修学旅行をサボってドブにハマっていた馬鹿丸出しな先輩が、実はハイスペ孤高魔女(天邪鬼で甘え下手)だなんて俺は信じない

瓜嶋 海

第1章

第1話

 女子高生がドブにハマっていた。

 ドブと言えば、田舎によくある農道の脇に存在するそれ。

 側溝なんて言ったりするが、まぁ言い方はどうでもいい。


 悪臭を漂わせるドブにて、一名のJKを目撃した。


「お、おぁ? おうわああああ」


 訳の分からない声をあげながら、俺は自転車を止めてドブの方へ近づく。


「大丈夫ですか!?」


 声をかけるが、返事はない。

 よく見ると顔は水面に向いているようだし、身動きもしていない。

 まさか溺れているのかも。

 浅いドブと言えど、人間は風呂ですら溺死できる軟弱な生き物だ。

 ドブの脇には彼女のものと思しきバッグが放り出されている。


「おぇぇぇ」


 凍てつく空気の中、自ら進んで汚水に入る人間はそんなにいないだろう。

 俺は靴を脱ぎ、裾と袖をまくり上げてから入水する。

 吐き気を催しながら、なんとか女子高生に辿り着いた。


「マジかよ……」


 拾い上げた顔は綺麗なモノだった。

 意識がないのか目は閉じられているが、長いまつ毛と整った鼻筋だけでもこの人が美形であることはうかがえる。

 肌は白く、しっとり濡れた前髪は艶やかだ。

 ……艶やかさをつくっているのは汚水という事実を忘れてはいけないが。


 俺は何とか女子高生をドブから引き上げる。


「お、重い……」


 別にこの人が特段太っているというわけではない。

 ただ、人間一人を水の中から引き上げるというのはそれだけ労力がいるのだ。

 そしてこの女子高生、完全品なためご丁寧に制服を着用している。

 ブレザーやらスカートやらが水分を含んで最悪だ。

 それによく見るとうちの制服である。


「ごほっ」


 ドブから引き上げ雑草地帯に寝かせると、女子高生はしばらくしてむせ返った。

 少量の水を吐き出し、虚に目を開ける。


「あ、れ」

「気づきましたか」

「……」


 彼女はそのまま、絶望したように俺を見た。

 そりゃそうだろう。

 全身汚水まみれの有様に加え、今は12月。

 真冬のこの季節にずぶ濡れは色々まずい。

 と。


「うぐっ、おっ、おぇ」

「あっ、ちょっと」


 制止も虚しく、ドブに吐瀉物をぶち撒ける。

 最悪な光景だが、幸か不幸か、彼女の容姿も相まって汚さより心配が勝る。


「……あの、うちでシャワーでも浴びますか?」


 言ってすぐに少し後悔した。

 なんだかいけないお誘いをしたようにも思えるし、何より相手は女子だ。

 俺は女モノの下着なんて持ってないし、ノーパンで大丈夫な日なのかもわからない。

 しかし。


「……ありがとう」


 彼女は青い顔のまま申し訳なさそうな、諦め切ったような声音でお礼を言った。

 消え入りそうなその声は悲壮感に溢れている。


 本来ならこんな汚物を家には持ち帰らない。

 ただ、具合も悪そうだし、ここで放置するのは良心が痛む。


 俺の家はここからほど近いマンションだ。

 恐らく彼女の家に帰るよりは近いだろう。

 俺はこうしてドブ臭い美少女JKを連れ帰った。




 ---




 現在、家の風呂では女子高生がシャワーを浴びている。

 俺はその音を聞きながら、ぼーっと座る。


 現在高校一年生、一人暮らし。

 高校入学と同時に単騎で新居に越してきた。

 この辺りには私立大学があり、学生が住める安いマンションが多かったため、可能な生活だ。


 彼女なんかができたら連れ込めるとウキウキしていた。


 しかし、まさか初めに連れ込んだのがドブにハマっていた馬鹿丸出しな女子高生とは。

 俺の理想の女の子像とは日本とブラジルくらいかけ離れている。


 とかなんとか考えていると、シャワーの音が止まった。

 珍しく脱衣所が付いている家なため、セキュリティは万全だ。

 覗きの心配はあるまい。


 俺は性欲が無いわけではないが、生憎とさっきまでドブ汚水塗れだった上に顔色の悪い女に欲情する性癖はない。

 衣擦れ音になんて、ドキドキしないんだから……


 一応バスタオルと柔らかい生地の服を用意しておいた。

 下着はどうにもならないためアレだが、仕方はあるまい。

 上は考慮して柔らかい服と分厚い生地の上着も置いてある。


「ありがとう」

「いえいえ」


 脱衣所から出てきた彼女に、俺はスポーツドリンクを差し出した。

 彼女はそれを一気に飲み干すと、ふうとため息を吐く。

 若干顔色が良くなったように思える。


 そこで改めて彼女を見た。


 艶やかな長い黒髪はシャンプーのいい香り(俺のと同じ)。

 目はややつり目だが、パッチリ二重で長いまつ毛が綺麗だ。

 鼻筋は通っていて、シャワーで温まってほんのり赤くなった肌はきめ細かい。

 スタイルも抜群で、顔が小さくて芸能人みたいだ。


 と、そこまで確認して俺はフリーズした。


「こ、孤高魔女……?」


 呟くと彼女の視線が強まる。


「なんでそれを?」

「……」


 孤高魔女とは、俺の高校に通う一つ上の先輩につけられたあだ名。

 美人で成績良好、運動もできて文句なし。

 だけど他者と関わろうとせず、自分の世界を築く彼女に友達は多くない。

 高嶺の花という意味と、孤独なお姫様、そして彼女の付き合いの悪さへの当てつけのニュアンスを組み合わせた呼称。

 それこそが彼女が孤高魔女と呼ばれる所以であった。


「まさか……」

「同じ高校の一年の、宮田です……」


 そうして、いびつな形で俺――宮田みやたゆうは自己紹介をした。


 俺と先輩の出会いは最悪だった。

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