第8話

  3


 翌日の朝。僕は初めて見せた彼女の喪服以外の姿に、言い知れぬ緊張感を抱いていた。


 喪服姿の彼女も良かったけれど、白いワンピースに身を包んだ彼女の姿もまた幻想的で素敵だった。以前までの真っ黒な姿とあまりにも対照的で、僕は思わず彼女の姿に見惚れてしまう。


「どう? これなら“普通”でしょ?」


 そう言った彼女は嬉しそうな、でもどこか恥ずかしそうな顔でくるりと一回転して見せて、風に乗ってふわりと浮いたスカートがまるでオーロラのように太陽の光を反射して美しく輝いて見えた。


「あ、うん。似合ってるよ、すごく」


 在り来たりの言葉が口から漏れて、もう少し気の利いた言葉を言えないものかと頭をフル回転させてみたけれど、結局僕の頭ではそんな台詞思いつきもしなかった。


 それでも彼女は頬を染めながら、笑顔で「ありがとう」と言って、僕の左腕にしがみついてくる。それがまた普段の彼女の様子からは全く想像もできなくて、あまりの出来事に全身が激しく緊張し動揺を隠せなかった。まるで、昨日までの彼女と今日の彼女が別人のように思えてならず、僕は一瞬彼女の双子説を頭の中で過ぎらせてしまうほどだった。


 いったい、どっちの彼女が本当の彼女なのだろう。


「ね、どこへ連れてってくれるの?」


「えっと…… とりあえず、街まで行ってみようか」


 僕は言って、できるだけ彼女を見ないように歩き出した。彼女の姿を見ていると、胸の高鳴りが大きくなって自分がどうかしてしまいそうな気がしたからだ。


 彼女は僕の腕にしがみついたまま、僕の歩調に合わせて歩く。僕もできるだけ彼女の調子に合わせて歩くようにしていたけれども、気づくと早歩きになっていて、彼女も気づくと小走りになっていた。


「あ、ごめん」と僕は謝る。「歩くの、早かった?」


「ちょっとだけ。でも大丈夫、ちゃんと摑まってるから」


 言って彼女は、ぎゅっと僕の左腕を抱いた。


 その彼女の感触が僕の心を昂ぶらせ、心臓がどくどくと早鐘を打つ。


 女の子と、こうして歩くのは生まれて初めてのことだった。今までどんな女子とも付き合ったことのない僕にとって、人生初のデート。しかも、その相手がこんなに可愛い娘だなんて、天を舞ってそのまま大気圏まで突入してしまいそうな気分だった。


「どうか、した?」


「……へ?」


「なんか、顔がにやけてるけれど」


 悪戯な微笑で彼女が言って僕は、確かに彼女があの喪服の少女であることを確認する。服装や態度がちょっと変わったくらいで別人のように思っていた自分が急に恥ずかしくなって、


「な、なんでもないよ。行こう」


 その恥ずかしさを紛らわせるために、ちょっとだけ、早歩きになるのだった。

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