前日譚 小春日和前 二、山峡を飛ぶ
前日譚
◉登場人物、時刻
???? 主人公。今回も出番なし。
〈戸田方〉
戸田高雲斎 中堅國人衆。棟梁家の血に
連なる。
大久保六郎兵衛尉 高雲斎家臣。
この二人は主人公ではありません。
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前日譚
馬に
しかし、妥協なき絶対善の
中世、人々はそこまで追い詰められていた。
流れる河の
……一人でも取り逃したら、それでお仕舞い。そんな危うい綱渡りは、今のところ順調に進行している。
南武は強い。
奴らはこの國では棟梁家に次ぐ勢力を持っていると認めざるを得ない。一國人衆であるにも関わらず、外の國とも付き合い、なにより“
南武の力の源泉は
しかし、もちろん妖術でも呪術でもない。
南武の力の源泉は
また、他國者と商売をする上で取り決めを
次に『山』だ。その険しい山々は天然の要塞として攻める者を
それだけではない、
稲作に向かない土地は他の活用法を見いだすしか無いが、畠にすら出来ない土地では草地を利用して、牧が営まれていた。その歴史は古く、この一帯は古来から優れた名馬を産み出す
その上、山からは金・銅などを産み出され、生活を豊かにし、鉄を産出して優れた刀・槍・
最後にこの一帯が宗教上の一大霊場である事だ。『教え』は人の心の支えになる。そこに住む人々に“秩序“をもたらし、
それは別の価値観への
また、この“回廊”を商人や職人の他に
そして南武は最も身近な有力
寺は日の本でほぼ唯一の学問の研究機関*5であり、それらには所領を統治するための方法論など
『道』『山』『教え』。
『米』、言い換えれば武士が最も大切にする『土地』に頼らない武士。それが今、オレが
…………近習の者が矢をヒョォッと放つ。木の上からドサッと人が落ちて来る。木の影から百姓姿の男が走り出し、あっという間に
南武にも弱みはある。
奴らの強みのうち『道』に関しては、回廊の出口の“ある程度の領域”をこちらで押さえれば、金や人はこちらにも流れ込んでくる事になる。富の独占が崩れて、南武は弱体化する。
回廊に入り込んでしまえば、『山』の富を横から
回廊内のある程度の領域を奪い、難所に
今、南武のような強い勢力と正攻法で争い続ければ、双方病み疲れるだけだ。それでは“利”がない。やるならば強引でも一瞬で勝負を決める“
元々、戸田は水害に
そのためには…………
ベロリと舌舐めずりをする。
…………この策を成功させなければ。
息が荒くなる。
例えば、あの山を回り込んだ向こうに槍と弓とで待ち構えられていたら…………
ブルリと震える。そうなったらオレの命すら危うい。これは
だが、それがいい。ゾクゾクと背筋に虫が這い回るような危うい快感。喉がカラカラに渇き、背中にジットリと冷たい汗をかく。足元から地面が喪失し、宙に浮くような心持ち。
オレは今、
やめられねぇ、やめられる
伸るか反るかの大勝負!命の賭かった大博打よ!せめてド派手に賭けてやろうじゃ無いの!
殿の策にはいつも苦労させられる、口にも
全くどうしてこういつもいつも、危うい橋を渡りたがるのか……
騎馬武者四十騎を預かり、先陣を任されたからには敵の先陣を崩して押し込まなければならない。後続の殿の本隊、八十一騎を決戦兵力として敵本隊に叩きつける為の道を開く。我が軍は準備不足の進軍で、物見の報告すらまだ戻らぬ有様だが、こちらより少ないということは無いだろう。中々骨が折れる。
…………それにもう一つ仕事がある。
考えたくは無いが、敵に奇襲を気取られていた時。敵が然るべき地点で槍と弓とで待ち構えていた際は、命を的にして何とか殿の本隊を逃さなければならない。そんな事になって欲しくは無いが……
背筋がゾクゾクする。喉は乾くし、世界はグラグラ揺れている。背中に冷たい汗をかく。顔が熱くなり、上気している。手を開いたり閉じたりしてみる。握る。
……不思議と悪くない。苦笑する。結局、私もあの殿に毒されているのだ。
山を回り込み、もうすぐ視界が開ける。天国か地獄か、それともまだこの“どっち着かず”が続くのか?答えはすぐそこにある。
南無八幡大菩薩。
どうか殿の
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※1【
高くけわしいこと。または、そういう場所。
※2 【
通路として狭い、進行上の難所。
※3 【
モデルは鎌倉公方やその後身の古河公方。また、堀越公方。室町幕府の関東支配のために置かれた出張機関ですが、堀越公方はともかく鎌倉(古河)公方は、実質的に反抗する力を失うまで、ほぼ代々、本家の室町幕府将軍に謀反を起こし、それに起因する乱の数々は、畿内より早く関東に戦国時代をもたらした、と言われています。
堀越公方足利政知も応仁の乱後に義澄(十一代室町幕府将軍。十三代義輝、十五代義昭はこの系統)を本家に送り込んでいるため、似たようなものと言えるかもしれません。
*4【
都はみやこ。鄙はひなびた場所(田舎)。
『都と田舎の両方』という意味で、今で言う“日本国中”という意味で使う事が多い言葉です。
*5【日の本でほぼ唯一の学問の研究機関】
中世の寺社は『徳政思想』(徳のある政治をしようという政治運動。借金棒引きの『徳政令』は元々、その一部でした)による寄進により、下手な武家や公家より広大な荘園を持っていた為、それを管理する技術を持った荘官(
これは計算・経理・管財、土木技術、農業技術などを教える当時ほぼ唯一の専門機関で、そこで養成された荘主はとても優秀で、武家領や公家荘園にも貸し出される『人材派遣業』的な業務も行っていました。
今川家の太原雪斎、毛利家の安国寺恵瓊、徳川家の以心崇伝、南光坊天海など大名家のブレーンに禅宗を始めとした各宗派の僧侶が多いのは、外交僧(僧侶は権力から独立している建前〈『無縁』〉を持っていたため、どこにでも
*6 【
城や砦のこと。
*7【
人をだますこと。
*8【
当時、賭け事はどこにでも見られましたが、多くの施政者はこれを非常に問題視しており、場所によっては死刑や追放刑、もしくはその両方など非常に重い罰則を課していました。村から「(逃亡したので所在不明だが)村からバクチの
…………八幡様に何てこと祈っているんでしょうか、この人は。
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