第27話
心に決めた。
俺はついに決めた。
自分の身の振り方を、ついに決心したのだ。
「小倉と芽杏の仲を取り持ち、これ以上ないまでのラブラブカップルにしてやろう」
こんな考えに行き着いた理由は自分でもよくわからない。
でも口に出すと至福感に包まれる。
なるほど、これが自分の善行に酔う感覚か。
ははは。偽善者だ何だと好きに言ってくれて構わない。
もう俺は迷わない。このまま突き進むぜ。
さて。
小倉に芽杏との話し合いの機会つくりについては俺に任せろと言った。
まずは俺が芽杏と話さなければいけないな。
どんな文面を送ろうか。
いきなり『明日小倉と話し合えよ、どこどこに何時に来い』なんて言うのはご法度だ。
そんなの言わずもがな。
それでも小倉が直接殴り込みに行くよりはマシだろうが、要するに直接的表現はよろしくない。
オブラートだ。
あの薄くてちょっと口の中に残るヤツを一枚かませる必要がある。
というか、アソパソマソグミのオブラートって小さい頃に一度は食べて良いものか躊躇ったことあるよね。
……そんな事はさて置き。
芽杏は現在傷心中。
あれからどのくらい気持ちに整理がついているのかはわからないが、小倉という単語は出さない方がいいかもしれない。
となれば残された手段はただ一つ。
「ちょっと騙すか」
いや、最低なことであるのは事実だ。
そんなことわかってる。
でももうそれでしか正せない!
いつかそれが認められて、正義に変わるまで……俺はッ!!
脳内に両手を広げて振り返る新世界の神が浮かぶ。
真面目な話、もう俺が芽杏に嫌われるだとかはどうでもいい。
正直嫌ってくれたら幸せかもしれない。
姉の言葉じゃないが、俺はこれ以上あいつらの恋愛相談に乗っていると心が壊れてしまいそうだから。
杏音と二人並んで、一緒にドブに落ち込むのはごめんだ。
「これで最後だ」
俺は今回彼らに仲直りの場をセッティングするという勤めを終え、そして完全に彼女らのラブコメからは退場しようと思う。
邪魔者は不要だろう。
俺みたいな臆病で卑屈な人間は、まぶしいあいつらには似合わない。
「何考えてんだか。元からあいつらの眼中に俺はねーよ」
ボソッと呟き、自嘲気に笑う。
正面にある真っ暗な窓に反射する俺の顔は、何故かやけに見覚えのある表情をしていた。
こんな悲しい笑顔を浮かべてる奴なんていたっけな。
まぁいいか。
それにしても、一人でこんなことを考えてるなんてな。
なんだかんだ芽杏の事がまだ好きだったのかもしれない。
既に恋愛感情なんてよくわからないけど。
萎えるな俺。
芽杏との友人関係が無くなってもいいじゃないか。
むしろ失恋を忘れるきっかけにもなるかもしれない。
今までは距離感が近すぎたから、こんなに恋心を掻き回されていただけかもしれない。
うん、そうに違いない。
きっと小倉と芽杏と関わらなくなったら、今度は新しい人間関係が俺にも築かれるはず。
始まっちゃうのか? 宮田悠の学園ラブコメが!
考えをシフトさせると案外楽しそうだ。
まぁ彼女らとの縁が切れれば、自然と杏音とも話さなくなるだろうが……
ってなんで少し寂しそうなんだ俺は。
あんな女と絡んでもいい事ないだろ。
チッ、一緒に居る時間が長いせいで脳がおかしくなってきてた。
全部あの魔女のせいだ。
「やめだやめだ。メッセージ送ろ」
雑念を振り払い、直感でメッセージを送信。
長く考えると送るのに躊躇ってしまいそうだから、あえて無心で適当に送った。
そして返信はすぐに来る。
「小倉には既読すらつけないって言ってたのに」
俺が送ったのは『冬休み課題むずいから教えてくれ。明日の13時に図書館で』という簡素なメッセージ。
それに対して芽杏も『うん。わかった』との返信だ。
ちょっと前ならこの返信にいちいち、『芽杏って俺の事好きなんじゃ? もしかして付き合える!?』なんて一喜一憂していた。
ふっ、まだ若かったな。
何はともあれ場のセッティングは成立した。
後は小倉にどうにかしてもらおう。
彼にも『13時の図書館にデカパイ女を召喚』と連絡しておいた。
勿論直後に通話でキレられた。
デリカシーってのは大事だね。ごめんちょ。
‐‐‐
図書館は俺の家から少し遠い。
というのも学校を超えて真逆の方角にあるから。
要するに芽杏の自宅からはかなり近い距離にある。
自転車をしゃーこががががと漕ぎながら、俺は優雅に風を受ける。
チェーンにオイルはさしておきましょう。
図書館の敷地に着いてすぐ、外から館内に芽杏の姿を捉えた。
この前のデートの時と違ってスキニーではなく、少し地味なモノを履いている。
上も学校指定の普通のコート。
それだけでこの前のデートの時はおめかししていたことが伺える。
そして俺と会うには着飾る気がないのがよく分かった。
別に悲しくなんか……いや、正直悲しい。
「よう」
「準備は良いか?」
「あぁ」
適当に会話をしつつ、駐輪場で小倉と合流。
彼は芽杏とは真逆に髪もセットし、本気のスタイリング。
勝負に来ているのが目に見えてわかるイケメン最終形態だ。
多分右腕を倒しても左腕が蘇生とかしてくる。
ちょっと予備知識が必要なタイプのラスボスだ。
厳かなイケメンはそれだけ放つオーラも異常であり、館内に入るとすぐに周囲の客(主に女性)の視線を掻っ攫う。
そしてそれは当然芽杏も。
「宮田……と、なんでいるの?」
「会いたくてさ」
「……」
爽やかに笑いかける小倉。
俺が女なら確実に無意識笑顔の抱いてください状態になるんだが、芽杏はフリーズしていた。
小倉は俺にしか見えない位置の左拳を色が白くなるほど握りしめている。
「ちょっと外来いよ」
館内で痴話喧嘩は迷惑なので、俺は外のベンチを指す。
黙ってうなずく二人を連れ、移動した。
「なんで小倉がいるの?」
着いた途端、座りもせずに芽杏は口を開く。
「二人きりで勉強会なんて言った記憶ないぞ」
「……ッ!?」
物凄い抗議の視線。
言ってることが無茶苦茶なのはわかる。
俺最低だもん。
「なんのつもり?」
「お前らがすれ違ってるから、元の道に戻そうと思って」
「……なにそれ」
「話し合いが足りてないんだよ。芽杏も小倉も、俺を介して相談ばっかするんじゃなくて当人間で話し合え」
「……」
黙る芽杏。
彼女はそのまま俺と小倉を交互に見る。
そして。
「わかった。そうだね、ありがと」
「感謝されることはない。お前を騙したのは俺だ」
「そうさせたのはあたし達でしょ?」
「……」
俺を善人にするのはやめろよ。
もっと、悪意をぶつけてくれて構わないのに。
っと、ダメだダメだ。
俺が考え込んでどうする。
この場に、彼女らの未来に俺は邪魔過ぎる。
あたしゃさっさとドロンしますぜ。
「じゃあ」
「うん」
「ありがとな」
目も合わせず、俺は背を向ける。
するとすぐに二人のちょっとした笑い声が聞こえ始めた。
「……はは。よかったよかった。これでみんなハッピー、トゥルーエンドって奴だなぁ」
やけに冷たい風を頬の一部分だけに受けながら、俺は自転車を走らせて帰った。
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