お見合い結婚しました

あやぺん

本編

第1話

 大陸中央、煌国。

 私の国の結婚は家と家の結びつき。特に皇族華族はそうらしい。でも私は長屋住まいの平民。結婚に関して家と家、なんてあまり関係ない。

 私は6人兄弟で上から3番目。兄1人に姉1人に妹3人。女ばっかりの家で育ち日々の生活はカツカツで、16歳になったらさっさと嫁に出すという話になっている。

 でも少しは相手を考慮してもらえるだろう。性格が合いそうとか少しくらいは。

 どこかの大店に奉公へというのはギリギリなし。優秀な兄が兵官になってくれて、2つ上の姉は結婚出来て、私も妹も誰も売られずに済んでいる。

 もちろん、両親が「よほどのことがなければ、貧乏でも家族仲良く暮らしたい」という人間だったからというのもある。

 代わりに寒いしいつもお腹が減っているし、朝から晩まで家事育児に父の手伝いだけど。

 父は竹細工の仕事をして暮らしている。姉は父の仕事仲間の息子と結婚して婿に来てもらい、同じ長屋で暮らし兄の代わりに家を継いだ。

 なので残りの子ども、私と3人の妹達は早く歳をとって嫁に行くだけ。

 同じ長屋に住む、大工のニックと結婚出来たら嬉しい。話すのが苦手な私にいつも楽しい話をしてくれる。出来れば彼のお嫁さんになれますように。そう思っていた。


「ニック! 約束通りお弁当を作ったの」

「うおおお、嬉しいぜ!」


 そう思っていたのにニックには恋人がいたみたい。

 私は家に帰るのをやめて川で洗ってきた洗濯物を抱えて来た道を戻った。

 しかし、と足を止める。早く干さないと乾かない。なので深呼吸をして家の方へ向かった。

 長屋前を通り洗濯干し場へ行かないと。ニック達がもういませんように。

 

(可愛い人だったな。そうか。そうなのか……)


 明後日で16歳。まもなく私は誰かの嫁になる。

 父も母もまだ何も言わないけど、友人達と長屋の誰かだろうと、そろそろ結婚しそうな男は5人もいないので、その中の誰かだろうなんて話をしていた。

 その中にニックがいたからほんの少しだけ期待していた。でも彼ではない。私は誰の嫁になるのだろう。


 幸い、長屋前からニック達は消えていた。


(お客様?)


