宇宙人強盗

渡貫とゐち

その1

 最悪だ。ふらっと寄った深夜のコンビニで、レジ前で店員と男が口論をしていた。いや、互いに言い合う口論って感じではない。片方が拳銃を突きつけていた、一方的な要求だ。

 金を出せ、でないと撃つぞ――、という脅し。店員の若い男は振り返るが、深夜ということもあってか、一人なのだろう……、店長には見えないな……。

 自分の判断で言う通りにお金を渡してもいいものなのか、それとも若いからこそ無謀な賭けに出ようとしているのか――、

 後者ならば止めなければいけない。こんなところで失っていい命ではないのだ。


「さっさと金を出せって言ってんだッ、ぶっ殺されてえのかてめえ!!」

「あ」


 と、店員がおれを見つける……、てめえバカこの野郎。拳銃を店員に突きつけたまま、帽子、サングラスにマスクをして、個人の特定を防いでいる男が、おれを見つけた。

 サングラス、というところに光明を見出せそうだが、それは他人事であればの話だ。

 こうして渦中に巻き込まれてしまうと、冷静な自分自身はどこかへ逃げてしまう。


 やべえどうしよう。とりあえず拳銃はこっちを向いていないが、両手を挙げておいた方がいいのだろうか……。


「悲鳴を上げるなよ、助けも呼ぶんじゃねえ。おい、スマホを床に滑らせてこっちに寄こせ」

「い、いえ持ってません……」


「はあ? んなわけねえだろ、この時代にスマホを持ってねえやつがいるわけ――」

「いやあの、夜食を買おうとしただけで、近くのコンビニくらいならスマホを持っていなくてもいいかなって……」


 インスタントラーメンでも買ってすぐに戻るつもりだったのだ、まさか強盗をしている最中に店に入ってしまうとは……、こっちだって予想もしていなかったことだ。


「……信用できねえなあ。それで見逃して通報されたら困るな」

「…………」


 まあ、しませんと言ったところで信用などしないだろう。拳銃は常に店員に向いている。少しでも動きを察知すれば、撃てるように、だろう。犯人は意識を前後に散らしている……拳銃は一丁のみ、であれば――、もう一人いれば、犯人の隙を突けるかもしれない……。


 しかし深夜だ、そんな都合良く、コンビニを利用してくれる人がいるとは思え、


「あ、いらっしゃいませー」


 と、店員が条件反射で声を上げた。……癖とは言え、どんな心臓をしてやがる。僅かな動きに反応して引き金が引かれていたら、銃弾が胸を貫いていたかもしれないって言うのに……。

 犯人もびくっとして、銃口を上へ向けているじゃないか……、まあ、そういう反応ができるなら、軽いノリで人を撃つ度胸があるわけではない、のか……?


 とにかく、これで場が四人になった。

 拳銃が一丁、犯人の視線もおれに向いている……、となるとおれか店員か、深夜にコンビニへきた大学生の女の子か――、犯人は誰かの意識を蔑ろにするしかない。全てを均等に見ていたとしても、それは均等に隙が出来るということでもある。


「おい女、」

「待て! 動くなッ!!」


 咄嗟におれが止める。……うわあ、と目の当たりにした現実にうんざりして引き返そうとした女の子を、店内に留める……、危険に巻き込むことは承知だが、しかし、ここは三人でいることで解決できるかもしれないのだ――。

 この子を逃せば、犯人が逆上するかもしれない。だから保身なのだけど……、しかし警察に頼らずこの場を解決させるためには、この女の子の存在は絶対条件だ。

 逃がすかよ。でも仮に逃げることができたら通報してくれ、と念じたが、どうやら彼女もスマホを持っていないようだった。


 おれとまったく同じ状況……、服装もパジャマに厚手の上着を羽織っただけである。化粧もしていない、まさに部屋でくつろぐ感じで……。


「悲鳴を上げるなよ、てめえはこっちに――」

「はぁい」


 と、怯えることなくおれの隣に並んで――って、違う! これじゃあ犯人の視線はおれたちと店員を確認するだけになってしまって……、おれが狙っていた視線移動は、三つなのだ。

