第23話

 芽杏との二人きり。

 何という事ではない。

 以前学校ではよくあったシチュエーションだ。

 だが気まずそうに目を合わせない芽杏を見れば、状況が全く違うことは一目瞭然。

 どうしたものだろうか。


 これも杏音の計らいなのだろうか。

 俺と芽杏を二人きりにして、またおかしなことを企んでいる可能性が高い。

 懲りない人である。


 手に持つペットボトルだけ異常に温かく、じんわりと指先が痺れるような感覚に襲われる。

 心臓の音がやけにうるさい。

 いつもそうだ。

 俺は肝心な時に勇気が出ず、ビビって逃げてしまう。


 くそがよ。

 カップルが大嫌いで、恋愛を匂わせる万物が嫌いなくせに、なんで俺には恋愛を押し付けてくるんだ。

 なんで芽杏とくっつけようとしてくるんだ。

 なんで恋愛恐怖症の克服にここまで手を貸してんだ。

 おせっかいなんだよ、メンヘラ女が。


「小倉とはどうなんだ?」

「……いきなりそこ突いてくるんだ」

「……」


 確かに不躾過ぎたかもしれない。

 だがしかし、回りくどくてあまり傷を抉らない話のフリなんて俺にはわからないのである。

『まぁ宮田っぽいかも』と乾いた笑いを漏らす芽杏は、スマホの画像を見せてきた。


「……楽しそうだな」

「出てくる感想それだけ?」

「……」


 映し出されていたのはSNSのアプリ。

 男女六人組のグループが、ボウリングをしている写真だった。

 その中には笑顔の小倉と堤紗樹の姿もある。

 当然芽杏の姿はない。


「何考えてんのかな」

「別に小倉のアカウントで発信されたものじゃないだろ」

「でもこんなことになった直後に、その女子と遊んでる写真をあげさせる!? っていうか遊びに行く!?」

「……」


 俺ならしない。

 そんな危険地帯に遊びには行かないだろうし、きっと先に芽杏との話をつける。

 そして恐らく杏音も同じ行動をするだろう。


 でも。


「友達付き合いってのもあるからな」

「……宮田もそんな事言うの?」

「まぁな」


 宮田もって言うからには前に杏音か誰かに相談していたのだろう。

 尚更今の時間は杏音が故意的に作り出した可能性が高い。


 まぁそれは一旦さておき、だ。

 こいつらの関係は、俺や杏音にとってみればおかしな点がいくつかある。

 小倉が芽杏との話し合いをはっきりさせずに、堤紗樹との仲を優先しているのに違和感を覚えるのもあるが、他にもたくさんある。


「別に一対一で会ってデートしてたわけじゃないだろ」

「でも……」

「お前も今同じ状況じゃないか」


 そう、芽杏は他人の事を言う資格がない。

 現在小倉を勘違いさせた俺と二人きりでいる。

 これは浮気と取られても弁解の使用がないだろう。


「お姉ちゃんに連れてこられただけだもん」

「小倉もそうかもな。友達の誘いを断れなかったのかも。ほら、あいつ誰にでも優しいじゃん、そういう所が好きだったんだろ?」

「……」


 自慢じゃないが俺は性格が悪い。

 どこぞの孤高魔女といる時間が長いせいで感覚が狂いそうになるが、俺とてレベルの高い拗らせメンヘラ男子だ。

 小倉はそんな俺とでも分け隔てなく仲良くしてくれるような奴である。

 彼の美点はそういう所だ。

 いわゆるコミュ力って奴だな。


「お前らは極端に会話して無さ過ぎなんだよ。お互いにもやもやしてるくせに、恥ずかしがってロクに話し合いもしやしねぇ。相談される俺の身にもなってみろってんだ」

「ちょっと待って、お互いにもやもやって何……?」

「……なんでもない」


 これ以上は当人間で話し合う次元だ。

 って、だからなんで俺はこいつらの恋愛相談に乗らなければいかんのだ。

 俯くと視界が異様に狭まる。

 頭に血が上っているのがよくわかる症状。


「大丈夫?」

「何が?」

「顔色悪いし、ちょっと顔怖いよ?」


 言われて自分の頬を触る。

 ペットボトルに温められた手が、燃えるように熱く感じた。

 と、さらに右目の辺りが痙攣していることに気づいた。

 ストレス負荷を上げ過ぎたかもしれない。

 明日は筋肉痛不可避だな。心の筋肉痛だ。


「ごめんね。宮田もお姉ちゃんとの恋愛に集中したいよね。あたしなんかの相談に乗ってもらっちゃって」

「……気にすんな」

「あのさっ! あたしでよかったら相談乗るよ。ほら、お姉ちゃんの事詳しいし!」


 謎テンションで盛り上げようとしてくる芽杏。

 若干いつもの調子に戻ってきたことに安心する半面、俺が気を遣わせている事実に情けなさも感じる。

 そして何より、俺は杏音の事が好きではない。


「じゃあスリーサイズでも教えてくれよ」

「きっも」

「それならカップ数だけ」

「……」


 しんみりした雰囲気をぶち壊す俺に、芽杏はジト目を向ける。


「Cだよ。Bよりだけど」

「ふぅん」

「何その反応。お姉ちゃんの事好きなんでしょ? せっかく好きな人のサイズ知れたんだから、もっと喜んだりしなよ」

「わーいッ!! 杏音はCカップだぁ~! うれしいなっし~!……これでいいのか?」

「マジキモいね」


