第6話

 それからというもの、僕は毎日のように彼女と彼女の両親の墓前に手を合わせ、霊園の中を散歩するようになった。別に付き合うようになった訳じゃない、彼女の家に行ったり、僕の家に招待するわけでもない。霊園の中を一緒に歩く、ただそれだけで楽しかった。


 彼女は相変わらず喪服に身を包んでおり、そのどこか不気味な微笑みを決して絶やさなかった。僕がどんなに可笑しい話をしても声を出して笑わず、悲しい話をしても涙一つ流さない。ただひたすらに、彼女は冷静だった。僕への対応も、全く変わらない。いや、全くというのは間違いかも知れない。何故なら、彼女も少しずつだけれど、自分の身の回りに起こった最近の出来事などを、話してくれるようになっていたからだ。庭の花が咲いただとか、近所の猫が遊びに来た時の話とか、そういった話を。


 やがて夏休みも終わり、僕は久しぶりに高校に通うようになった。そしてその頃になって初めて、この夏休み中、クラスの誰とも関わらなかったことを僕は思い出す。ほぼ毎日彼女と一緒に居たような気がして、ともすれば毎日彼女とデートしていたようなものだった。そしてその関係は今も変わっておらず、やはり夕方には彼女と一緒に彼女の両親の墓を参り、霊園の中を散歩している。


 そんな日が続く中である日の放課後、クラスメイトの一人が話しかけてきた。夏休み前に、彼女に話しかけてみろと言ってきたあいつである。そいつは僕の席まで大真面目な顔でやってくると、僕の肩を掴んでこれでもかというくらい顔を近づけて、口を開いた。


「おい、どういうことだよ」


「……何が?」


 いきなりどういうことだよと訊かれても、何の話かさっぱり解らない。


「お前、最近あの喪服女と仲良くやってるって話だけど、マジかよ」


 “仲良くやってる”の意味を図りかねるけれど、普通の友人関係に近いものがあるのかと訊かれているのだと判断して、僕は「あぁ」と小さく答えた。


「ちょ、マジかよ。いったい、いつの間に」


「お前らに、あの子に話しかけてみろって言われた、あの日から」


「あぁ!? お前、マジで話しかけたのか?」


 マジって言葉を連発する、他に言葉を知らない友人に、僕は再び「あぁ」と答えた。


「はぁ~? マジ信じらんねぇ。まさか、あんなのと付き合い始めるなんてなぁ」


「いや、付き合ってる訳じゃないさ」


「じゃぁ、何なんだよ」


「友達みたいなもの」


「なに? じゃぁまだエッチしてないってこと?」


「……どういう基準だよ」


 僕はそれ以上そいつとの会話を続けるのが不快に思えて、その場を去ろうとした。これから彼女と会って、いつものように散歩するのだ。


 その去り際、僕の背中に、そいつは再び声をかけてきた。


「お前、気ぃつけろよ。あいつに関わったら、行方不明になるらしいから」


 そんな下らない噂話になんて、僕は何の興味もなかった。ただ彼女のことを何も知らないそいつに、怒りを覚えるだけだった。

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