第53話 竜化(ドラゴノイア)

 余はイリスに求婚した。

 彼女が言うには、余は変わり者らしい。


「余が変わっているだと? なぜそう思う?」


「だってそうでしょう? 普通なら、竜種であるわたしなんか選ばないはずですよ? 今は変化の魔法で魔族の女の子のような姿になっていますが……。わたしの本当の姿はディノス陛下もご存知ですよね?」


 彼女の本来の姿は、巨大なドラゴンである。


「それは当然知っている。イリス……。お前は、魔王というものをよくわかっていないようだ」


「どういうことです?」


「魔王とは、全てを掌握する絶対強者だ。余の前では、外見が魔族か竜種かどうかなど、些細なことよ。余はお前の本質に惚れているのだ」


「本質……ですか」


「ああ。イリス。お前は強い。お前ほどの強さを持つ者はなかなかいない。だが、それゆえに孤独だったはずだ。余は、そんなイリスを放っておけない。イリスを幸せにしてやりたいと思う」


「……」


 イリスは黙り込む。

 そしてしばらく経って、口を開いた。


「……わかりました。ディノス陛下のお気持ちはよく理解しました。……わたしも、あなたのことをとても信頼しています。ディノス陛下の傍にいると安心できますし、心が温かくなって幸せな気分になります」


「ふむ。それなら……」


「ただ、1つだけ。わたしの本当の姿を、愛してくれますか?」


 イリスが真剣な眼差しを向ける。


「……うむ。もちろんだ。イリスならば、どんな姿をしていても愛する自信があるぞ」


「では、改めてお見せします。わたしの真の姿を……」


 次の瞬間、彼女の体が光に包まれる。

 光が収まったあとに現れたのは……。


「これは……」


 赤い瞳をした黒い竜だ。

 フレアやシンカに見せた半竜形態ではない。

 正真正銘の本来の姿である。


 体長は数十メートル以上。

 そこらの魔族や人族が束になって掛かっても、到底敵わぬであろう。

 生物としての格が異なるのだ。


 レッドアイズ・ブラックドラゴン。

 それが彼女の種族名である。

 彼女は世界にただ一竜しかいない、同族最後の生き残りだ。


「これがわたしの真の姿です。……どうでしょうか? 怖くはないのですか?」


 恐々と尋ねるイリス。

 声帯が変化しているので声質も変わっているが、魔力に意思を乗せているので意思疎通は問題なくできる。


「何を言う。余が恐れるものは何もない。美しいではないか」


 余はそう言って笑いかける。


「ディノス陛下……!」


 イリスが感極まった様子でそう声を漏らす。


「……これが最後の確認です。わたしの真の姿に対しても、変わらず愛してくださると約束していただけますか?」


「無論。余はお前を愛し続ける。誓うとも」


「では、この状態のわたしを抱いてください……」


 イリスが腹を天に晒した。


「イリスよ。その姿のまま抱けというのか?」


「はい。ディノス陛下の愛をわたしに見せてください。わたしはこの世界で一人ぼっちではないのだと、示してください」


 竜種としての本来の姿のイリスを抱く……。

 少々想定外ではあるが、この程度の事態に対処できない余ではない。

 むしろ望むところだ。


「竜化(ドラゴノイア)」


 余は竜化する。

 イリスと同じ、赤い目の黒い竜である。

 余はそのまま、イリスに覆い被さったのであった。

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