 うちの長屋前に人がいる。男性2人。1人は役人の格好をした背の高い青年。

 黒い帽子に白い西の国風の服。下は黒い袴。そして同じ色の羽織。肌の色はあまり日焼けしてなくて白め。

 切長の一重まぶたと凛々しい眉が印象的。背が高くて細身だけど肩幅は広めでがっしりして見える。

 隣には中年男性。こちらは身なりの良い着物姿。青年と顔立ちが似ていて、大きめで丸い体型だけは異なる。

 2人とも、明らかにこの辺りの住人ではない。


「うちに何かご用でしょうか?」


 青年がゆっくりとこちらを向いた。


「はい。こちらのお嬢さんに、結婚のお申し込みに来ました」


 結婚? この人がうちに結婚のお申し込み? うちで今嫁に行けるのは……私だ。


 私⁈


 ☆


 狭い家の中で、父と母が正座して並ぶ。その向かい側に背筋を伸ばして座るのはロイ・ルーベルとガイ・ルーベル親子。

 私は父に職場から呼び戻された母の隣で正座。洗濯物を妹に任せて、ここにいるように言われた。

 私達と彼等の間には、あまり大きくない細長くて四角い箱。白い包装紙にさらに紙が巻いてあって朱色で「御申込」と書かれている。右端には紅葉の絵が描かれている。

 漢字なんて読めない。あれは、なんて意味の漢字なのだろう。

 両親がお互いに挨拶を交わした。うちは竹細工職人。向こうは卿家。上級公務員の家だ。

 父親のガイは煌護省勤務。ロイは裁判所職員。どうりで身なりが良い。


「そろそろ息子が嫁をとるということになりまして、こちらの家のリルさんを望みます」


 ガイが告げると、ロイはピシッと伸ばした背を少し折った。それからゆっくりと戻る。ロイは無表情だ。


「うちの家内はここのところ手足が悪く、家事を全て任せられる娘さんを嫁に欲しいのです」

「はあ……」


 父がぼんやりとした声を出した。威勢の良い父のこんな姿は初めて。


「それから、長男ですので跡取りが必要です。母親が多産なので期待出来ますし、5人も娘さんがおれば、子が出来ん時に養子をいただけます。うちは親戚が少なくて」

「はあ……」


 今度は母がぼんやりとした声を出す。父と同じく毎日元気な母のこの姿も初めて。

 そりゃあそうだ。卿家の跡取り息子が、長屋住まいのわりと貧乏な竹細工職人の娘を嫁に欲しいなど、そんな話は聞いたことがない。


「嫁としてしかと働いていただきますが、衣食住の不自由は一切させません。結納品も要りません」

 

 結納品なんて、平民にはないしきたりだ。出せと言われても何も出せない。


「裁判所で事務官として働く、自慢の息子です。我が家は卿家。跡取り息子の嫁です。どうかご検討下さい」


 ガイが着物の内側から文を出した。真っ白な封筒に「家歴・略歴」と書かれている。学がないので読めない。


「すみません。このような話、混乱しています。うちはこのような家で、俺は先程説明したように竹細工職人です」

「調べたので存じています」

「多少は寺子屋で学びましたが、こちらの文字も達筆で読めません」

「御申込。それから家歴、略歴です」


 御申込。結婚のお申し込みって意味。家歴? 略歴?

 ガイが文を開き、読み上げた。

 煌国では上級公務員が3代続くと卿家に指定され、就職で優遇される。他にも何かあるらしい。続かないと家位を取り上げられる。それは私でも知っている。かつて寺子屋に通った兄に聞いた。

 兄がなった兵官は下級公務員。地区の見回りなどが仕事で戦時は下級兵士。3代続いても卿家にはなれない。

 勉強なんて興味ないけど、一般常識くらいは興味ある。特に皇族や華族などのキラキラした世界のことは知りたい。

 だからいつも兄に寺子屋で何を学んだのかを聞いていた。でもあまり教えてもらってない。


 ルーベル家が卿家に指定されたのはガイの祖父の代。ガイは煌護省の事務官、それでロイは地区中央裁判所の事務官。

 煌護省が何なのか分からない。裁判所は知っている。悪い人への罰を決めるところ。

 ロイは21歳。小等校はどこで中等校はどこ。高等校はどこと続く。お経みたいで少し寝てしまった。

 16歳元服で今の職場の研修生になり、18歳で正式採用。

 抑揚のない声で、難しい響きで、また眠くなる。全く覚えられる気がしない。

 趣味は剣道なのは覚えた。兄と同じだ。


「高等校で学んだなんて、なんとまあ立派な方で。卿家という時点でそう思っていました」

「ほんになあ。それでうちのリルを嫁になんて……」


 父と母がほぼ同時に私を見る。顔に「なぜうちの娘?」と描いてある。

 とびきりの美人なら格上の家に見初められることもあるにはあるという。

 しかし私はそこそこ美人の母ではなく、残念ながらのっぺり顔の父親似に生まれた。そして貧乏竹細工職人の娘である。なぜ私?


「そちらの息子さんから家事も子どもの世話も得意と聞いています。健康で風邪ひとつひかないと」

「うちの息子ですか?」

「息子はそちらの息子さん、ネビーさんと同じ剣術道場で習っています。彼から妹さんがそろそろ嫁に行くと聞きました。それで聞いて、調べて、条件が合うと」


 それで私。なぜ私? 同じ家柄、卿家の娘ではないの?


