第14話 パンダとJKと新たな仲間
その日、アルチェマイド侯爵家が治める領都のスラム街の一角で巨大な火柱が上がったと、多数の住人達から目撃情報が上がった。
これを機に領主であるセビーネ・フォン・アルチェマイド侯爵はスラムの治安向上を宣言。火柱の正体は鋭意調査中であるとして、都市の住人達への公式発表が為された。
その一方で――――
「一度ならず二度までも娘を救っていただき、本当にかたじけない!! 加えて娘の魔力暴走に巻き込まれるところだったと聞いた……!
「そんな、頭を上げてください侯爵さま!?」
「そうだぜ侯爵。幸い死人は出なかったんだから、それで良しとしようぜ? 元はと言えば俺らの案内のせいで付け入る隙を作っちまったんだからな」
無事に領主である侯爵家の屋敷に帰り着いた瑠夏達一行。誘拐された当の本人であるカレンディア令嬢は、感情のままに暴発させた大魔法の影響で魔力の枯渇を起こし、強制的な眠りに就いていた。
「それで? 誘拐犯の一味から首謀者は割り出せたのか?」
「……王国の問題に
あわや最愛の娘を失いかけ、さらには恩人に害を与えるところであったと聞かされたセビーネ侯爵の顔には、苦渋がありありと浮かんでいた。
それを見た瑠夏はどうにもいたたまれない気持ちになってしまい、話題を変えようと勇気を振り絞って声を上げた。
「で、でもっ、凄かったですよカレンの魔法! 地下だったのに一発で建物吹き飛ばしちゃって!!」
「確かに、あれは大したモンだったぜ。あれでまだ成人前の十五歳だってんだからなぁ。カレン嬢ちゃんは将来大魔導師にだってなれる逸材だぜ!」
廃工房でカレンディアの身柄を確保した際、激昂して魔力を暴走させた彼女の火魔法によって、人攫い達のアジトであった工房は焼失した。
多数の住人に目撃された巨大な火柱とは、カレンディアが行使した魔法のことだったのだ。
幸いにも瑠夏の【
あとは
「お気遣い痛み入る……。娘は生まれつき膨大な魔力を有しており、
「あんな状況に放り込まれ動転して、制御を失っちまったってことか」
「侯爵家の者として、面目の無い限りだ……」
深刻な顔をして平謝りする侯爵を他所に、瑠夏は目線を逸らさずにはいられなかった。冷や汗をダラダラ流して、真っ直ぐに彼女に視線を向けて謝罪する侯爵に目を合わせられないでいる。
さもあらん。何故ならカレンディアの暴走の原因の一端は、助けた時の自分の格好に対する〝勘違い〟なのだから。
「そして……散々手を差し伸べてもらい厚かましいことこの上ないのだが……一つ頼みを聞いてもらえないだろうか?」
「「頼み?」」
そんな瑠夏の心情は置いてけぼりで、真剣な表情をしたセビーネ侯爵が深い息を吐いて言葉を絞り出した。瑠夏とダディは揃って首を傾げる。
「娘を……カレンディア・フォン・アルチェマイドを、其方達の旅の
「はい??」
「侯爵、そりゃあ……!?」
予想だにしていなかった提案である。しかしセビーネ侯爵の表情はあくまで真剣で、伊達や酔狂で話していないことは否応なしに感じ取れた。
重い沈黙が室内を支配する。
瑠夏はもちろん、普段は余裕たっぷりのダディでさえも今ばかりは軽口を控え、セビーネ侯爵の言葉の真意を推し量っていた。
「……侯爵。一つ条件と、一つ
「なんなりと、ダディ殿」
張り詰めた空気を破り口を開いたのは、瑠夏の保護者を自負する聖獣のダディであった。
普段のおどけた様子からは想像もつかないほど真剣に、真っ直ぐに侯爵の目を見詰め、彼の決意に応えるように言葉を発した――――
◇
「お父様、お母様。どうかお達者で……!」
「カレンよ、壮健でな。成長した其方に再会できる日を楽しみにしているぞ」
