柴犬異世界転生記〜てか、人間になってるので犬に戻して下さい!〜

灰色テッポ

第一章 柴イヌ、冒険者になる

第1話 ここはどこですか?

 ここはどこですか?


 ご主人様と一緒にお散歩に出掛けていたはずですけれど、何故かオレ一匹で知らない場所にいて……知らないおじさんがオレを困った顔で見つめています。


「困ったなあ」


 あ、やっぱりこのおじさんは困っているんですね。

 まあ、そんな事よりご主人様はどこにいるのでしょうか?


「君さ、名前は何ていうの?」


 おじさんがオレに質問してきたので無視する訳にもいきません。正直はやくご主人様を捜しに行きたいのですが、名前くらい答えてあげましょう。


「ワンっ、ワンっ!」


「ふむ、柴犬の、コテツくんかあ……はぁ、でも犬だもんなあ」


 イヌだから何だというのでしょうか? ちょっと感じの悪い人ですね!


「君は確かに忠犬かもしれないけどね。いや、立派だよ? トラックにかれて死ぬところだった君の飼い主を、身を挺してかばって……代わりに死んでしまったのだからさ」


 トラックに轢かれて──


 あっ、思い出しました! ご主人様に向かって突っ込んで来たトラックに、オレは危険を感じて止まるようにと飛びかかったんです。


「話したところで犬のコテツくんには理解できないと思うけど、実は君の飼い主はあのトラックに轢かれて異世界へ転生する予定だったんだよね……ほら彼ってさ、色々不運もあって三十二歳になってもヒキニートで、しかもキモオタとか差別されちゃってて可哀想だったし。いや定番だからとか言うのもあるんだけどさ」


 またイヌを馬鹿にした感じの話し方ですねえ。いや、確かに何を言っているのかわかりませんが。

 てか、ご主人様を捜しに行こう。こんなおじさんと話している場合ではありません。


「あ、どこ行くの? 言っとくけどここには君の飼い主は居ないよ」


「くぅん!?」


 ご主人様が居ないですって!? このおじさんは何か知っているのでしょうか。知り合いとか? ならば話を聞ききたいところですが……

 

「ワンっ!」


「えっ、お前は誰かって? 私はそうだなあ、天使みたいな感じかな。まあそれよりさ、ちょっとコテツくんに相談があるんだけど……よかったら君、別の場所で新しい人生を始めてみる気とかないかい?」


 はぁ? そんなの絶対にイヤに決まってます。オレは大好きなご主人様とずっと一緒にいたいし!


「実はね、コテツくんが余計なこと……じゃなくて立派なことしたものだから、君の飼い主が死なずに生きてしまったろ? だもんで転生の為に用意してあった人間の身体が余ってしまったんだよね……」


 意味不明です。 


「その身体ってね、すっごいイケメンなんだよ! しかも身体能力が強化されたチート仕様なの、絶対に勝ち組転生間違いなし! けどその分費用もかかっててね……このままだとたましい入れられなくて腐ってしまうの。そしたら上司に怒られるというか、身分が降格されてヤバいんだよね」


 あえてもう一度いいましょう。意味不明ですと! とにかくオレはご主人様に会いたいのです。ご主人様が居る場所にならどこであろうと行きますが、そうでないならお断りですね。


「そこを何とか……」


 イヤです。そんなどうでもいい話しているより、オレはご主人様に会いたいのです。


「そっかあ、そんなに飼い主の所に戻りたいのかあ……」


「ワンっ!」


 オレは当たり前だとこのおじさんに言ってやりました。するとおじさんが急に表情を明るくしてオレの頭をナデたんです。なれなれしいですね。


「ならば良い事を思いついたぞ! コテツくんの飼い主を後から同じ世界に転生させてあげるよ。いつかは断言出来ないけれど、そしたらまた会えるだろ?」


「バウっ!?」


 それってご主人様に会えるって事ですか! なら行きますっ。どこに行けばオレはいいのでしょうかッ!?


「ワンっ! ワンっ! ワンっ!」


「えっ、本当にいいの!? やった! めっちゃ助かるよ、いやあ良かったあ!」


 どこにご主人様はいるんですか? 早く会わせてください!


「あ、いや、直ぐにって訳じゃなくてね、コテツくんが先に行って君の飼い主が来るのを待つ感じなんだけど……でも! うん、会えるよ!」


「ワンっ! ワンっ! ワンっ!」


 ちょっとくらいなら待つのは平気です! ご主人様が買い物している間に店の外で待っている事には慣れているんで。


「か、買い物かあ。もうちょっと長く待つかも……まあいいや、じゃあ説明責任だけ果たしとこうかな。犬にはわからないと思うけど、これから行く世界は君のいた世界で言うところの中世ファンタジーの様な場所なんだよ」


 イヌにはわからない……いやもういいですけどね、本当にわからないし。


「実のところ犬の魂が人間の身体に入るケースは初めてでね、どうなるか予測のつかないところもあるんだけど。まあ多分大丈夫! 能力強化も犬の能力になると思う。あ、あとね、魔物とか危険な動物もいるから気をつけねって……アクビしているけどちゃんと聞いてた?」


「ワンっ!」


 いや聞いていてもわかる訳ないじゃないですか。イヌですし!


