第22話 喫茶店
1月も半ばに入り世の社会人たちはお正月ムードから一変、普段通りの日常が始まっていた。
俺はというと普段通り配信をしているもののいまだに正月ムードから抜け出せずだらだらしてしまう日々だ。会社員をしていたころは強制的に仕事が始まるためこんなことはなかったと思う。
そんなある日のこと、千鶴からの呼び出しがあった。なんでも〈にゃん太〉先生がコミケのお礼をしたいそうなのでいつもの喫茶店に来てほしいとのことだ。
だらける身体に鞭を打ち家を出ると世の中は当たり前に社会生活が始まっていることを実感する。会社員らしき人はスーツを着たり、学生は制服を着て参考書を眺めて電車を待っている。自分だけが何もしていないような感覚に陥りなんとなく落ち込んでいると後ろから肩を叩かれた。
「何ぼーっとしてんの兄貴」
千鶴だ。
「いや、なんか俺何してんのかなーって」
「わけわからんし」
「だよなぁ」
一時の焦燥感を振り払いながら時刻を確認する。
すると電車が来るまであと数分となっていた。
「で、なんで今日は俺まで呼ばれたの?」
「当たり前じゃん、”なな”が呼ばれたんだから私だけが行ってもしょうがないし」
「その辺も含めてお願いしたつもりだったんだけどな」
「さすがにそれは駄目でしょ。バレた時のことも考えるとね」
「あ~、そういえばあの喫茶店の店長〈にゃん太〉先生のお父さんだったよな」
コミケの時に〈にゃん太〉先生といつも打ち合わせする店が実家だと聞いて驚いたことを思い出す。
「そうだったね。そのことも話したほうがいいのかな」
「積極的に話題に出すことはないんじゃないか?」
「まぁ、気まずいか」
「お互い言いたくないことは色々あるよな」
「特に兄貴はね」
「確かに……」
〇〇〇
〈にゃん太〉先生との待ち合わせをしている喫茶店へと着いた。
入店するとちょうどカップを磨いていた店長と目が合った。
「いらっしゃい。今日は娘と待ち合わせかな?」
「はい、お邪魔します」
「そうか、奥の席で待っててくれるかな。今娘を呼んでくるから」
「はい、お気遣いありがとうございます」
そうして店長は他の店員に仕事を任せて店の奥へと消えて行った。
席に着いた俺たちは運ばれてきたお冷を飲みながら〈にゃん太〉先生が来るのを待つ。
「なんか、当たり前に話してたけどコミケでなんかあった?」
「あ~、店長には俺の正体バレちまったんだよな」
「マジ? なんで?」
「なんか話し方とかで分かったらしい」
「そんなことで分かるもんなの?」
「多分だけど”なな”の関係者ってことでコミケに行ったから分かったんじゃないかと思う。後はこの喫茶店で〈にゃん太〉先生と話してるのも見てただろうしな」
「なるほどね〜。じゃあ〈にゃん太〉先生ももう知ってるの?」
「一応他の人には言わないでくれとは言っといたけど……」
そんな話しをしていると店の奥から〈にゃん太〉先生が現れ俺たちのいるテーブルまでやってきた。
「あ、あの……」
おずおずといった様子でうつむきながら話しかけてきた。
「あ、お疲れ様です」
「お疲れ様です! 〈にゃん太〉先生も座ってください」
そう言うと千鶴は自分の横の椅子を引く。
「あ、ありがとうございます」
椅子にちょこんと座りポケットから二つの封筒を取り出した。
「あ、あの。コミケの手伝いありがとうございました」
そういうと封筒をそれぞれ俺たちの前に差し出した。
「父からはとても助かったと聞いてます。コレ少ないですけど受け取って下さい」
「そんな、受け取れませんよ。僕たちも好きでやらせてもらってたことなんで」
「そうですよ。普段は入れない舞台裏って感じで楽しかったんでこちらこそ誘ってくれてありがとうございましたッって感じです」
そんな俺たちを困惑したように見て
「え、えとあの」
「……それでも受け取ってくれませんか?」
少し泣きそうになりながらズイっと封筒を前に出す。
ここできっぱり断ってしまうと泣き出してしまいそうなので俺たちは顔を見合わせて受け取ることにする。
「それではありがたく頂戴します。ありがとうございます」
「ホントありがとうございます」
俺たちが受け取ると、ぱぁっと笑顔になりガバッと頭を下げた。
「こちらこそありがとうございました」
そういうと席から立ち上がり、もう用事は終わったと言わんばかりに帰ろうとする。
「あ、先生。クリスマスの配信見ましたか?」
さすがにこれで終わりは悲しいので新衣装の話しをしてみる。
するともう一度席に着きなおした〈にゃん太〉先生は少し興奮気味に
「見ました。めっちゃよかったです! 可愛かったです!」
千鶴の方へ身体ごと向けてほめてくれた。
千鶴も少し困惑しながら「ありがとうございます」と言っている。
この様子を見るに、店長は約束を守ってくれているようだ。
「実際にダンスとかしてるところを見るとめっちゃ可愛くて、あの衣装にしてよかったって思いました!」
イラストレーターならではの感想だ。
「〈にゃん太〉先生のイラストあってこそですよ」
えへへ、と二人して褒めあいながら感想を言い合い始めた。
完全に蚊帳の外になってしまった俺は店長が持ってきてくれた珈琲を飲み、遠い目をして二人を眺めるだけだ。
俺から話題振っておいてなんだがいつまで続くんだろうか……
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