「ルカ嬢達にあまりご迷惑にならぬよう、
アルチェマイド侯爵領の中心地である、領都メリクフォレス。雲一つ無い晴天に祝福されるその中央門では、親子三人が別れを惜しんでいた。
「必ずやわたくしは、この力を自身の物にしてご覧に入れますわ! そしてルカお姉様のため……ひいては民のためにも、お姉様方と共に魔王を打倒して参りますわ!!」
「うむ。其方が私の分も確とルカ殿達のお役に立ち、ご恩を返してくれればこの上ない喜びだ。アルチェマイド侯爵家の誇りを忘れぬようにな」
「はい、お父様。行って参ります……!」
結局のところ、瑠夏達はカレンディア令嬢の旅への同行を許可したのだった。
両親に別れを告げ、軽量だが頑丈で尚且つダディが牽引できるよう改良を施された馬車――もはやパンダ車だが――で待つ一行の元へ、カレンディアが踊るような駆け足で向かう。
「ふふっ。仲間が増えたね、ダディ?」
「そうだなぁ。まあ侯爵の誠実さと、最終的にはカレン嬢ちゃんの熱意あってこそだけどな。あんな覚悟を見せられちゃぁ、俺も娘を持つ身だしな、断れやしねぇよ」
「ほーんと。父親が娘に甘くなるのは、万国どころか全世界共通みたいだね」
「パンダコイツめっ! いいか? いつの世も親父の弱点は嫁と娘ってそう決まってるんだよっ!」
誘拐事件の後で侯爵から娘の同行を頼まれた際、ダディは一つの条件提示と、一つの質問をしていた。
『条件は一つ。〝あくまでカレン嬢ちゃんの意思を尊重する〟ってことだ。嬢ちゃんがイヤと言うならいくら侯爵、あんたの頼みでも俺達は聞けねぇ』
『……承知した。娘には強要をしないことを女神に誓おう。して、もう一つ質問があるのだったな?』
『ああ。訊きてぇのは、あんたの真意だ。この頼み、父親としてと侯爵閣下としてと、一体どっちだ?』
真剣そのものな雰囲気で、ダディはセビーネ侯爵の真意を問うた。無論ダディとて侯爵が熟慮の末に出した依頼だということは察しが着いていたが、その目は自身の娘であるルナと、形はどうあれこうして異世界転移に巻き込んでしまった少女――瑠夏へと優しく向けられ、その思うところを侯爵へ伝えていた。
セビーネ侯爵は正しくそれを受け取り、自身の思いを言葉にした。
『両方だ、ダディ殿。王国貴族たる侯爵として、現況の権威争いから我が家門と正統な後継者たる娘を守りたい。しかし親としても娘には立派に成長してもらいたい。其方達との同行が叶えば娘への暗闘の影は心配なくなり、さらに娘は大きく羽ばたくことができるであろう。
『今までに知らなかった世界を見、聞き、感じ……貴族としてそして人間として、大いに成長してもらいたい。強大過ぎる力を持って生まれたあの子を、今までのように
その言葉は、瑠夏が持つユニークスキル【審理眼】――嘘を見抜くスキルだ――を用いるまでもなく、娘の成長を願う貴族としての、そして無事を願う父親としての真心に溢れていた。
「ルカお姉様! ダディ様! ルナちゃん! どうぞよろしくお願いいたしますわっ!!」
どこまでも青い大空に鳥が舞うように、未来へと歩み出したカレンディアの声が響く。
「よーしカレン嬢ちゃん! 俺達の仲間になったからには心・技・体、全てを鍛えて、立派に〝パンダ道〟を極めるんだぜ!!」
「はいですわ! ご指導ご鞭撻のほどをお願いしますわ!!」
「ちょっと待てパンダ道って何よッ!!??」
「ぱんだぁ〜っ♡」
さらに賑やかになった一行の笑い声が、そして瑠夏のツッコミが、どこまでも広い青空へと溶けていったのだった。
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