第6話 パンダと怪我人とマイ〇ルジャクソン



「すみません! この人を治しますから少し下がってください!」


「ぱんだぁ〜っ!」



 馬車のかたわらで胸に矢を受け倒れている男性。その男性にすがり付き涙を流していた少女に、瑠夏るかは意を決して声を掛けた。

 少女は翡翠色の瞳を瑠夏と男性の双方に行き来させ、不安げに揺れさせる。



「怪しい女め! 御館おやかた様とお嬢様から離れろ!!」


「パンダテメーは!? 御館様だかパンダか知らねーが、助けたかったら邪魔すんじゃねぇッ!!」


「うわなんだこの熊モドキの獣、喋ったぞ!? 魔獣か!?」


「パンダとコノヤロー!? 誰が魔獣だそして誰が熊モドキだッ!? 俺はエリートジャイアントパンダのダディ様だ!! クマっころと一緒にすんじゃねぇッ!!」


(し、集中できない……っ! そしてダディ、パンダはれっきとした熊の仲間だよ……!!)



 状況を説明しようにも瑠夏自身よく理解できていない。彼女はただ、ダディの指示通りにルナに使だけなのだから。



「ルナお願い! 【霊獣の癒しキュアードパンダ】を使って!!」


「ぱんだぁ〜っ♪」



 失敗した時の事が頭を過ぎるが、それを振り払い覚悟を決めて指示を出す瑠夏。ルナは相変わらずはしゃいでいたが、そんな瑠夏の様子を見て取ったのか、ポンポンと抱えている手を叩くと地面へと降り立った。そしてスックと後ろ脚で立ち上がると――――



「ぱんだぁ〜っ♪ ぱ・ん・だぁ〜〜っ♪♪」


「こ、これは……!?」



 瑠夏の目には一瞬、姿が映った。それほどまでに、



(な……んで!? なんでキング・オブ・ポ〇プ!? どうしてス〇ラーなのぉおおおお!!??)


「ぱんだぁ〜っ♪♪」



 瑠夏の兄が観ていたかの伝説のポップシンガーのキレのある振り付けそのままに、重傷を負い今にも天に召されそうな男性の傍らで。モフモフポテポテと、しかしそれでもキレッキレのダンスを披露するルナ。



「なん……ですの!? この獣はいったい何を……!?」


「お嬢様! おのれ怪しげな娘!! 今すぐその不気味な儀式を止めさせるのだ!!」


(コレ終わった……! いやものすっごく可愛いし癒されるけど……違うの、不気味な儀式とか言われてるしそうじゃないのよルナぁあああッ!!)



 絶望感に打ちひしがれる瑠夏。呆気に取られていた護衛の騎士も我に返り声を荒らげるが、ダディによって乱入は食い止められた。しかしそれも時間の問題である。

 だがそんな時。ダンスの最終局面を迎えたルナが華麗なスピンを繰り出しそして――――



「ぱんだぁ〜っ♪♪ ポウッ!」



 マ〇ケルばりの高音の発声と共に輝きを放った。金色の粒子のような光がポーズを決めたルナから飛び出し、矢傷を負い倒れている男性の身体を包み込んだ。


 眩いほどの光に包まれた男性、そしてその光景を呆然と見守る傍らの少女や瑠夏達。

 そして十数秒が経ち、瞬き強弱を付けて輝いていた光は段々と弱くなり始め……そこには胸付近に受けた矢も抜け落ち、立ち上がり自身の身体を見下ろしている男性が居た。



「お父様!?」


「そんな……御館様!? 奇跡だ!!」



 先程まで生気の無い顔色をしていた様子など跡形もなく、血色の良い健康体に戻った男性が周囲を見回してから瑠夏へと視線を合わせた。



「私は、ゴブリンの毒矢に射抜かれて……君が癒してくれたのか……?」


(あたしじゃなくてルナですぅ!! 何がどうなったの!? なんでス〇ラーで瀕死の重傷が治るのぉッ!?)



 当然、瑠夏には説明は不可能であった。しかし男性に問われ困惑する彼女に助け舟を寄越す存在が居た。



「これでお偉いさんは助かったな! あとは魔物共をコテンパンダにするだけだぞ瑠夏! 俺に指示を出せ!!」


「う、うん! ダディ、アイツらをやっつけてみんなを守って!!」



 ダディの機転により、この場に集う者達に対する瑠夏達の立ち位置が明確となる。

 自分達は味方だと、そう主張するように咆哮を上げたダディは、威風堂々とユニークスキル【聖獣格闘術パンダアーツ】の構えを取る。そう、プロレスの構えだ。



「任されたぜ! さあ魔物共、コテンパンダになる時間だ!!」



 瑠夏とルナに一度振り返ってから、ダディは大地を揺るがせるほどの勢いで魔物の群れに突進を開始した。



「君はいったい……? あの喋る巨大な獣は魔物なのか……? その小さな獣も……」


「ふえっ!? あ、あの、あたしは……」


「お父様! このお方の連れたその小さな獣が不思議な踊りを踊ったら、急に輝き出してお父様の傷が癒えたのです!! まるで奇跡でしたわ!!」



 一先ひとまずは味方であると認識されたようで、周囲の騎士達の警戒も和らいだ様子だったが、それにしても依然瑠夏達が不審者であることに変わりはない。

 しかし助けられた当の本人である男性が恐る恐るといったていで尋ねるのだが、先程まで涙を流して父と呼ぶ男性にすがり付いていた少女が割り込み、状況を説明する。その顔には、父親が助かった喜びと安堵が笑顔となって浮かんでいた。



「先程このお方はわたくしに、聖女と聖獣だと名乗られました。お父様、このお方達は味方ですわ!」


「そ、そうです! 街を目指していたら魔物に襲われていたので、助太刀に来ました! あ、あたしは瑠夏といいます! 大きい獣が聖獣のダディで、小さいのは霊獣のルナです!!」



 瑠夏は勢いに任せ、少女の言葉に全力で乗っかることにした。



(お願いだから魔女とか不審者とか言われませんように……! 命の恩人に酷いことしないでください!!)


「ぱんだぁあああああああああッッ!!!」



 瑠夏の胸中の願いと共に、ダディの咆哮が戦場に響き渡った。




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