雛菊ミドリの怪奇劇場
バンチヨ
戦慄!アイドルを狙う黒い影
その1
「はじめまして、霊能力者の
と、待ち合わせの駅前広場に現れたのは中学生……いや、下手すれば小学生にも見えるような、どこかあどけない風貌の女の子だった。
『霊能力者』
そのちょっぴり怪しい肩書きからホラー映画やテレビの心霊特集なんかでよく見るような、ちょっと胡散臭い着物姿のおばさんでも来るんじゃないか……と勝手に思っていた依頼人の
確かにそう意識すればそれなりに特別で神秘的な女の子に見えなくもない。
が、逆にいえば意識しない限りはごく普通の女の子にしか見えないし、まさか彼女が霊能力者だ……なんて誰も思わないだろう。
少し癖のあるショートボブの黒髪、白い肌。
なんとなく物憂げな切れ長の目に薄い桜色の唇。表情は分かりにくく、よく言えば落ち着いていて、悪く言えば何も考えてなさそうな印象を抱かせる。
凹凸の少ない華奢な身体にはレトロ趣味な水玉模様のワンピースが妙に似合っていて、その姿はまるでブラウン管から飛び出してきた昭和の美少女スターみたいだった。
身長は凛よりも低くて145cmくらい。外見は客観的に見てかわいい方ではあるけど特別目立つわけでもなく、たぶん道ですれ違ってもお互いに気に留めることはない、と思う。
こうなると今度は凛の頭の中に、
(本当にこの子が霊能力者・・・?頼って大丈夫・・・?)
そんな疑念が湧いてくる。
しかし、かといって報酬が何万……何十万もするような有名な霊能力者に依頼する余裕なんて、とてもじゃないけど凛にはなく。何より前払いで料金を払ってしまった以上、今はとにかく雛菊ミドリを信じてみるしかなさそうだ。
「で、今回の依頼だけど」
そのミドリは淡々とした口調で切り出した。
「メールに書いてくれてた通り、家に出るからなんとかしてほしい・・・と。そんな感じでOK?」
「は、はい・・・」
凛は頷いた。
「最近この近くのマンションに越してきたんですけど、どうもそこが事故物件・・・みたいで。変なことや怖いことがしょっちゅう起きてて、でもまた引っ越すような時間もお金もなくって・・・」
「ナルヘソ。それでこのボクに依頼を?」
「……はい」
「そっか……。ねぇ、ちなみにもう少し詳しい話、聞かせてもらえる?」
「詳しい話を……?」
「うん、念のため前もって知れることは知っときたいんで。あ、もし無理だったら全然いいけど」
「……いえ、大丈夫です。話せます」
と、凛は頷いたが、その腕にはゾォーッと鳥肌が立っていた。
凛はいわゆる地下アイドルだ。自分の歌とパフォーマンスで見ている人に元気を与え、そしていつかは子どもの頃に憧れたような大きなステージに立つことを夢見て『きらめきクロヌ』と言うグループで活動している。
だが、現実はそう甘くなく。路上で歌ってみても足を止めてくれる人なんてほとんどいないし、SNSに動画を上げても一向に伸びない。今は小さなライブハウスを半分埋めるだけでも精一杯だ。それでも一緒にがんばる仲間たちと、応援してくれるファンに囲まれて充実した日々を過ごしている。
そんな凛が現在のマンションに住み始めたのはちょうど先月のこと。築3年と新しく、オートロックに宅配ボックス完備で、何より駅からも近いという好条件にも関わらず家賃は月々たったの1万5千円。聞けばやっぱり『ワケアリ』らしい。
もちろん凛だってバカじゃないので初めは躊躇したし、不動産屋のスタッフも
「やめた方がいいんじゃないでしょうか……?」
と親切な忠告を送ってくれた。
が、バイトを掛け持ちして貧乏生活を送っている凛にとって、安さは何よりの魅力だ。それにそのときは幽霊なんてろくに信じていなかったのもあり、結局そこに引っ越してしまったのだった。
のちにあんな、恐ろしい体験をすることになるとは、夢にも思わずに……。
……最初の異変があったのは住み始めてから1週間ほどが過ぎた頃。
レッスンが終わって帰宅し、玄関の扉を開けるとタタタタタ・・・と何かが闇の中を掛ける音が聞こえた。
凛は電気を点けた。
が、何もいなかった。
だけど不思議と恐怖はそれほど感じなかった。
「正直"あ、これか!"って気持ちの方が強かったです。それに最初は空き巣とか変質者が入り込んでるのかと思ってたから、むしろそっちじゃなくて安心したところはあったかも」
と、凛は語る。
しかしそうもいっていられなくなったのは数日前の夜のことだった。
そのとき凛はアニメを観ていた。前から気になっていたシリーズの続編で、毎週放送を楽しみにしている……はずだったのに、なぜか今日に限って話に集中できない。と言うか落ち着かないのだ。気付けばスマホを手に取り、適当にSNSを眺めていると番組は終わっていた。
「仕方ない……今度配信で観るか」
やるせない気持ちとともに大きなあくびをして、テレビを消した。
次の瞬間。
暗くなった画面に女の顔が浮かぶ。
当たり前だけど反射した凛の顔じゃない。
乱れた長い髪に血の気を感じさせない白い肌、2つの目は虚ろながらもはっきりとこっちを見つめている。
「ぎゃっ!!」
このときばかりは凛も驚いて家を飛び出し、近くに住んでるメンバーの家に駆け込んだ。
他にも、クローゼットの隙間から妙な視線を感じたり、ベッドの下から青白い腕が伸びていたり、まったく覚えのない長い髪が床に落ちていたり……と、とにかく怪奇現象が頻発した結果、凛は自分の家に帰れるどころか近づくことすら出来なくなり、ここのところはメンバーや友達の家を泊り歩いている。
そしてそんな生活はやっぱりストレスになり、体にも心にも不調を来たし、ライブやイベントも休みがちになってしまった。
「そんなときにマネージャーのお姉さんがミドリさんのことを教えてくれて。その人、結構なオカルトに興味があるみたいで何かの雑誌でミドリさんのことを見たとかいってて・・・」
「あー・・・『レムリア』って雑誌の取材を受けたときかな。それでボクに依頼してくれたんだね」
と、ここまで話し終えた凛は溜めてた疑念を絞り出すように恐る恐る尋ねた。
「あの……」
「ん?」
「うまくやれそうですか?」
するとミドリは軽く身体をほぐすように背筋を伸ばしつつ、
「う~ん……行ってみなきゃ分かんないけど、たぶんよゆーかな」
「よゆー……」
「この手の依頼はよくあるからね。ボクら霊能力者にとって入門編とも言うべき簡単なミッションだよ」
と、言って軽く笑った。笑うとミドリの表情は一転して明るく無邪気に、だけどどこか頼もしく見えて、凛はその笑顔に不思議と安心感を覚えた。頭の中の疑念の雲も少しは晴れた。
やっぱりこの子、なんとかしてくれるかも・・・まったく根拠はないけど、そう思えた。
「・・・じゃ、うちに案内しますね」
凛とミドリは駅に背を向け、大通りから1本入った道を歩き始めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます