第37話

 お祭りの時みたいに音楽が流れてきたので驚く。

 西の国で作られたお芝居を煌国風に変化させた作品。

 ロメルとジュリーの家は華族で敵同士。いがみ合っている。

 跡取り息子のロメルは跡取り娘のジュリーと皇居で行われる龍歌読み合わせの日に、お互い1人で散策。2人は紅葉の舞う庭で出会った。

 ロメルの服装は見たことのない変わった黒い着物や帽子に靴。

 ジュリーは美しい桃色に桜柄、金や銀の刺繍がされた色打ち掛けに白い着物と花柄刺繍のされた赤い袴。髪型は蝶みたいで銀や金に花のかんざしが合計5本。華族のお嬢様って凄い。

 皇居の風景は今住んでいる家と全く違う。畳なのは一緒。衣装などを見ているだけで既に楽しくて面白い。


 2人は庭で熱烈なくらい褒め合い、いきなり手を繋ぎ、おまけにキスして部屋に入り……夜だ。色狂い。

 お芝居だからかさすがに服は着ているけどはだけてる。

 分かった。色恋狂いだ。絶対にこれはそうだ。


「ジュリー……今夜は月が綺麗ですね」


 ロメルが隣で眠るジュリーの髪を撫でながらそう口にした。

 この月が綺麗ですねは「らぶゆ」や冊子に載っていた龍歌と同じ意味。

 ロイはこの真似をしたんだ。それで月だから月兎。今日、私をリスに似てると言ったのに兎と言ったのは月にちなんで。

 義父のお客様達の前で詠んだ龍歌が月だったのもこれかな。


「ええロメルさん。あの北極星のようになりたいです」


 ジュリーのあの星は舞台の上の方で光る2つの灯のこと。光苔だろう。大きい灯と少し小さな灯りが2つ並んでいる。

 2つ並びの北極星。つまり、恋人や夫婦になりたいということ。

 色恋狂いした後にそれを言うの?


「月も星も決して消えはしない」

「ええ……。それに共にあります……」


 またキス。何度かキスして幕が下りた。音楽は続く。少ししてまた幕が上がった。

 消えないらぶゆ。消えない北極星……は恋人や夫婦。ずっと恋人や夫婦!


 ロメルは祖父母両親に言われて、この中から嫁を迎えなさいと大きい手紙のようなものを5つ渡される。

 他の女性とロメルが口にしただけで、祖父母両親は雷。

 1人になるとその中にジュリーはいない。そう嘆いた。その後恥ずかしい程ジュリーを褒めちぎり、会いたいけれど家族は大切だと悲しんだ。


 一方、ジュリーは妃がねというものに選ばれて、皇子に初指南というものを受けることになる。

 妃がねと初指南が何か分からないけど、どうやら皇子様のお嫁に行きなさいということ。

 ジュリーの祖父母両親は大喜び。ジュリーだけは部屋で1人でしくしく泣いてロメルを恋しがる。

 妃がねに選ばれたら初指南が終わるまで誰とも結婚出来ないし逃げたら家ごと滅ぶ。怖い……。

 正妃はもういるから側室妃。何人もの女性の中で、可愛がられている間だけの慰み者。いつ来るか分からない皇子を待つだけの日々。しかしそれが家のため。

 妃に選ばれなければ大恥晒しの役立たず。少しでも家の役に立つ家へ嫁ぐことになる。

 華族のお嬢様ってそうなの? ジュリー可哀想。

 ジュリーは恥ずかしいくらいロメルを褒めちぎり、会いたくてならない、またキスをしたいけれど、これまで蝶よ花よと育ててくれた家族を裏切れないと嘆いた。

 ロメルとジュリーはどちらも熱烈。

 1回会っただけだよね? 何で? 相手の何を知っているの?


