異世界科っ! ~異世界を教える学校~

柴田柴犬

第1話 この学校、異世界科あり

 高校入学したての春の教室。ぽかぽかな昼下がりの陽気は、俺を夢の世界へと誘いそうになる。そんな時、


「こおら! 寝ちゃだめだよ。衛侍えいじ


 隣の席の幼馴染からそんな注意を受けてしまった。


月奈つきな………。それはな? この春の温かさが悪いんだ。俺は無ざ――」

「だから寝るな!」


 俺を叩き起こすため、定規を投石器の様にしならせ、消しゴムを弾丸に変え、俺のこめかみを狙撃しようとしているツインテールの茶髪娘の横暴に屈してはならないと鉄の意志を持って瞼を閉じる。

 ……が、その行為は一秒で無に帰してしまった。


「いってええ……」


 月奈の狙撃は見事に俺のこめかみに的中し、思わず声を出してしまう。


「はい、そこ! 話はちゃんと聞きなさい! この学園の説明をしてるんだから、ちゃんと覚えること!」


 担任の先生からも注意され、これ以上はマズいとウトウトしながら、何とかその時間はを凌いでいた。



 放課後になり、俺はいつも通り帰宅する準備をしていた。


「じゃあねー。また明日もよろしくねー」


 そう言って手を振ってくるクラスメイトに手を振り返す。


「おう。また明日な」


 鞄を持ち、教室を出て廊下を歩く。


「じゃ、帰ろっか」

「だな」


 月奈とは家が隣同志なので、今後違う部活に入らない限りは一緒に帰る事になるはず。玄関で靴を履き替え、家に帰る途中。


「まったく……もう高校生なのにそのシャキッとすれば良いでしょ? せっかく同じ高校に入ったのに」

「仕方ないだろ。春の陽気が悪いんだ」

「何よそれ?」

「知らん」


 そんな会話をしながら歩いていると、前からチャラそうな男達が歩いてきた。


「おっす! 久能くのうじゃん! これから帰りか?」

「ああ、そうだけど?」


 確かこいつも同じクラスの……古村君とあと数人。名前はまだ覚えていない。


「そっちの娘は彼女さんかい? 羨ましいねぇ~」

「ちげぇよ。ただの幼馴染だ」

「ふぅん。まぁいいや。今度紹介してくれよ。俺の頭じゃ高校なんて無理だと思ってたけど入学できたんだ。せっかくだから仲良くしようぜ!」


 意外と気さくに話しかけてくる古村君にこちらも……、


「そうだな。試験がなくて適性だけで入学できる学校とか日本じゃここだけだしなあ……」

「おいおい、そこは否定しろよ。悲しくなっちゃうぞ」

「事実だしな……」

 そんな事を話していると、


「もう……。入学試験はないけど、中間試験と期末試験はちゃんとあるんだから、勉強しないと留年するよ?」


 月奈が呆れながらだが、さりげなく俺達に注意を促している。なんだかんだで面倒見は良いのだ。


「へいへーい。分かってますよっと。んじゃな~」


 古村君は手を上げて去って行った。


 その後は特に何も起きず、無事家に辿り着く事ができた。


「じゃあ、また明日! 朝迎えに来るから寝坊しないでね」

「はーい」

「それと明日から本格的に授業が始まるから、ちゃんと予習すること」

「お前はおかんか!?」

「言われたくなかったら、わたしのノートは当てにしないことね」


 そんな憎まれ口を叩いて月奈は『神咲かんざき』と書かれた自分の家に帰って行った。


 夕食を食べて、風呂に入って部屋に戻りスマホを弄りながら、入学した『国立佐文学園』について思い起こしていた。帰り道、古村君とも話していたが、この学校は入学試験はなし。必要なのはとある適性であるらしい――