「リルさんを自分のお嫁に下さい。ご検討よろしくお願いします」


 ロイが頭を下げて、ガイも続く。


「検討も何も、むしろ嫁にもらって下さい。卿家の嫁なんて、そんな贅沢で幸運な縁談は2度と来ません」

「そうです。娘をよろしくお願いします」


 両親が深々と頭を下げる。畳におでこがつくぐらい体を曲げた。母が私の頭を手で押さえたので、慌てて私も頭を下げる。

 決まってしまった。私の結婚はこうして決定。これが噂のお見合い。なんか、思っていたのと違う。

 大した服は持っていないけど、近所の人に良い着物を借りて、年に1回するかしないかの外食をして相手とお話をすると思っていた。

 というか、姉の時はそうだった。今日のように親同士が話をして、お見合いして何回か会う。


 こうしてルーベル家と苗字すらない平民のうちの結婚話は淡々、淡々、淡々と進んでいった。

 というより全部相手任せ。来週、当人同士と互いの両親で顔合わせと結納。場所は隣街の料亭。

 その後3ヶ月間、私はガイと奥さんの知人の旅館で読み書きや家事などの花嫁修行。勉強は嫁いでからも義母から学んでいく。3ヶ月後の大安吉日の日に、ルーベル家で結婚式と披露宴。

 私はルーベル家の嫁なのでうちの問題その他をルーベル家は基本的に背負わない。しかし、あまりにも困っている時は援助を検討する。

 新しい生活、異なる文化には我慢して慣れる努力をして欲しいけれど、明らかにルーベル家に落ち度があれば実家に帰って良い。(両親には帰ってこられても困る。帰ってくるなと言われた)


 お見合い当日の夜、私達家族は御申込の熨斗のしがついた箱をぐるりと囲んだ。


「まさかあのロイさんがお前を嫁に欲しいとは。身分も違うし、無口で黙々と稽古に励む方で、ほとんど話をしたことがない」

「でも兄ちゃん、リルのことを聞かれたんでしょう?」


 兄と姉の会話に耳を傾ける。


「ああ。先日、妹さんがそろそろ嫁に行くと聞いた。本当ですか? そのくらいだ」

「それで調べて、条件が合うか確認して……リルを?」


 母が私を見つめる。父もそう。兄も姉も妹達も。


「家事は出来るけど、ぼんやりして、あまり喋らない大人しい娘で良いのかねえ」

「母さん、逆だろう。黙って家に尽くす嫁が欲しいということだろう」

「覇気がない、元気がないと長屋では評判が良くなくても、まさか卿家では良い評価とは。嫁の貰い手がなくて困っていたのに、こんな破格の縁談。リル、良かったねえ」


 そうなのか。私、評判が良くなかったのか。誰ももらってくれそうになかったのか。

 確かに今日、失恋したばかりだ。憧れに近いほんのりの恋が散ったばかり。


「姉ちゃん、良かったねえ」

「姉ちゃん、早く開けてみて」


 良かったのか。そうだな。私は「御申込」の紙をゆっくり剥がし、白い包装紙も丁寧に剥がした。折り畳んで箱の横に並べる。綺麗な字。私に「御申込」なんて大切な紙だ。


「姉ちゃん遅いよ。いつもそう」

「早う見たいのにモタモタしないで」

「早く早く」

「ごめん」


 妹達に早く早くと急かされる。私は両手で箱の蓋を開けた。


「まあ……」


 箱の中身はかんざしだった。2本足はピカピカの銀色。飾りは青色の鬼灯ほおずきが2つ。白銀に輝く葉もついている。

 透ける漁火いさりびの中に、深い青色の玉がある。簪の上に、細い紙が乗っていた。

 何か書いてある。とても美しい文字。私は紙を手に取り、兄に差し出した。


「兄ちゃん、何て書いてあるの?」

「えーっと、うーんと魔……を除けし……幸……照らす青鬼灯だとよ。はあああ、達筆だな。さすが卿家の跡取り息子」

「魔除け。幸照らす」


 私は両手で簪を持ち上げた。


「鬼灯なのに青いのね。きれい……」

 

 結婚の申し込みにこのように高そうで美しい装飾品なんて凄い。


 そう思っていたら、翌日結納用ですと美しい着物、帯揚げ、帯、帯紐、足袋、下駄まで届いて衝撃を受けた。

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