ともだち
真堂 美木 (しんどう みき)
第1話 序章
プープー、プープーと人工呼吸器のアラームが鳴り響き、後を追うようにピコン、ピコンとモニターのアラームも鳴り出す。急かすような音の重奏が私に選択を迫る。このまま死へと旅立つのか、それとももう一度その弱りきった身体に戻るのかと。
ガラガラと救急カートを押した看護師と共に主治医が速足で入ってくるなり慌てふためいた口調で顔色を失った母が声をあげた。
「先生、娘を助けて下さい」
主治医はさすがに慣れているのだろうか落ち着いた声で母に言った。
「ご家族の方は外でお待ちください。できるだけのことはしますので」
通り一遍の言葉に母は私の方を見やると仕方がないといった面持ちで医師たちへ頭を下げ病室を出ていった。
医師たちが救命処置を施していると廊下を走ってくる足音が聞こえる。聞き覚えのある足音だ。
強く、弱く、強く、弱くと繰り返す音。
そう父の足音だ。私がまだ幼い頃に交通事故にあった際に父は私をかばって右足に大けがを負った。その後遺症で右足だけ少しだが動きが悪い。だから、父の足音にはその特徴が出るのですぐに聞き分けることができる。その足音はこの室の前で止まった。
病室内では医師と看護師の連携プレーがなされておりまあまあ騒がしく感じるが、その緊張感のある騒々しさを打ち消すように廊下から父を非難するような母のヒステリックな声が聞こえてきた。その時、主治医はドアの方をみて一瞬だが怪訝な顔をした。
ほどなく主治医による処置が功を奏したといってよいのか私はまたしても一命をとりとめてしまった。響いていた二重のアラーム音は消えて人工呼吸器のシユーという無機質な動作音だけがその生存を告げているように聞こえる。
ベッドに横たわる私は先程よりもやや血色を取り戻してはいるようだが口元には呼吸のために挿入された気管チューブがテープで固定され、左鎖骨付近と右腕には点滴が施されている。その様子は良くも悪くもエネルギーに満ち溢れた女子高校生の躰とはかけ離れていて、どちらかというと生気を失った亡骸に近いと感じてしまう。
「ああ、これが本当の私なんだ」と、横たわる自分の姿を見下ろして納得する。
あれは一年ほど前のことだった。
高校二年のあの日は修学旅行の二日目の朝で、宿泊先のホテルからスキー場に向かうため私たちはクラス別にバスに乗り込んだ。
前日に降った雪はさらさらとしていて朝日に照らされてキラキラと輝きとても美しかった。バスの中はハイテンションな同級生の声で騒がしかったが、私は幾度も曇った窓の水滴を手でふき取っては過ぎ去る雪景色に見入っていた。時々風に舞い上がる雪けむりもこの時初めて見た。その景色は幻想的でまるで夢の世界の入り口のように感じた。
「あっ、あの先に見えるのがスキー場かな」
「ほら、リフトっぽいのが」
「ほんとだ~スキー初めて。誰か教えて~」
ゲレンデらしきものが視界に入り同級生の声がさらにヒートアップした時だった。
バスがまるで何かのアトラクションのように急にスピードを上げた。右へ左へと傾きながら悲鳴と共に進み、遂には衝撃音を響かせながら崖下へと回転しながら落ちていった。
意識の遠くでサイレンの音が響いていた。
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