 この子と店員、その視線移動で生まれた二拍の隙で、おれが動けば拳銃くらい手から叩き落とせるかも、と思ったが……、あんたが隣にいたら、視線移動は二人の時と変わっていない。

 あくびをしながらおれの隣に並ぶ女の子は、両手を挙げている。


「で、なんで呼び止めたの?」

「計画が台無しだ」


 まあ、計画と言えるようなことではないけどさ……。

 非難された女の子が(いや、していないけど……)むう、と頬を膨らませる。


 ……巻き込まれてその余裕があるならまあいいか。


「お前ら二人、動くなよ……、おい、お前はさっさとこのカバンに金を詰めろ」

「強盗? ……あたし、初めて見た」


 それはおれも。……深夜にコンビニにくるんじゃなかったな……。


「……外に人はいたか?」

「ううん、静かだった。ファミリー向けの住宅街だし、この時間帯は人通りはほぼないよ」


 ちっ、じゃあこの子以外の利用者を待つのは時間切れになる可能性が高いか……。


「おい、ぼそぼそと喋ってんじゃねえぞ」


 と、犯人の視線がおれたちに向けられた。銃口が向かないということは、やはり警戒の多くは店員に向いているわけか。その店員はレジを開けてお金をカバンに詰めている……、お金を渡してしまい、彼の逃走後、通報するのが無難か……。


 この時代、カメラがあれば人の目もある、完全に逃げ切れることは難しいだろう。


 警察がいるのだ、ここでおれたちが頑張る必要はない……、下手に抵抗して怪我をするのはバカらしいし……、


 と、思っていたら――、


「あー、やっぱダメだ」


 と、若い店員が言った。


 ……おいおい、お前、えっ、ちょっと待て!!


「誰がてめえの言いなりになるか、バカが」


 カバンを放り投げて、札束が舞う中……視界不良を利用し、店員が犯人の手を掴、



 パァン!! と、銃声。


 音だけじゃない……、肩を撃たれた店員が、その場に倒れた。


「――おいッ、あんた、大丈――」

「次にこうなるのはてめえだぞ。……ちっ、お前でいい、金をカバンに詰めろ、死にたくなければ黙ってきびきびと動け」


 拳銃がおれに向けられる。無意識に女の子を庇うように前へ出たおれを、おれ自身は褒めてやりたいね――。


 血を流して倒れ、痛みに悶絶している店員を跨ぎ、金とカバンを拾う。レジにカバンを立て、丁寧に札束を詰めていく……。

 クソッ、手が震えてやがる……従うことしか、おれにはできねえ……っ。


 ちらりと後ろを見れば、女の子は視線を下に向けていた。犯人と目を合わさないように、か……? 逆らうとこうなる、という結果が既に出ているのだ、素直に黙っていればいい――金さえあれば、この犯人だってなにもしないはず……。


「……銃声を聞きつけた住民がもうじきくるだろうな……クソ、一人も二人も変わらねえか? だったらてめえら二人も撃っておけばよお」


 こつ、と肩甲骨に銃口が当たった。冷たい凶器がおれの体を恐怖で縛る……っっ。


「スマホを持ってないって言ったが、店内にも電話はあるだろ、外には公衆電話もなあ――片っ端から近くの家のチャイムを鳴らせば――、いや、大声で叫べば異変を察知した人間が通報するかもな。なんにせよ、時間の問題ってわけだ。てめえらを野放しにしてもしなくても、どうせ人はくるだろうが、だが人を撃つ感覚は、ここで慣れておきたいもんだぜ――」


 と、引き金に指がかかった、とおれは肌で感じた……。


 金を詰め終えたカバンを閉めるために伸びた、チャックをつまむ指が震えている――、ダメだ、嫌だ、やめろ――おれはまだ、死にたくないッッ!!




 と、聞き覚えがある声……しかし、雰囲気が、がらりと変わった。


「あ……?」


「安易に人を殺すのはやめておけ、と言ったんだ、人間――いや、地球人」

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