 悲恋ものとはこういうこと。疑問もあるけど確かに悲しい。泣けてきた。特にジュリーが可哀想。

 ロメルはジュリーを諦めても5人から選べる。ジュリーは誰も選べない。妃になったら悲惨そう。

 一緒にいたいのにいられないのは寂しくて辛くて悲しい。最近の私はロイの出勤でさえ寂しくなってる。帰宅が待ち遠しいし、夜は好きで、朝は嫌いになり始めている。


 ロメルの友人マキシオが作戦を考えた。

 マキシオはジュリーが嫁ぐ皇子様のなんとか——聞き慣れなくて耳をすり抜けた——なのでジュリーの初指南の日に薬でジュリーを死んだように見せかける。

 その薬を飲むと夜が明けるまで死んだようになり、起きないらしい。

 それで皇子様との初指南、妃になることがなくなる。亡くなったことにしてロメルと2人で駆け落ち作戦。


 駆け落ち!

 駆け落ちすれば2人は一緒にいられる。そうだよね。一緒にいたいよね。でも家族を捨てることになる。

 少し考える。今からよその嫁に行きなさい。そうしないと家族全員に何かある、と言われたら……嫌だな。でも駆け落ちも嫌。どっちが嫌……ロイ……家族……。

 いや、ロイと駆け落ちなんて出来ない。ロイは跡取り息子だからルーベル家から出て行かない。

 私にそんな話はあるわけないけど、よその嫁に行けと言われたら、私はロイともう会えない。泣けてきた。悲しい。

 

 えええ……マキシオの作戦を書いた手紙が風で飛ばされてしまった。ロメルは手紙を読まなかった。嫌な予感。

 ロメルはマキシオから「ジュリーが初指南直前に亡くなった」と知らされる。

 マキシオの案内で皇居に入り込んだロメルは横たわるジュリーを見て嘆いて泣いた。

 手紙を読んでいないから本当に死んでしまったと思っている。違うよ、と教えてあげたい。

 

「ああジュリー。この想いはあの日舞っていた唐紅の炎。燃え続ければ輝きを放ち、あの逢瀬の夜に見た最も美しかった星になれるだろう。この世で最も綺麗な月を知る自分は誰よりも何よりも幸せだ」


 ところどころ言葉が分からない。からくれない、おうせを後で調べる。

 えっ、ロメル死んじゃった。噂でしか聞いたことのない切腹……。絶対痛い。でも幸せなんだ。

 舞台の上が朝のようになりジュリーが目を覚ました。


「ロメル……ああロメル。なぜこのようなことに……。私の月も星も失われてしまった。あなたは私の太陽でもあった。あなたのいる世界でなければ私はどんな輝きも見出せず1歩も歩けない……。ああ、あなたさえいれば何1つ恐れることはないわ」


 ジュリーまで死んでしまった。ロメルと同じ短刀でお腹を刺して、ロメルと手を繋いで何度かキス。


 舞台の上で2つ並びの北極星が光った。ずっと2人は恋人で夫婦ということ?


 ロメルとジュリーは大切な家族を捨てでも一緒にいようとしたのに、駆け落ちすら出来なかった……。

 その後ロメルとジュリーを発見した両家は「憎しみが私達の宝を奪った」と嘆いて仲直り。今さらだ。

 仲直り出来るならロメルとジュリーは結婚出来たのでは?


 ☆★


 お芝居観劇の後はロイと2人で西風料理のお店へ行った。

 ロイが予約してくれていて、ロメルとジュリーの当日日付入りの冊子を持っているとデザートを無料で提供してくれるという太っ腹なお店らしい。

 観劇後、私とロイはまた手を繋いでいる。お店に向かい中。


「リルさん、まだ目が赤いですね」

「はい。久しぶりにうんと沢山泣きました」


 ロメルとジュリーは可哀想だし、家族の為によその嫁になれと言われたらという想像で胸が痛くてならなかった。

 家族とロイの結論は出ないし、そもそもロメルとジュリーと同じようにロイと駆け落ちは出来ない。

 でもロメルは跡取り息子だったな。ロイと同じ。でも親孝行なロイは駆け落ちはしない。リルさんとなら、と言われたら……嬉しいけど悲しい。優しい優しい義父母が悲しむ。

 それならそのロイは? 私と駆け落ちしてでも一緒にいたいと言ってくれるロイに「さようなら」をするの?

