第7話 呼び出しは屋上で

 ベタ、ていえばベタなんだろうけどさ、この気配屋上、だよな。

 俺は、シオンにステータス盤を変えて、誘うような気配を探る。


 放課後。


 といっても、今日は半日で終了。で、金曜日。

 来週月曜日からは、通常授業が始まる。


 てことで、今は昼時。あぁ、腹、減ったなぁ。

 物語だと、主人公とかって、屋上で飯、食ったりするんだろ?あれって現実的なのか?少なくとも、この学校、屋上なんて立ち入り禁止だぞ?なぁんて、関係ないことを思ったりしてみる。

 はぁ、なんでこんな面倒なことになったんだろう。平和な世界はどうした!



 時は30分ほど遡る。


 諸々終わって、双子やその他諸々、共に帰ろう、と俺を誘ってきた。もちろん珍しいことじゃないし、普段ならなんも考えずに、そうだなぁ、こんな午前中で終わって、昼飯時の解散なら、ともに食事でも、とバーカーショップか、ファミレスでも寄る算段でもして、ってところなんだけど。


 俺は、断った。

 ねっとりと、絡みついてくる気配が、逃がす気はないぞ、って言ってるのが分かったから。


 「ごめんね、ちょっとご用があるんだ。」

 「例の日向?」

 そういや日向って名前だっけ?ミコはほんとに名前を覚えるのが上手だなぁ。

 「ん、まぁ。」

 「なんなのよあいつ。詩音、知らない人でしょ?」

 「ん・・・まぁ・・・」

 「知ってるの?」

 交互に聞いてくる双子になんて答えるべきか。

 もちろん知ってる人じゃない。

 そもそも、家同士でも付き合いがあるんだから、彼女たちの知らない俺の知り合い、なんて、ほとんどいない。

 けど、連れてくわけにはいかないしなぁ。

 「詩音ちゃん、あんなやつの言うこと聞く必要なんかないっすよ。行くんならオレも行くっす。」

 ちゃっかりタチバナも、囲みのメンツに入ってるよ。

 「まぁまぁ。」

 イシシ、と笑いながら、まさかの助太刀してくれたのが、なぜか中川さんだった。

 「詩音ちゃまは、詩音ちゃまの考えがあるのよねぇ。行ってらっしゃいな。きっと、面白いわ。何かが起こる。私の勘が言ってるの。」

 「ちょっと、中川さん。あんな得体の知れない男とかわいい詩音が二人で会うなんて、何も起こらないはずないでしょ?」

 「ん?フラグ?ミコちゃまのフラグ?いいじゃない。グフフ・・・」

 「いや、フラグって、大丈夫、何も起こらないわ、とか言って、起こっちゃう奴よねぇ。」

 「いやいや、起こるといって起こっても、アリ中のアリでせう。」

 なんか、よく分からん話になってきてるな。

 でもこの間に、しれっと抜けるか。

 俺は、なぜかドヤ顔で、みんなに見えない角度に親指を立てる中川さんに送られながら、こっそりと集団を抜けた。



 そして、現在。


 気配は上の方、つまり屋上から、早く来い、と招いている。

 屋上へ行く階段の場所は知っている。

 小さな階段で、壁と手すりをチェーンと南京錠で閉じているところ。

 で、その上にドア。鍵は、当然かかっている。


 やつがこの階段を通った様子はない。

 というより、階段下の壁。そこに設置された窓が人一人分通れるぐらいに開いている。

 外は壁。

 まぁ、意外とビルの外壁ってチョロチョロと突起が出ているんだが・・・

 上手い具合に、この外壁は階段のお陰で、90度の角度で隣の壁が接している。 

 で、2,3メートル斜め上に進むと屋上だ。

 シオンの身体能力なら、どうってことはない。たとえここが5階の上、だったとしても。

 俺は、窓に手をかけ、壁を斜めに駆け上がりつつ、2歩で屋上に着地した。



 「おう、来た来た。遅かったのぉ。」

 「・・・」

 「まぁまぁ、そんな怖い顔、似合わんで。こっち来いな。」

 「・・・」

 「ま、ええか。儂は1D日向龍雄。ちゅうのは仮の姿や。あ、勘違いすんなや。ちゃんと入試合格して入ってきてるさかいな。で、あんさん何もんや?」

 「・・・1A吉澤詩音って言わなかった?」

 「ヒヒヒヒ、そりゃそうや。言い方変えるわ。あんたの中身、何もんや?」

 こいつ、俺のことを知ってる、のか?

 「いややなぁ、せっかくかわいらしい顔が台無しやで。あ、こういうのはそうやなぁ、聞く前にお前が名乗れ!てか。そりゃそうや。儂としたことが、ついうっかりさんやったなぁ。失敗失敗。わいわなぁ、中身は龍神様や。」

 ・・・・はぁ?何言ってんだ、こいつ?

