生きが詰まる
椿原
1,
*
まだ分からないのかしら。アタクシ、貴女のその顔が見たかったのよ。……でも残念ね、アタクシはこれから口を聞けなくなるのでしょう? 最後に貴女を取り込みたかったわね。
……あぁ、もう終わり、ね。最後に一つだけ言わせて頂戴な。
アタクシ,貴女が好きだったわ。その憎たらしい顔が。憎悪と欲望に満ちたその視線が。……ふふ。まさにその顔よ。素敵ね、詩織。
*
ばさりと音を立て、身体を起こす。どうやら、少し前の現実を再生していたようだ。頭が痛む。
ぼんやりとした頭を抑えつつ、ベッドから出る。ぎしり、と軋む音は嫌な夢を思い返させる。
「はは。……酷い顔」
洗面所にて、自分の姿を見る。ここ最近、熟睡した試しがない。目の下のクマは濃くなるばかりだ。
気味の悪い笑顔を浮かべる、目の前のこの女は私、
顔を洗い自室に戻った所で、予定表のノートを開ける。とは言っても、ここ二ヶ月ほど空白のままである。
無理もない。理由は一つ。
手放したからだ。自分の職を。まだ掴んでから三年しか経っていない、小さい頃からの夢を。
私は弁護士だった。父に憧れ、父の背中を目指した。それでも手放してしまった。
後悔していないと言うと嘘になる。今でも覚えている。あの張り詰めた法廷の空気。真実を模索するあの時間。依頼人を信じる、信じて守った事実を。
でも私はもう、純粋な気持ちで人を視ることが出来ない。他人を守るなんて以ての外である。人は結局自分を守る為に生きているのだ、と痛感したからだ。
全ての元凶は悪夢の主。
――瀬戸香織。私の義姉であり、狂気の持ち主である。
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