 自然なキモいを引っ張り出したところで、俺は満足げな笑いを漏らす。

 やはり芽杏にはこういう態度でいてもらわないとな。

 調子狂いまっせ。


「なんでニヤニヤしてんの。あたし、真剣なんだよ?」

「杏音の胸の話に?」

「違う! なんでそう、宮田は茶化すの!?」

「そりゃ話したくないからだ」


 平然と言ってのける俺に、言葉を失う芽杏。


「俺はお前と違ってお前に恋愛相談をする気はない」

「……」


 何が悲しくて好きだった人に、今好きでもない女との話をしなければならないんだ。

 わけが分からなすぎるだろ、そんなの。

 カオスが売りな学園ラブコメでさえ、ここまで気持ち悪く入り組んだ設定の作品はないだろう。


「そっか、迷惑だったよね」

「あぁ迷惑だな」

「……」


 突っぱねるような事ばかりが口をついて出る。

 またも気力を失った芽杏が呆然と辺りを見渡した。

 見ると先ほど参拝列で俺達の一つ前にいたカップルがいた。

 仲良く手を繋いで歩いている。


『いやぁーおみくじ最高でしたね。二人とも大吉ですって』

『涼太って案外子供っぽいね。おみくじごときで浮かれるなんて』

『ごときとはなんですか。神様に呪い殺されますよ? 借り物競争の神様にね』

『また変なこと起きるの? でもそうなったら面倒被るのは私より涼太じゃない?』

『笹山さんを庇って死ぬなら本望です。大好きですから』

『もう……私も好きだよ』


 恥ずかしそうに愛を告白する彼女さん。

 盛り上がったかのように距離を詰める彼氏さん。

 うーん。


「あれを見てどう思う?」

「……ちょっとウザいかも」


 ははは。芽杏もこちら側に片足を踏み入れているようだな。

 可哀そうに。


 イチャイチャしながら歩いて去って行くカップルを見ながら、俺達は溜息を吐く。

 というか、あの二人はどちらもおみくじの結果が大吉だと言っていたな。

 流石に偏り過ぎではないだろうか。

 というか極端過ぎだろ。

 まさか初めから大吉と大凶の二択しかなかったのかしら。


「なぁ芽杏」

「何?」

「お前にとって恋愛ってなんだ?」

「……それあたしが聞いたやつじゃん」

「そうだな」


 真面目に瞳を見て尋ねる。

 彼女もまた、俺から視線を外さない。

 改めて見るとマジでめちゃくちゃ可愛いな。

 杏音とも若干似ているが、俺はこの顔の方が好みだ。


「前はきらきらしたイメージだった」

「今は違うか?」

「うん。もっとドロドロで、それになんていうか……付き合うって言っても、関係性に名前がつくだけであんまり変わらないなって」

「ふぅん」


 付き合った後がどうなのかは知らない。

 俺には経験がないからだ。


「前は憧れてたんだ。ほら、宮田にこういう話していいのかわかんないけど、お姉ちゃんには昔何人も彼氏がいてさ。毎日幸せそうに連絡を取り合うお姉ちゃんが輝いて見えてた」

「へぇ」


 あの人が輝いて見える、か。

 スマホ片手に、頬を染めながら『好きだよ』とか打ってる杏音……うわ。

 今じゃ全く想像できないな。


「でさ、あたしも憧れててね。恥ずかしい話だけど、手を繋いだり、き、キスとかしちゃうのかなって!」

「……うにゅぅぅん」

「あ、別にそういう性欲? 目当てで小倉と付き合ってたわけじゃないけど」


 そりゃそうだろう。

 逆に性欲に任せてあいつと付き合ってたなんて言われたら、ちょっとモヤっとする。

 って、ツッコミどころはそこじゃない。


「付き合ってたって。まだ付き合ってるだろ」

「……そうだけど。でもどうせすぐ別れると思う」

「……」


 杏音は前からいつも意地悪い笑みを浮かべながら、どうせすぐに別れるだろうと言っていた。

 まさかその通りになるとは。

 これは魔女の呪いなのだろうか。


「だから思ったのと違ったんだー。家でのメッセージのやり取りが増えたけど、正直それもなんか違くて」

「違う?」

「小倉は優しいしカッコいいし面白いんだけど、でもなんか足りなくて……」

「そうか」


 何が足りないのかはわからない。

 いや、若干引っかかる点はあるし、胸がざわつくのもわかるが今はダメだ。

 吐き出したい衝動を抑え、俺は言葉を発す。


「小倉は良い奴だよ。男の俺から見ても惚れるくらいカッコいいし」

「……」

「まぁよく考えてみろよ」

「うん」


 目の前の芽杏は眉を若干下げながら笑う。

 それが少し、いつかの杏音に重なって見えた。


「トイレ行ってくる」

「お前もか」

「うん。ちょっと待ってて」


 立ち上がる芽杏は俺に笑いかけるとそのまま歩き出す。

 一人で考える時間が欲しいのだろう。

 スッキリしたかわからないが、俺が話を聞いたことで少しでも楽になれたらな、なんて思う。

 傲慢かもしれないがな。


 誰もいなくなったベンチで一人、少し冷めたジュースを啜り、そしてスマホを見る。

 と、何気ない一連の動作で自分に違和感を覚えた。

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