 「だ、か、ら、龍神様。ドゥユゥアンダスターンド?龍の神さん。むっちゃエライんやで。」

 ・・・・

 「あ、信じてへんやん。」

 「信じれるわけないでしょ?」

 「うーん、正体見せてもええんやけど、なぁ。近頃はすぐに写真撮って、アップされるんで。めんどうなんやわぁ。そうや、雨はどうや?」

 「雨?」

 「そうや、今、ええ天気やんかぁ?これで、この学校だけ雨降ったら信じるか?」

 いや、何言ってんだこいつ?まぁ、雲一つない青空だ、マジならちょっと信じても、いいけど・・・

 「まぁ、見とれや。」

 奴がなんか印らしきものを組んで、口の中でブツブツ言い始めた。


 いや、マジか?

 シオンの視界だ。

 魔力の流れは、分かる。

 なんだこいつ。

 空気中からなんかのエネルギーらしきものが渦を巻いて集まってくる。

 ちょうど印の頭上に、ペロペロキャンディの飴を思い出すような、そんな渦。

 それはどんどん膨らんで、すごい威力になっていく。

 B級、いやA級の魔物クラスだぞ、これは!

 背中を嫌な汗がしたたる。

 思わず、右手を左の腰に持っていき、そこにあるべき相棒がないことに、さらにヒヤリとする。そうだ、俺は詩音。普通の女の子。剣なんか佩いているわけないじゃないか。


 その渦は大きくなり、学校の上空を覆う。そしてその渦に引きつけられるように、どこからともなく黒い雲がわき出し。

 ザ、ザーッ。

 突然の雨。

 私の、そして奴の体をも、激しい雨が打つ。

 マジか・・・


 「あ、ヤバッ。濡れてもた。あかん。おい詩音。先に戻れ。春や言うてもまだ寒いわ。濡れたら風邪ひくで。はよしい!」

 言うやいなや、俺の体を無造作に掴んで、出てきた窓に投げやがった。


 かろうじて受け身を取ったものの、女の子になんてことするんだ。普通なら激突して、やばいことになってるぞ!

 思わず、怒鳴ろうとしたんだが、奴も続けざまに飛び込んできて、俺を片手で抱えると、廊下を走り出した。


 人っ子一人いなくなった1Dの教室。

 どうやら自分の鞄だろう。

 そこからハンドタオルを取り出す。

 そのまま、私の髪の毛をガシガシと拭きだした。


 「あぁ、ごめんごめん。濡れるの忘れとったわ。大丈夫か?風邪ひいてへん?」

 心配そうに私の顔を見る、自称龍神様。

 思わず、吹き出してしまって、私は彼を初めてまともに見ちゃった。

 こんな風に困った顔をすると、なんか小学生の悪ガキみたい。

 いいえ違うわ。

 なんかデジャブは、私に、いいや、俺になんか似てるんだ。

 前世の俺がやらかして、まわりの連中に小言を言われたときの顔。なんだか、それが水たまりに映って、思わず目を背けた、そんな俺の表情にそっくりなんだ。


 はぁ。


 「あんたねぇ。雨で濡れるより、屋上から投げ飛ばされる方が女の子にとって危険なのよ、分かる?」

 「え、あ、ああ。なんかごめん。あんたやったら、あんなん平気や、思ったから・・・その、悪かったなぁ。」

 「はぁ、ま、いいさ。ハハハ、俺の中身、だったか?一応本当に普通の女の子は女の子なんだけどな。ただ、どうやら前世を覚えてる。別の世界で冒険者、まぁ戦士みたいなことをやって死んじまったって、な。」

 「別の世界、やて?」

 「あぁ。剣と魔法の世界ってやつだ。で、なぜか、その頃のステータス、って言っても分かんないか、力を使えそうなんだな、これが。」

 「使えそう、って使ってないんか?」

 「ああ、その必要もないしな。」

 「なんか不思議な話やなぁ。」

 「ハハハ、あんたが言う?ハハハハ。」

 「いや、こっちは普通に地球産やし、ハハハ、まぁ、でも確かに、なぁ。ハハハ。」

 なんかお互いおかしくて、しばらく笑ってしまった。

 俺、何、こんな会ったばっかのやつにカミングアウトしてんだ?


 しばらくして、笑いの発作もおさまり・・・・


 「なぁ、前世のこと、儂に言ってよかったんか?てか、他に誰が知ってんねん?」

 「はぁ?あんたが言えって言ったんだろうが。まぁ、こんなこと話したのはあんたが初めてだよ。たく、いったいこんな話、誰が信じるってんだ?」

 「ほぅ・・・それはそれは・・・ヒヒ。」

 「なんだよ、気持ち悪いな。」

 「いや、まぁなんやね。こんな可愛い子ちゃんの初めて、もろうた、思ったら、まぁ、なんちゅうかな、ヒヒヒ・・・」

 「キモッ!変な言い方すんじゃねえ!」

 ドゴッ!

 俺は、現世に産まれはじめて、遠慮なしの1発を龍神の腹に決めてやった。

 「ウォッ、ツ。・・・・何すんねん!」

 ほぉっ、さすがに丈夫。

 机を2つ3つ巻き込みながら転がっただけで、怪我もなさそうだ。

 「儂やなきゃ、おだぶつやで!」

 「じゃあ、あんた以外にできないな。」

 クックックッ・・・

 思わずこぼれた笑み。

 そんな俺を、虚をつかれた、みたいな顔をして見ていた龍神様だったが、いつの間にか、二人の馬鹿笑いは合唱になっていたんだ。

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