第1輪④ 

 朝を知らせる警鐘が鳴る。金曜日。明日は休日だ。なにをしようか。多分寝ている。

 今日もまた眠気と闘いながら、制服に着替える。今日こそは弁当箱を忘れないようにしよう。朝食を食べず、誰もいない家に挨拶をして、炎天下の中で蝉の騒ぎを聞きながらゆっくり歩く。昨夜の月はどこへ行ったのだろう。夜明けとともに僕もどこかへ行きたかった。

 校門の前で生徒指導部らしき先生がまた僕の尻を言葉で叩く。夏休みが明けてから僕の尻は大分奴の世話になっている。お互いに顔も覚えただろう。これは一種のファンサービスだと思うことにした。ホームルームが始まるチャイムが鳴った。

 今日も前の扉から教室に入った。担任も小言を言うことに飽き、クラスメイトにも日常風景として馴染んでしまった僕の遅刻風景は退屈なことだと思って、週明けからは窓から入ろうかとも考えた。ホームルームが終わると殆どのクラスメイトが立ち上がって、女子たちは廊下に出て行った。

 金曜日の一限は嫌いだ。人間は好き嫌いがあって当たり前の生き物だ。子どもに好き嫌いをしてはいけないと言う大人も食わず嫌いをするくせに、教師というのは口に合わないものに難癖つけて僕の体内に詰め込もうとする。体に良いだの、皆食べてるだの、僕が食べるものは僕が選びたいのに。やはり、金曜一限はサボるべきだと思った。そう思いながら、女子のいなくなった教室で体育着に着替える。

 炎天下に体育教師と蝉が素晴らしいハーモニーを奏でる。これ以上、僕を苦しめるものからどうすれば解放してもらえるか、そればかり考えていた。

 夏休み明けの体育はサッカーをやるらしい。二クラス合同で準備体操を済ませて、体育館でバレーボールをやっている女子を横目にグラウンドを軽く走る。いつもこのばらけた列の先頭にいるのは体育会系の人たち。僕は一番後ろでやる気のない人たちの会話を聞きながら競歩している。ここでも教師に言葉で尻を叩かれるが、転んで怪我をしても責任を取ってくれないことは知っているので、無視を決め込む。むしろ、怪我をして倒れた方が好都合なのではないかと考えた頃には僕の足は止まっていた。トラックの短さが僕を救った。

 砂で薄汚れたサッカーボールには極力触りたくない。潔癖症ではないが、自分の身なりや身体が汚れることは気に食わない。現に今も背中が汗で湿っているのが気持ち悪い。日陰が恋しい。蝉が五月蝿い。お腹が空いた。昨日も思ったことがリフレインする。

 今日は三対三のミニゲームをするらしい。メンバーは実力が均等になるように分けられ、体育の成績が五段階評価で常に三の僕は、体育会系の陽キャグループに属している奴とどちらかというと運動が駄目そうな奴がメンバーとなった。陽キャが僕たちの顔を見て怪訝な顔をしてきたが、まぁだろうな。

 僕はクラス内で浮いている存在だと思う。それはいじめられているわけでも、嫌われているわけでもなく、誰ともつるまない。誰も僕に興味を持たないし、僕自身が他人に対して興味を持たない。流れていく風景の一部と化すこと。それが僕のクラス内でのポジションだ。これくらいの認識でいさせてくれることが一番心地いい。決して友達がいないというわけではない。

 出番が来るまでは木陰で休める。それまでクラスメイトの勇姿を眺めることにした。

 夏の太陽は嫌われ者だ。木陰は避暑する人の溜まり場になっている。同じメンバーの陽キャの彼は、太陽の下で陽キャ友達の試合の応援をしている。元気ハツラツなその姿を見ているだけで眩暈が起きそうになるが、後ろの木々から聞こえる蝉の声が耳鳴りを推奨して、さらに萎える。

 早く終われと束縛される時間を呪っていると、僕の目の前から何かが近づいて来る。それは宙に浮いていて、それをただじっと見つめている時間だけが時間の法則から切り取られたようにスローモーションに存在している。それが僕の顔に当たったらしく、一瞬痛いと思った。

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