも忙しいかな?……う、うん、時間が出来たら書類お願いします……」
偉いおじさんは一層汗と脂の匂いを激しくさせて逃げてしまいました。
ところでさっきからモニカさんが
オレはそのことをモニカさんに
「それは……私は昔……まだ冒険者だった頃に、ある失敗の代償にとギルドで働く約束をさせられたのです……その誓約書で」
「モニカさんは冒険者だったのですね!」
「ええ……リリアンは知っていると思いますけど。チッ、そんな過去、もう忘れてしまいたいっ!」
よくわかりませんが、とにかくタリガの町へはどうしても行かなければならないようです。
「モニカ、なんかあんたらしくもないぞ? いつもなら、さっさと出世してもっと大きな街の支部長になるわ! とか言ってそうだが……」
リリアンさんからもモニカさんを心配する匂いがしてきました。やはりこれは見過ごせません。
「私だって、一旦はそう気持ちを切り替えたのよ。それでタリガのギルドに所属する冒険者たちの事を調べていたら……」
そこで言葉を切ったモニカさんは、オレのことを見つめたかと思うと急に抱きついてきて。
「元カレがいたんです~っ! それも誓約書を書かされるはめになった原因の奴なんですう~ッ!」
「ちょっ! 離れろモニカっ! って、え? あいつがいたって!?」
「そうなのよリリアン! 私が冒険者資格を剥奪され、要監視人物として二十年間のギルド就業義務を誓約させられた元凶よッ! あの顔だけイケメンの
「そのイケメンに夢中になった
「やめてっ! それを言わないでーっ!」
うーん、昔にモニカさんをイヤな目にあわせた人が、タリガの町にいるということでしょうか?
「その糞野郎という人は、この先もモニカさんにイジワルしそうなんですか?」
「そ、そうなんですっ! どうやら奴はタリガのギルドを仕切っているみたいで……小さなギルドですからそんな処に私が支部長で行ったら、元カレ面されて何をさせられるか……」
「粛清してやればいいんだっ!」
「リリアン、あんた馬鹿なの? あの陰険で狡猾な奴にそんなことしたら殺されるわ! もしかしたら奴隷で売られるかも……そんなのイヤーッ!」
「じゃあ
「絶対に無理っ! また私のことをいいように使って、毎日が生き地獄になるに決まってるわ……そんなのイヤーッ!」
これはかなり深刻な事態のようです。いうなればモニカさんの大ピンチですね!
よしっ! そういうことなら。
「大丈夫ですよモニカさん、危険があればオレがモニカさんを糞野郎から守りますッ!」
「えっ!? それって……」
「はいっ、オレもモニカさんと一緒にタリガの町へ行きますんでッ!」
大事なおともだちに、つらく悲し思いをさせたくはありませんからね。
「コテツさんッ! もう大好きッ!」
ぐえっ。
モニカさん苦しいので首に腕を回して締め上げるのは止めてください……
「お、オレも大好きですが、苦しくて吐きそうです……」
「ガーンっ! こ、コテツ殿がモニカを好き!?……ガーン、ガーン、ガーン」
く、苦しい……おえっ。
「コテツさんっ! もう吐いちゃって! 吐いて私をドロドロにしてえッ!」
「こ、こんな変態女に私のコテツ殿が盗られるなんてっ!……うっ、うわ~んっ、うわ~んっ」
ちょっ! 今度はなぜかリリアンさんが泣き出しましたっ! もうわけがわかりませんッ。おえっ。
「うわ~んっ、私を守ってくれるって言ったのにいっ、コテツ殿の嘘つきーっ! うわ~んっ」
「り、リリアンさん、も、もちろんリリアンさんも大事なおともだちですから守りますよっ? おえっ」
「で、でもモニカのことが好きなんでしょ? うっ、うわ~んっ」
「リリアンさんのことだって、おえっ、大好きですよ! おともだちはみんな大好きですっ、おえっ」
「ほ、本当に!? コテツ殿は私のこと好きなんですかッ?」
「ほ、本当です……おえっ」
「よ、良かったあッ! うわ~んっ」
そう言ってリリアンさんまで抱きついて、オレの首を締め上げました。
はい、そこで吐いたのは言うまでもありません。
まあ、オレが吐いたおかげで二人が冷静になってくれましたけどね。
なんで時々こんなにも狂暴になるのか……ほんと謎な二人です。
「じゃあリリアンさんも一緒に来てくれるのですね!」
「もちろんですともコテツ殿! 親友のモニカの一大事とあっては、私も一肌脱がねばなりますまいっ! ハッハハ」
「頼もしいです、リリアンさんっ!」
「じぃーーーっ……」
「な、なによモニカ」
「ふーん……さっきまで悩んでいた私を
「うっ!……」
「女の友情って虚しいわ」
「や、やめろっ! 遠い目をするなっ!」
これでまた三人一緒にいられて嬉しいです。ご主人様を探すにはあまり良い場所ではないそうですが、案外とこのままホークンの街に居るよりはいいかもしれません!
「それでタリガへはいつ出発するんだ? 引っ越しの準備とか、武器屋への支払のこととか、色々と私も片付けておかねばならんからな」
「ここからタリガへは駅馬車と徒歩で十三日ほどだから、だいたい十日後に出発かしら」
「ふむ、それだけあれば十分だな」
オレは何をすればいいのかとモニカさんに聞いたところ、タリガへ持って行く荷物だけまとめておくように言われました。
荷物なんてぬいぐるみのメスブタしかありません。
なので暇なオレは、あくまで暇つぶしとしてニャンキチにさよならを伝えに行きました。
裏路地の汚いごみ箱の上に、あいかわらず怠惰に寝そべっていますね。
「なんニャ? お前この街からいなくなるニャか?」
「そうです、なのでさよならです」
「いいニャあ、とうとう野良イヌになれたニャか、羨ましいニャッ! 飼い主のババアが俺を縛りつけてるニャ、開放するニャっ、死ねニャッ!」
「いえ、野良になるのではありません、引っ越しです。てか、野良になんかなりたくありませんしっ!」
「ふん、引っ越しニャか。羨ましがって損したニャ。イヌは所詮死ぬまで人間の奴隷ニャ!」
せっかくさよならを言ってやったのに、ほんとネコは腹が立ちます!
「俺も行きたいニャ……」
するとニャンキチは少し寂しそうな声でそう言いました。
そうですよね、あんなに野良ネコになりたがっていたのです。その気持ちを考えてあげたなら……
「ニャンキチ……なら、オレと一緒に行きますか?」
「はあ? なんで悪いイヌのお前と一緒に行かなくちゃならないニャ? 絶対イヤだニャっ! てか、ババアの魔法で逃げられないと前にも話したニャ、やっぱりイヌは馬鹿ニャッ!」
マジでイヌパンチを食らわしてやりましょうかね。一瞬でもしんみりとしたオレが馬鹿でした。
こっちこそネコなんかと行くのはごめんですっ!
「じゃあなニャンキチ、せいぜい野良ネコになれるように頑張れ」
「あ、待つニャ、お前の名前は何ていうニャか? まだ聞いてないニャ」
「ニャンキチ?……オレはコテツ。柴イヌのコテツです!」
「そうニャか、そういう名前ニャか……」
「はい……」
「たぶん秒で忘れるニャ、あばよニャ、コテツ」
ニャンキチはそのまま振り向きもせずに行ってしまいました。
まあ、たぶんどころか絶対に秒でオレの名前を忘れます。ネコとはそういう奴らです!
それでも……最後に名前を呼んでもらえて良かった気がします。
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