第11話

「ねぇ宮田。恋愛って何だと思う?」

「ごみ」

「流石だね」


 12月21日。

 二学期最後の体育の時間、俺と芽杏は体育館の隅に座っていた。

 体操服を持ってくるのを忘れるという古典的なミスを犯した俺は、仕方なく見学と洒落込む。

 隣の奴も見学だ。


「なぁんかわかんなくなっちゃった」

「早過ぎんだろ。まだ二週間だぞ」

「確かに」


 小倉と付き合い始めてたったの二週間。

 他人からすれば新婚ホヤホヤだが、当の本人は違うらしい。


「恋愛って難しいね」

「知らねーよ」

「そっか。知らないか」


 そう、知らない。

 生憎と俺には『付き合う』っていう経験が一度たりともないからな。

 生粋の童貞である。


 まぁただ、恋愛経験がないかと聞かれれば微妙だ。

 好きな人ができたことは何回もあるし、いわゆる付き合う前の一番楽しい時期、というのを体験したこともある。

 まぁ全部そこで終わったが。

 楽しんでいるうちに横から刺されるのがお決まりなのだが。


「何があったんだ?」


 現在他の生徒は体育館内をぐるぐると周回している。

 年明けにある持久走大会の練習なのだが、雨天だったため今日は体育館内を走るメニューに変わった。

 芽杏は驚いたような顔を向けてくる。


「心配してくれてるの? 宮田が自分から悩み相談に乗ってくれるのなんて珍しいね」

「……他人の不幸は蜜の味ってやつだよ」

「ほんと素直じゃないね。お姉ちゃんそっくり」

「くッ……」


 殺せ。

 あんなのと似ているなんてこれ以上ない悪口だ。

 そして、若干理解できる自分が悔しい。

 確かに今のはあの女も言いそうだ。


「別に何かあったわけじゃないよ。ただ思ってたのと違うっていうか」

「思ってたの?」

「いやぁ~言語化できないなぁ。難しい! ねぇ助けて」

「意味わからん事言うな。お前の頭ん中がわかるわけなかろう」

「別に不満があるわけじゃないんだけどさ」

「じゃあいいだろ」

「うーん」


 何が引っ掛かっているのだろうか。

 小倉の態度が豹変したとかは、俺視点からは見受けられない。

 昨日も急な雨降りに対し、相合傘で帰っていたし。

 ん? なんでそんなこと知ってるかって?

 そりゃ俺も一緒に下校したからさ。

 相合傘のカップルの隣を一人折り畳み傘でな。


 ……色々おかしいのは分かっている。


 本来二人っきりにするのが常識。邪魔者な俺は消えるべきだっただろう。

 しかし元々は小倉と二人でゲーム屋へ行く予定だったのだ。

 そこに割り込んできたのは芽杏の存在。

 こいつが来たからといって俺達がゲーム屋に行くのは変わらないし、俺が別行動するのはおかしいだろ?

 俺間違ってないよねぇ!?


 涙の問いかけはさて置き、話を戻す。


「もやもやは本人に伝えた方がいいぞ。スッキリするし、話せば解消できるかもしれない」

「まぁそうだよね」


 芽杏はグッと伸びをした。

 その動きに制服が引っ張られ、大きな胸がやけに魅力的に強調される。

 気まずくて目を逸らす俺。


「ありがとね」

「何が?」

「相談乗ってくれて」

「なんもしてないだろ」


 そもそも具体的な悩みも全く聞けてないしな。


 と、芽杏は若干憑き物の取れたような顔で授業を見る。

 そこには汗を流しながら、恐らくかなり最前線を走る小倉の姿があった。

 イケメンの汗とは何故ああも映えるのか。

 そして誰かの彼女とはなぜこうも独特な雰囲気を纏うのか。


 さらに言うなら、何故俺は好きだった女の恋愛相談に乗らなければならないのか。

 どんな拷問だよ。




 ‐‐‐




「なぁ宮田、恋愛ってなんだろうな」

「ごみ」

「お前らしいわ」


 下校時間。

 今日は小倉と二人きりである。

 先程の体育で足首を痛めたらしく、今日は部活を休むとの事。

 本来怪我をしても、コートの端で自主練などやることはあるだろうに、調子が上がらないらしい。


 まぁ理由は分かる。

 先程の女と同じ悩みだろう。

 ちなみに芽杏は友達と遊ぶ用事があるらしい。

 本音は小倉と距離を置きたいだけだろうが。


「なんか上手くいかねーわ」

「付き合ってる時点で俺からすれば成功者だよ、お前は」


 言うと小倉は溜息を吐いた。


「距離感が掴めねー」

「なんだそれ」

「いやさ、どこまでやっていいのか分かんねーって言うか」

「変態だな」

「変な解釈してんじゃねーよ。単純に遊ぶ頻度とか、学校での会話とか帰ってからのやり取りの頻度とか」

「ふぅん」


 贅沢な悩みだな。

 それに楽しそうな悩みだ。

 恐らく、恋愛への恐怖心から自暴自棄になっている某魔女が聞いたら盛大な嫌味をいただけるだろう。


「そんなもんあいつと話し合っていくしかないだろ」

「重くないか?」

「はぁ?」


 サッカー部の癖にうじうじした奴だな。

 重いもクソも、関係を長続きさせるには必要なんだから仕方ないだろ。


「大丈夫だ。芽杏も話したがってるだろうし」

「そうなのか?」

「基本的に片方が関係性に違和感を覚えているとき、向こうも何らか思ってるはずさ」

「おぉ、確かに。流石だな」


 流石も何も、俺は両者の意見を知っているだけだ。

 答えをカンニングしているため、好き放題言えるのは当たり前。

 しかしながら、俺が芽杏の思いを話し、こいつらの仲を取り持つのは違うだろう。

 肝心な話し合いは当人らでやってもらわなければ困る。


 っていうかなんでこいつらの恋愛相談に乗っているんだ俺は。

 もうそろ泣くぞ。


「そう言えばもうそろそろクリスマスだなー」

「俺には関係のないイベント第一位か」

「わかんねーじゃん。ほら、例の先輩と」

「……」


 杏音はクリスマスとか嫌いそうだよな。

 また周りの雰囲気に感化されてメンヘラになりそうだ。

 いやはや、恋愛恐怖症患者には地雷が多いな。

 紛争地かこの日本って国は。もとい高校って環境は。


「流石にクリスマスはデートだよな」

「仲深めるにしろ終わるにしろ、けじめとして大事だな」

「……不吉なこと言うなよ」

「じゃあネガティブな発言は控えるんだな。伝染するぞ」

「おう」


 ここに来てようやく本来の笑みを浮かべる小倉。

 聖夜を想像して浮かれたか、俺に色々吐き出してスッキリしたか。

 芽杏も小倉も、どうして俺に相談してくるのか。

 共通の友達が付き合うと面倒だな。

 それだけ信頼されているのは嬉しいが、実情がアレなだけに複雑だ。

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