 そうしたら義父母が……でもロイが……。


「リルさん、また泣いてますね」

「はい。もう考えるのをやめます」


 私は手拭いで涙を拭った。


「前にうんと沢山泣いたのはいつです?」

「4回くらい前の夏に山で蜂の大群におそわれて、熊も見かけて何匹かの蜂に刺された時です」


 私の顔を覗き込んでいたロイは大きく目を丸くした。


「リルさん。それは死ななくて良かったです」

「はい。熊に食べられなくて良かったです」

「いえ。蜂に1度に何度か刺されると死ぬといいますよ」

「そうなんですか! もう夏の山には行きませんし海釣りのように体をうんと隠して行くようにしていますから大丈夫です」


 ロイは前を向いた後に「うーん」と顔をしかめた。


「山や海など、危ないところへ1人で行かんようにして下さい」

「遠いところへ勝手に行きません」

「夜に出歩くのもですよ」

「はい」

「リルさんは1人しかいません。ああ、リルさん。ほら、月が綺麗ですね」


 手の力が少し強くなった。らぶゆ、あいらぶゆも龍歌も分からないけど、あの場面を考えると「好きです」みたいな意味。

 人が沢山歩いているけど、誰もロイの言葉を気にしていない。

 手を繋ぐのは今風らしいけど、人前で手を繋いだり、ましてやキスをしてはいけない。隠れてならしても良い。

 人前で好きやかわゆい、格好良いなどと褒め合ったりするのもハレンチ。隠れて他の人に聞こえないようにでもハレンチ。こっそりこっそり言うもの。

 月が綺麗ですね、はお芝居を見た人や冊子を読んだ人にしか分からない。


「今夜は三日月です。月兎は見えんです。月が綺麗ですね」


 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッと胸の真ん中からする音がうるさい。

 好きですに対して好きです。

 恥ずかしいので俯く。何も喋らないで歩き続ける。チラリとロイを見上げたら夜空を見ながら微笑んでいた。


「そうです? 跳んだり逃げたり隠れたりする月兎はいつもいます」


 それは私はいつもいるっていうこと?

 秋の月が1番良いみたいな龍歌。1番の続きにはきっと綺麗が続く。このお芝居の話、言葉を知って捻りに入れてくれた。

 その秋の月は満ち欠けしないずっとある月のこと。ずっとある秋の月は綺麗。

 ずっと好きです?

 嫁が何よりもええみたいな龍歌らしいから、何よりも好きでずっと好きです?

 桔梗は初恋みたいな意味だからそれをさらに後押し。初恋で何よりも好きでずっと好きです。

 勘違いかもしれないけど、私はとんでもなく嬉しい龍歌を贈られてる。

 熱烈だ。捻ってあるけど龍歌らしく熱烈になっている。


「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ、ほっ……」

「リルさん、急にフクロウの真似です?」


 ロイが吹き出した。


「ほっ……きょくせい……みたいになりたいです」


 誰も私の言葉を怪しまない。

 比喩なのに言うの大変。ロイはしれっと「月が綺麗ですね」と言ったのに。

 北極星はずっと2つ並んでどこへも行かない夫婦の星。

 だからずっと夫婦でいたいですという意味になるはず。


「そうですね。なりましょう。ああ、あの店です」


 入店前にロイは一瞬ぎゅうっと手を握ってくれて、それで胸がキュウウウとなり、手が離れた時は寂しすぎてならなかった。


 恋狂い。恋は狂う。その意味がどんどん分かっていく。

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