寄り道・都市鉄道最悪の一日を都市中央駅から見届けた駅員の述懐
私は学園都市と外の世界を結ぶ学園都市鉄道の始発にして終点である、この都市中央駅に勤めております。
名前は名乗らずともよいでしょう。
私のような落ちこぼれ、名もない駅員の一人で十分でございます。
今年の入学生は問題児揃いの世代であるというのは前々から耳に入っていました。
誕生間もなく名を呼んではならない魔法使いに襲われながらも唯一人生き残った孤児だとか、家庭内で問題ばかり起こして追い出された娘だとか…
どれも本の中の創作物のような話でそんなもの現実には無いと笑う者も多くございました。
迷惑な乗客はいつもの事でございます。特別珍しくはございませんが、とりあえず私は明日の平穏を神に祈りました。
ですが、信心の薄い私なんぞが祈ったところで神が応えてくれるはずがなかったのです。
百年程前に起きたといわれる、酔った魔法使いが線路内に立ち入って停車前の列車と接触し、色々と勘違いを起こして災害級の魔法を連発、今の駅前広場に存在した旧駅舎が当時の車両含め丸ごと焼失することになった事件以来、お客様同士の小さなトラブル程度だった学園都市鉄道の歴史上最悪の日となりました。
宿舎と駅と到着する列車内を往復するだけの我々が実際直面した物と、聞き及んだものだけを簡潔に申し上げます。
第一の事件。
出発駅構内にて発生。入学生が同駅内で発生したスリ事件の犯人を確保しようと魔法を使用。その際に5番ホームとの連絡通路と階段が崩落。人間社会側での被害のため、復旧までは時間がかかる模様。賠償費用はこれから請求されるとのこと。
第二の事件。
第四駅通過後の車内にて発生。入学生同士の口喧嘩に突然割り込んだ女子が魔法にて男子一名の腕を編んでしまう。被害者男児が興奮して腕を振り回した際に座席にぶつかり、彼女の食事が台無しになった事への報復。同乗していた教員により女子の方は確保され、被害者は治癒の為一時降車となる。
第三の事件。
第六駅乗降時に発生。第三駅で搭乗予定だった数人を乗せた改造車が線路内に侵入し最後尾車両に追突。事情聴取と検査の為に二時間停車する事に。
第四の事件。
第三の事件の停車中に男女共用だった車内トイレの使い方を巡り言い争いが発生。奇数番号と偶数番号の車両で男女分けにする事がその場で決まりかけるも、一番に拘った数名が先頭車両に立てこもる。一号車が運転車でもある為に、グループが解散するまで追加で数時間程第六駅に停車することになり、ダイヤが想定以上に狂ってしまう。
第五の事件。
終点、我らが中央駅にて手荷物の紛失が発生。大掛かりな捜索が行われるも車内では発見できず。魔法の痕跡を調査したところ使用が確認され、外部の魔法使いによる攻撃の可能性から厳戒態勢が敷かれる事に。結局は子供の悪戯であり警戒もすぐに解除された。
どれも数十年に一度あるか無いかの事件でございました。
普段から緊急のトラブルに対しての訓練は行われておりましたが、一日のうちに立て続けに発生するのは史上初にございます。
今日が乗務員として初乗車の職員もおりました。怯えることなく対応してくれた皆に感謝せざるを得ません。
皆立場のある御方のご子息ご令嬢であらせられるために、子供達への危害はそのまま我々の職や命を奪われる事にもなりかねます。必ずしも最善だったとは言えませんが、やれるだけの事はやったと思います。
そんな様々なトラブルに見舞われた車体を整備担当者に引き渡して一息ついた頃、忘れ物が届けられました。
新入生のものらしき旅行鞄が駅前の広場のベンチの横に置かれていた。という連絡とともに。
それを聞いた瞬間、嫌な予感がしたんです。心臓を掴まれたかような感覚が私を襲いました。
初めて見るものに興味を惹かれて置いて行ってしまった子供がいるんだろう。自分の荷物を無くして泣きじゃくる子供がそのうちやってくるに違いない。そう自分に言い聞かせながら引き取ったのははっきりと覚えています。
悪い予感というのはよく当たるというもので、その数時間後に血相を変えた学園理事長が事務室になだれ込んできました。
今年教員になったという学園の卒業生も続けて入ってきます。二人が行動を共にするときは大抵何か事件が起きています。彼らとも付き合い長い私は観念せざるを得ませんでした。
最悪の一日はまだ終わらないようです。
鞄を見せろというのでひとまず応接室に案内しようとしたのですが、ここでいいと断られました。急を要するようです。
「間違いないよな?」
「はい、あの子のものです」
二人は鞄の持ち主をご存知のようでした。しかし様子がおかしい。
「理事会も委員会も最初の駅舎の事件の会議中だか何だか知らねえが誰も出やしねえ。」
「先生がこんなところに居るからだと思いますよ。」
理事長の愚痴に対して、立場を恐れない鋭いツッコミが入ります。
「バカヤロウ、ガキの命と外ッ面とどっちが大事か言ってみろ。間違ってたら殴る。」
「当たってても殴りますよね先生。それで、どこから手を付けます?」
私にも状況を説明して欲しいところですが黙っておきます。二人の会話からなんとなく察しは付きますし、既に解決へと駒を進めているようです。
学園の関係者が自ら動いている。ならば我々が出来る事は少ない。いいえ、何もありません。
