第36話

 状況は分からないが、涙目の天薇を家の中に入れる。

 すると当然リビングにいるお方と鉢合わせた。


「……だれ?」

「……」


 どう説明したものか。

 俺と杏音の関係性を表す言葉なんて、同じ高校の先輩後輩の仲とくらいしか言いようがない。

 友達でもないし、間違っても彼女ではないからな。

 ただ天薇は当たり前の言葉を口にする。


「おにいちゃんの、彼女……?」

「違うよ」


 反射神経抜群。

 考える間もなく杏音は天薇に返した。


「私は悠の友達」

「友達!?」


 声をあげたのは天薇ではない。


「なに、嫌なの?」

「そういうわけではないですけど、杏音の口からそんな単語が出るとは」

「……仕方ないでしょ」


 恋愛恐怖症などという単語を一々説明するのは面倒だ。

 そしてそんな事をしている最中に芽杏が風呂から出てくれば状況は難化。

 まぁ友達だと言うのが一番丸い収め方である。


「友達が夜に……?」


 しかし天薇は納得していない様子。

 訝しげな顔で俺と杏音を行ったり来たりしている。

 まったく、何故こんな面倒なタイミングでやって来るのか。

 間の悪い奴だな。


 とかなんとか思っていると、脱衣所が開く。


「あぁ~スッキリ~♪ ってあれ?」


 呑気に鼻歌を歌いながら出てくる芽杏。

 濡れた髪がエロいだとか、ふざけた事を考える余裕はない。


「え、誰この可愛い女の子! こんばんは」

「こんばんは……」


 ガンガン距離を詰める芽杏に天薇は人見知り全開。

 俺のズボンの裾を掴み、問い詰めるような視線を向けてくる。

 はぁ……


「この可愛い子は俺の妹の天薇」


 とりあえずそう説明する。

 そして今度は天薇に二人を紹介した。


「このおっぱいがデカいのが夜月芽杏。俺の友達だよ」

「サイテーな紹介ありがと。きっも」

「それでこっちのそうでもないのが芽杏のお姉ちゃんの夜月杏音。今日はテスト前の勉強会をしてただけだ」

「……」


 話の進行が滞るのを嫌ってか、杏音は口を開かない。

 ただ凍るような視線を投げかけてくるだけだ。

 ごめんね。つい口が滑っちゃった。

 俺もテンパっているので多少変なことを言ってしまう。


「邪魔してごめん……」

「いいんだ。何かあったんだろ?」


 聞くと天薇は思い出したかのように目を潤ませる。


「……えっ、えぇぇ」


 俺の胸に顔をくっつけて泣き始める天薇。

 どうしたものかと目の前のJKらに視線を向けた。

 しかし彼女らも困っているらしい。

 二人して似たような曖昧な笑みを浮かべただけだった。


「芽杏、ちょっと出よ」

「あ、うん。そうだね」


 杏音は空気を読み退場を選んでくれた。

 家族水入らずで話せという事か。

 頂いた機会はありがたく使わせてもらおう。



 少しして、天薇は俺から離れた。

 長時間も立ちっぱなしで兄に泣きついていたからか、若干気まずそうだ。


「今日ここに来てるのは姉ちゃんとかお母さんとかは知ってるのか?」

「うん。っていうか、お姉ちゃんと喧嘩してこっちに来た」

「喧嘩?」

「うん……」


 もじもじと手を弄り始め、なかなか口を開かない。

 言葉を整理しているのだろうか。

 考えてはまた泣きそうになり、そして俯くというのを五回くらい繰り返した。


「ゆっくりで大丈夫だから」

「うん」


 俺の言葉に安心したのか、天薇は話し始めた。


「好きな人が他の女の子と付き合い始めちゃった」

「あぁぁぁぁっぁぁぁ」

「え?」

「ごめん気にするな」


 俺の奇声に反応する彼女に先を促す。

 それにしてもまたハードでタイムリーな話題を……


「それでね、家で落ち込んでたんだけど、お姉ちゃんに些細な事で怒られて……そこでついカッとなっちゃって言い返したの」

「うん」

「私が悪かったのは分かるけど、イライラしてて。だから喧嘩になった」


 まぁイライラしてるときは自分に非があろうと言い返したくなるよな。

 特に失恋のイライラは、正直仕方ないとしか言えない。

 少なくとも俺には。


「喧嘩のうちに好きな子取られたって話をぶちまけちゃって。そしたらお姉ちゃんに『告白しなかった天薇が悪い。傍観してて取られるのは当たり前だし、それで身内に当たるのはやめて』って言われて……」

「なかなか辛辣だなあの女」

「それでお姉ちゃんなんか嫌いって叫んだら『同じビビりの悠の所にでも行けばいいでしょ』って言い返された」

「それに売り言葉に買い言葉でうちに来たのか」

「うん……学校休んでいいからちょっと頭冷やせって」

「ふぅん」


 ちょっと優しいんだな。

 それがあの姉か。


 まぁただ、状況は掴めた。

 そしてこの子が危ういライン——俺と杏音が仲良くしているテリトリーまでやって来そうな勢いであるということを。


 食い止めなければいけない。

 杏音が俺にしてくれたように、俺もこの子が闇落ちしないようにフォローしてやらないと。


 ただ肝心な話で。

 俺はこういうフォローの仕方が良くわからない。

 仕方ないか。


「天薇」

「なに?」

「今の話、さっきのお姉ちゃん達にしていいか?」

「えっ?」

「悩みはみんなで考えた方が楽だぜ? それに俺なんかよりよほど頼りになる人たちだ」


 逆に好都合だったのかもしれない。

 杏音たちがいるタイミングで来てくれてよかった。

 俺一人ならお手上げだっただろう。


「はずかし……」

「大丈夫だって。あいつらは笑わねーから」

「ほんと? でも二人とも可愛かったし、失恋なんて経験ないんじゃ」

「聞いて驚け。どっちも絶賛失恋中だ」

「……なんか嫌な笑顔」


 妹に顔を悪く言われて涙目になる俺。

 俺の事まで抉らないでもらっていいですか?

 一緒に泣いちゃうぞ?


「じゃあ呼ぶけど大丈夫か?」

「……うん」

「よし」


 こうして俺は孤高魔女を呼び戻した。

 ついでについ最近彼氏を失ったJKを。

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