星柄の水色

 魔法はなんでもできる。正しいけどもそれは間違いである。


 不可能を可能にする事は奇跡であり、奇跡を起こすのが魔法ならば魔法とは奇跡である。






 学園の校舎のエントランスからおはようございます。アサヒです。


 突然ですがわたしはある程度字が読めます。




 読めますので、こうして玄関入ってすぐの所にある額縁に飾られた、この偉い人の掲げた言葉を書き記した文字を音読することができます。


 一人前の魔法使いでも人間一人ができる事なんてたかが知れていますし、どれだけ才能を持っていようと出る杭は打たれるのが社会というもの。身の丈を知って慎ましく静かに暮らせという先人の教えなのだという意味合いの解説が、横に小さく書かれています。




 これは自身が人ならざる力を手にすることで思い上がる子供を窘めているのです。そうでなければこんな玄関の真正面に置いておくわけがない。




 こういう標語は好きではありません。どうしてもわたしに向けられた言葉のように感じてしまいます。


 思い上がってなどいない。図に乗ってもいない。よからぬ企みに手を貸したりした事もない。それなのに、お前はそういう存在なのだと決めつけられた気分になります。


 お前は我々が思う通りの人間であり絶対に調子に乗って失敗する。だから何も考えず言う通りにするのだ、と。


 貴方がたの思う通りの人間ではありませんし、仮にそうだとしても指導のやりようがあるでしょう。頭ごなしに押さえつけて思い通りに仕上げた子供が幸せなのでしょうか。




 気にしなければただの壁の落書きなんですが、毎日これを見ながら登校しないといけないと思うと憂鬱です。








 測定の一件以降、わたしは特に問題を起こしたりせずに入学式を迎えてここに居ます。


 わたし以外の誰かが何かやらかしたという話は小耳に挟みましたが、その事件には関与してないので割愛しましょう。




 通う事になった特別教室の同級生は五人。


 わたしを含め全員が個性的なメンバーです。




 皆それぞれ本当の名前はあるのですが、顔合わせの初日にわたしがつい呼んでしまったニックネームを皆が気に入り、そのまま定着してしまいました。今日に至るまで、このクラスで本名で呼ばれるのはわたしだけです。








「おはようアサヒ! 今日もよろしく!」


「ナミさん、おはようございます。」




 教室に入るなりわたしに向かって真っ先に走り寄ってきたのはナミさんです。


 明るい茶色の長い髪が波のようにうねっている元気のよい女の子なので、ナミさん。




 ナミさんは魔法使いではない普通の人間の家からの出身です。わたしも普通の人間の出身なんですが事情が違います。


 彼女は魔法使いの素質はあるのですが、出自とその性格で偉そうな奴らに突っかかる為に入学式前から数人の新入生と口喧嘩を繰り返し、喧嘩の相手からの申告もあって場の空気を乱す原因と判断され特別学級入りとなりました。早い話が厄介払いというやつです。




 この子、どこで仕入れるのか情報を仕入れるのがとっても早い。最初の日の夜、街で花火を打ち上げたのがわたしだという事を知っていました。謎の情報網の精密さから察するに、わたし自身がやった事だといずれバレるでしょう。それでも初めて会った人にその事を言うのは憚られるので、先生に渡された防犯グッズがあの打ち上げ花火だったという事にしておきました。






「俺は白にパンを賭けるぞ!」


「ならば僕はウサギ柄にドリンクだ!」




 わたしが来たことで突然謎の賭けを始めた二人組の男子がいます。パンを賭けたのは細くて背が高いポールで、ウサギ柄にドリンクをベットしたのは髪型がキノコっぽいマッシュ。


 二人とも同じ理由でこの教室に来たからでしょうか、いついかなる時も張り合って喧嘩しています。




 今日の賭け事はなんでしょうか。




「決まっている!」


「お前の下着の色だ! さあ答えろアサヒ!」




 男の子らしいとてもくだらない勝負でとても微笑ましいのですが目の前にいるナミさんはドン引きです。




「あんたたち……」




 青ざめた顔のまま身を乗り出そうとしたナミさんを片手で制しました。下着の色を本人に聞くセクハラは確かにダメな行為ですが、スカートめくりとかパンツ下ろしたりする悪戯を仕掛けてくるよりはマシなのです。どっちにしろダメですけど。


 わたしに考えがあります。おまかせください。




「今日は……星柄の水色です!」


「ちくしょーーーーー!!」




 こうも簡単に教えてしまうわたしもわたしですが、このアホ男子はわたしのパンツよりも自分達の勝ち負けのほうが大事なのです。現に、彼らの興味はわたしに徴収される事になったパンとドリンクに向いていました。


 両方が負けたら賭けた物を頂戴するのがこの教室のルールなのです。




「アサヒさま! どうか、どうかご慈悲を!!」


「女の子のパンツの色の予想でギャンブルなんてするのが悪いんです。ごちそうさまです。」




 ポールとマッシュはどちらも魔法がうまく使えません。ふたりとも、自身が持つ魔力が大きすぎて暴発してしまうのです。


 大きすぎる魔力を抑えながら正しく使う方法はありますが、それを教えていたのでは大勢いる生徒と歩調を合わせられないということで、合わせる必要が無いこの特別学級に編入されることになりました。








 騒ぎをずっと遠巻きに眺めているのが、クラスメイト最後の一人で赤面してるムッツリ丸眼鏡の少年。あだ名はハカセ……というのは安直なので却下。それに知識量ならば書庫の本を読み漁ったわたしに分があります。ハカセポジションは譲りません。




 名前を口にしたら呪われるという悪い魔法使いに襲われながらも、生後数か月にして撃退するという魔法使い史上最高の功績をあげた宿命の少年。それがこの眼鏡君。一番の苦労人なのでクロード君です。








 耳まで真っ赤にしてるクロードに気付いたポールとマッシュが声をかけに行きました。


 今宣言したわたしのパンツが気になったんでしょう。かわいいですね。




「こんな最低な奴らをやっつけるなんて! さすがアサヒだわ!」




 ナミさんは男子そっちのけでわたしをベタ褒めしてくれますが、やっつけてはいません。双方納得のいく形で事態を収めただけです。パンツなんてただの布ですし、わたしの好みが知られたところで減るものなど何もないのです。






 全員それぞれが学園の基準からすると問題児です。




 とんでもない大物に命を狙われているクロード。


 自身の力を思い通りに使えないポールとマッシュ。


 価値観の違いから魔法使いのご子息達に差別され、避難という名目で彼らから離される事になったナミ。


 そして呪文からでは魔法が一切使う事ができないけど魔法が使えるわたし。




 朝のひと騒ぎが収まったところで、この学級の担任の先生がいらっしゃいました。


 学園に教師は多く在籍していますが、先生は先生です。わたしを何度も助けてくれた先生です。


 先生から色々学びたいと願っていたのですが、叶いました。これはもう運命と言っても過言ではない!






 ナミさんがさっきまでの騒ぎを先生に報告しています。流石に下着の色が賭けの対象だとは言いませんでした。


 同級生に教えるのに何の感情も湧かないのですが、先生に教えるのだけはちょっと恥ずかしいです。






「ありがとうございます、助かります。」




 そのお言葉、ありがたく頂戴いたします。


 わたしが受けたご恩はクラスのトラブルを解消する程度で返しきれるものではありません。こんな個性的なメンバーと対面する以上絶対に苦労するであろう先生の心労を少しでも和らげるのはわたしの目的であり使命なのです。






「それでは、授業を始めます。」


「おねがいします!」




 そして、今日も授業が始まるのです。

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