なぜなら彼らは魔法使い。落ちぶれてしまった我々の先に行った者達なのです。
部屋を借りたいと仰られるので、案内するつもりでいた応接室の鍵をそのままお貸ししました。
私も暇ではありませんので、自分の仕事の合間にそっと様子を覗く程度ではありますが、拝見いたしました。
探査の魔法を街だけではなく領域全体にまで巡らせて、使い魔を街に走らせて、他にも様々な手を尽くして子供一人を探しておられました。
差し入れた軽食には手が付いていません。
攫われた子供が何をされるか分かったものではありません。身代金を要求するだけしておいて人質はもうこの世に居ないとかもありうる話。希望に胸を躍らせていた子供が全てを奪われてしまうだなんて最悪で残酷な結末、あってはいけません。なんとしても防がねば。助けねば。
二人とも、口にはしませんがそんな意志を感じました。
待つだけというのは、本当にとても長く感じられます。
日が落ちて、希望の火も風前の灯となり始めるまさにその瞬間でした。
「居た!」
事務所にまで聞こえる大声で、元卒業生の青年が叫びました。
「見つけたか! でかした! どこだ!」
「七区の管理塔の十階の……、いやまて、飛び降りた!?」
「うおお、あの娘自分で逃げ出したか! やるじゃねえか!」
様子見ついでに話を聞いているうちに、第二の事件でやらかした少女が行方不明になっていた人物だというのは教えていただきました。
トラブルメーカーが、理事長も認める新入生となった瞬間です。
「手当たり次第に魔法使いながら逃げ回ってます! 建物どころか探査術式までメチャクチャにされて追いきれない!」
「将来有望でいいじゃねえか! ガハハ!」
七区の方角から地震のような地響きが断続的に続き、魔法と思われる明かりも見えました。どうやらあそこに探し人がいるようです。
私を含め、入学前は魔法なんて物語の中の存在でした。門をくぐり基礎を叩き込まれてようやく使えるようになったときは感動したもんです。それをこの街に到着した初日から、遠く離れたこの駅舎に届く規模で放ち続けるとは……!
「良くないです! こんなに使ってるんだからすぐバテます!」
「わかった! 後は向こうで探す! お前は休め!」
理事長は言い終わるよりも早く窓枠に一呼吸で飛び移ってしまいました。
言い忘れていましたが、この理事長、魔法使いとしては規格外の存在です。
ボディービルダーかと見紛うほどの肉体による身体能力を持ちながら、魔法使いとしての実力も段違いで戦う姿は魔王そのもの。
故に頭が少々足りずともこうして最高権力として立っていらっしゃる。ああ、これはオフレコでお願いしますね。
「んぬ? 止まったぞ?」
飛び立とうと身を縮めたまま一時停止した理事長が呟きました。
「探査は?」
「最後の一発でバイパスやられました。まずいな……」
ここでも戦いの様子が伺える、屈指の実力者が放った捜索の網を壊すほどの逃走劇です。現地はどれほど壮絶だったんでしょうか。
魔法で何かをしている音が止まった。弾切れか、それとも犯人に取り押さえられてしまったか……
理事長は良くも悪くも目立ちます。動けば誘拐犯も気づくでしょう。このまま勘で打って出る事はできません。
魔力切れで動けなくなっただけであることを願わずにはいられません。元卒業生の彼はどうにか捕捉できないかと受信用の魔法陣の文字を何度も書き換えています。私もそれを見る事も読むこともできるのですが、理解が追いつかない速さで構成を組み替えています。
動かないといけないのに動けないという我々の焦りは、笛のような音によってそんな意識ごとかき消されました。
強く光る炎の玉が尾を引きながら高く昇り、轟音とともに弾けて大きな花を咲かせたのです。
人間社会の方でのテレビで見たことがありますが、実物は初めて見ました。
打ち上げ花火というやつです。まさにそれが今上がりました。
「そこかあッ!!!!」
叫んだ理事長の姿が消えました。正確には窓枠を蹴って何かが打ちあがった場所めがけて跳んでいきました。
どれだけ距離があっても、魔法と強靭な肉体がその移動にかかる物理的な負担を捻じ曲げます。学園都市最強の魔法使いが誰かと問われれば、彼以外にはいないでしょう。
「先生もあの子の敵ですからね!? って、聞こえてないか」
元卒業生の彼は、私に軽い会釈をしてから転移の魔法で理事長の元へと転移していきました。あの人物を座標にすれば自動的に現場に直行できるというのは実用的だと思います。
彼は最強の魔法使いによって育てられた生徒の一人。最強が片腕として傍に置く程の優秀な人材です。
心の支えを失ったばかりで精神的に不安定な時期で本来は休養すべきなのですが、本人の意志で動くのならそれも休養のうちでしょう。
そんな二人がこの場を発ったからには、きっと大丈夫。
蹴り破られた窓際の壁をはじめ、余波で破壊された応接室の備品などは、子供一人の未来に比べたら安いものです。
これ以降は何もなく時間だけが過ぎていき、都市鉄道最悪の一日はそのまま幕を閉じました。
無事に救出できたという報せを受けたのは、翌日になってからの事になります。
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