 そこまでで、俺の意識は夢の中へ落ちて行った。


 翌日、俺は朝から月奈によってベッドから叩き落されていた。あまりにも見事な不意打ちだったので、部屋の床に顔面から突っ込んでしまった。


「おはよう衛侍! ほら早く準備して! 遅刻したら怒られるわよ!」

「……。月奈……、もう少し優しく起こせないのか? 顔が痛い」

「私は衛侍を起こすためにここに居るんだから、これが最善の起し方なの!」


 そう言いながら月奈は俺の部屋から出て行き、台所へと向かって行く。


「おばさん、おはようございます。朝食は今から寝坊助の口に詰め込みますから」

「……俺は食事を味わう時間もないのか!?」

「あら? あとに二分以内に食べないと遅刻するわよ? エネルギー補充できるだけありがたいと思ってね」


 にこやかにうちの母親に挨拶しながら、恐ろしい事を口にする月奈だった。


「……鬼め……」

「なんとでも言ってちょうだい。さっさと食べる!」

「……はい」

「二人共、高校生になっても仲が良いわね~」


 母さんがほんわかな雰囲気でそんな事を口走っていたが、朝食をフォアグラの如く俺に詰め込もうとする女子と虐げられる俺を見て、そういった感想を持つのは理解できない。


「ご馳走様です!」

「はい。お粗末さま」


 どうにか朝食を平らげ、身支度を整えて、学校まで全力ダッシュでひた走る。


「うおおおおお!」

「朝から元気じゃない。あと五分で校門が閉まるわよ!」

「マジか!?」

「だから急いでるんでしょ? ほら急ぐの!」


 月奈は走りながら俺の背中をバンと叩く。その衝撃で少しだけスピードが上がった。


「これで間に合うか?」

「ギリギリセーフね」


 何とか間に合い、教室に滑り込む事に成功した。


「はぁ……、疲れた……。俺の今日の務めは終了した……。月奈、後は頼んだ……」

「なわけないでしょ! 最初は古文の授業だから準備する!」

「……はい」


 月奈に叱られながらも席に着き、教科書を取り出す。そして予鈴が鳴ると同時に、担当教師が入ってくる。


「さて、古文の授業の前に、皆さんは神隠しというものを信じますか? ヨーロッパではチェンジリングとも呼ばれている現象です」

「えー? ほんとにあるのー」

「そうだよねー。いくらなんでも……」

「けどさ……。この学校って噂では……」


 などなど、各々が好きに意見を口にしていた。


「まあ、確かに非現実的な話ではありますね。けど、実際に行方不明者は出ているのです」

「先生、それ本当ですか?」

「それもずっと昔からですね。さて、その証左をこれから見てみましょう。まず教科書の10Pを開いてください」


 そう言われて生徒達はページを開く。そこには見た事の無い文言が載っていた。


「さあ、そこの君、読んでくれますか?」


 指名された生徒は、教科書を読み上げていく。


「ええと……、”見しためしなき絢爛な室に佇めり。そこには偉からむ者ゆかしくこなたを見たり。その者が、ますらおよ、よく参られき。いで、すていたすおおぷんとののしりてみよ”」

「皆さん、この現代語訳は分かりますか?」


 ……全く分からない。

 というか、教科書に載っている文章がおかしい。こんな意味不明な言葉が書かれているなんてありえないだろう。


「普通は分からないでしょう。これはですね……。”見たことない絢爛な部屋に佇んでいた。そこには偉そうな者が興味深くこちらを見ている。その者が、勇者よ、よく参られた。さあステータスオープンと叫んでみよ” という訳になります」

「「「「…………………」」」」


 クラス全員が無言だった。だが更に先生は説明を続ける。


「この記録は昔々、異世界召喚されて、その世界からこの日本に帰還した人の記録と言われています。そして、その様な記録はこれだけではなく、かなりの数が見つかっています」

「「……」」


 再び沈黙が続く。


「そして、皆さんは異世界召喚される可能性のある者として、この学園への入学をしています」


 そう、先生の言う通りなのだ。この学校に入学する条件。それは『異世界へ召喚される可能性』なのだ。

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