「はぁ、いざとなると心配になってきた……でもまあいいや。とにかく気をつけてね、安全第一で! それから大事な事を言い忘れてた、君の飼い主の外見は同じのを用意しておくからね。それなら出会えれば絶対にわかるだろ?」


 結局何だかよくわかりませんでしたが、これでようやくご主人様にまた会えるようです。

 ところでここからどうやってご主人様の居る場所へ行けばいいのでしょう?


「よし、じゃあ早速だけど転生を始めるよ! 本当にありがとうねっ」


 そんなことを考えていると、突然に辺りがまぶしく光りだして……オレは思わず目をつむりました。


「コテツくん、今から行く世界のどこかに君の飼い主もきっと現れるから、そしたら……あっ! でも、ちょっとヤバいかも!?」


 光の中からおじさんの慌てた声が聞こえてきます。


「コテツくんは人間の身体になってしまうから、飼い主に会えても向こうが君に気が付けないか! あ、でもその事は僕から飼い主に話しておけばいいよね……ふぅ、あせった」


 ん? えっ? オレが人間の身体になってしまうってどういう事ですかね。柴イヌのままでないとイヤなんですけど!


「ワンっ! ワンっ!」


「ちょッ! コテツくん、今更それ言うの? だから何度も言ったでしょ! えっとね、つまり君は犬の魂を持った人間になっちゃうのッ」


 そ、それは病気なんですかっ!?


「病気ぃっ!? いやそうじゃなくて、てか時間がないっ! もう転生するッ! ああもういいや、そう病気なのっ、だから負けずに頑張るん──────」


 目を閉じていても分かるほど光が一段と強くなりました。そして何だかフワフワします。おじさんの匂いどころか匂いそのものがまったく消えました、音も聞こえません……これは病気のせいなのでしょうか? なんだか眠くなってきて。


 ご主人様、コテツは病気になるそうですが、病院へは連れて行かないでください……あそこは……キライ……で……す…………



◇*◇*◇*◇*◇*◇

  


 ふと気がつくと、何かの匂いが風に乗ってオレの鼻をくすぐっています。遠くに鳥が鳴く声も聞こえて、お日さまの光が気持ちいいですね。

 オレはあのまま寝てしまっていたようで、おじさんはその間に居なくなってしまったみたいです。てか──


 ここにはどこですか?


 何かさっきもそんな事を言ったような気がするけれど、場所は全然違います。見たところ広い地面に、岩とまばらに立っている木があるだけで誰もいません。


 もしかしてここがおじさんの言っていた場所なのでしょうかね。寝ている間におじさんが運んでくれたのかな?

 

 だけどご主人様の匂いもまったくしませんし……本当にこんな場所にご主人様は居るのでしょうか?

 とりあえず迎えに来てくれるのを待つとします。しつけのいい飼い犬としてはやはりお座りをして待つべきでしょう。


 その時オレは自分の身体にはじめて意識を向けてみたのでした。


「…………」


 オレの身体が人間の身体になってるうゥゥゥゥッ!!!


 こ、これがおじさんが言っていた病気なのですね……あわわ、恐ろしいっ!

 こ、こんな身体でどうやって生きていけばいいのでしょうか? 一体これは治るのでしょうか? い、いや、治らないと困るんですけどっ!


 オレは勇気を振り絞って自分の身体を見てみました。まずは手を……ギャッ! 長い指が沢山付いていて気持ち悪いですうッ!


 はぁはぁ……もうこれだけで心が折れました。この先、生きていける気がしません。

 だけどオレはご主人様に会うために、こんな病気になってまでこの場所に来たのです。くじけている場合ではないはず! 勇敢で我慢強い柴イヌの本領を発揮せねばなりますまいっ!


 イヌの命である四本の足を確認しておきましょう。まずは前足は……ダラ~ンとして見るに堪えない有り様です。

 後ろ足はと言えば……長いっ! 一体何の意味があってこんなに長いのでしょうか? 不気味でしかありませんね。


 正直言ってオレには人間のように、この身体で二本の足で歩く自信はないです。今まで通りに四本の足で歩く事にしましょう。

 そう思って歩いてみたのですが……これ無理でしょ! 顔が下向いてて危険だし、前足の裏が人間で言う手のひらというのでしょうか、そこが痛いし! 何よりこの態勢って無理すぎる……


 人間の身体ってほんと不便ですねっ! ご主人様はこんな身体でよく我慢していたものです。


 あ、ご主人様……


 ご主人おそいですね。いつになったら迎えに来てくれるのでしょうか。買い物でもこんなに待った事なかったな……


 それにしてもオレはこんな人間の身体になってしまったけれど、ご主人様はオレのこと好きでいてくれるかな?

 てか! 身体のどこにもモフモフの毛がないじゃありませんかっ!……ギャッ! じ、自慢のクルンとした尻尾もありませんッ!


──こんなの柴イヌじゃない!


 そう思われたらどうしよう。オレはなんだかすごく悲しくなってしまって、その場にうずくまって寝てしまいました。


 ご主人様、はやく迎えに来て……

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