2023年8月21日(月)
「要はどうやって三年前の望を騙して、
「名乗らずに、って……つまり誰からの電話か分からないようにするってこと? けどさすがに当時の望でも、声を聞けば横山さんだって分かるんじゃ?」
「あっ、分かった! アレだろ、よくドラマの犯人とかが使ってる、ボイスチェンジャーとかいうやつ!」
「いや脅迫電話じゃないんだから、そんなもの使わないよ。むしろ望には、電話の相手が私だって察してもらえなきゃ困るし」
「……? 要するに、どゆこと?」
「昔さ、望が話してくれたことがあったでしょ? 望って歳の離れた双子のお姉さんに挟まれて育ったから、姉弟の中で自分だけ仲間はずれにされるのが嫌で、小さい頃はどうすればお姉さんたちに構ってもらえるか、そればっかり考えてたって」
「お、おう」
「あの話を聞いたあとにね、歩叶が言ってたの。望がへらへらしてるように見えて実は結構気遣い屋なのは、たぶんその影響だねって。長い間ずっとお姉さんたちの顔色を見て育ってきたから、家の外でも、誰に対しても同じように接するのが癖になってる。だからああ見えて絶対に人が嫌がることはしないし、むしろ好かれようとして、相手の望みを敏感に感じ取ろうとする……つまり空気を読むのがすごく上手なんだよね、ってさ」
「お、おぉ……もしかして
「そうじゃなくて、歩叶はたぶん、人の性格とか傾向がどういう過程でできあがるのかって部分を研究してたんだと思う。理由や動機が理屈で分かれば、真似するときに真実味が増して見えるでしょ。要は自分の表向きのキャラをよりリアルにするための、設定作りをしてたんだと思う。そう考えれば歩叶の演技力の高さにも、ときどき人をじっと観察するような目をしてたのにも納得がいくから」
「……けど、その話とさっきの話に何の関係が?」
「あ、ごめん、脱線しちゃったね。私が言いたいのは歩叶の分析が正しければ、三年前の望はきっと空気を読んでくれるってこと」
「オレが空気をリードする、って?」
「さっき清沢くんも言ってたけど、たぶんこっちが名乗らなくても、望は声を聞けば相手が私だって気づくと思うの。でも強引に他人のふりをする。〝いいえ、私は横山
「え……そんなことしてなんか意味あんの?」
「そう言えば望は〝もしかして電話したのが自分だってバレたくないのかな?〟って察して、とりあえず話を聞いてくれるでしょ。歩叶と清沢くんのことで相談があるって前置きすれば、なおさら」
「……確かに。こいつの性格なら、電話の相手が横山さんだって分かった時点で、ガチャ切りはまずしないよな」
「うん、私もそう思う。だからそこにつけ込むの」
「いや、つけ込むっておまえ、せめてもっとマシな言い方……」
「実際、望のお人好しな性格を利用させてもらうんだから、日本語としては合ってるでしょ。とにかくこういう言い方をしておけば、望は清沢くんに話を伝えるときも、私から聞いたとは言わないはず。ついでに、もしあとから当時の私に色々質問したとしても、何も知らない私は〝何の話?〟って返すしかないわけで、そしたら望はまた勝手に〝あ、やっぱり詮索されたくないんだな〟って勘違いして、それ以上深くは
「……おい、望。たぶん歩叶も相当だけど、おまえの彼女も結構怖くね?」
「うん……なんか、平城ちゃんとは別のベクトルで……やっぱ女って怖いな……」
「ちょっと! 私はふたりが作戦を考えてくれって言うから一生懸命考えたのに、そういう言い方はないでしょ!?」
と、後部座席に座った横山は、望のいる運転席と俺のいる助手席の狭間から身を乗り出して憤慨していた。その顔は不服のためか、はたまた羞恥のためか若干赤らんで見えたけれども、怖いものは怖いのだから仕方がない。
歩叶も横山も、世が世なら軍師か参謀として歴史に名を刻みそうだ。
が、ともかくも、そんな名軍師殿の多大なるご尽力のおかげで、プランFの概略は思いのほかすんなり固まった。それもこれも事前に望が言っていたとおり、横山が俺の話を意外なほどあっさり信じ、
「今からでも歩叶を助けられるなら、何だってする」
とまで言い切ってくれたおかげだ。結果、また
偶然そうなっただけとはいえ、先に望を捕まえて過去カメラの力を証明し、話の信憑性を保証してもらうという手順を踏んだのがよかったのだろう。かくして望の買い物のために立ち寄った市場のカフェで、ソフトクリームをつつきつつ作戦を練った俺たちは、兵は拙速を
もちろん、改変失敗を二度も経験した俺の胸裏には今も拭い難い不安がある。
日本には「三度目の正直」という言葉があるが、同時に「二度あることは三度ある」とも言う。いつの時代、どこの国でも「気まぐれ」の代名詞にされがちな神々の中で、中でも特に移り気な三度目の神様が後者を選び、今度は望と横山がふたり揃っていなくなってしまったらと思うと、否が応でも動悸が弾む。
けれど俺は決めたのだ。絶対に歩叶を取り戻す、と。
ならばその誓いを三年前の俺に果たさせる。歩叶の本心を知ろうともせず、自分の本音からも逃げ回って、
「……それじゃ、始めるよ」
と、横山が親友の形見そっくりのスマホを握り締めて告げたのは、日も暮れ始めた十八時過ぎ。依然として車の前部座席にいる俺と望は、後席の横山を
現在画面に映し出されているのは三年前の
「望。三年前の三月十七日って、おまえ、どこで何してた?」
と俺が尋ねたのは今から一時間ほど前、食事どきを過ぎて閑散としたカフェでのこと。俺は横山が地固めしてくれた作戦の決行日を、この日に定めた。
三年前、つまり二〇二〇年の三月十七日といえば、俺が偶然交信した過去の歩叶がひとりで神明社に行っていた日だ。あの日起こった小さな過去の改変によって、歩叶は俺と通話したあと、一時間ほど神社に留まったと日記には書かれてあった。
理由は言わずもがな、俺を待つためだ。歩叶はあの電話がまさか三年後の未来からかかってきたものだとは夢にも思わず、健気に俺を待っていてくれたのだと、日記の変化に気づいたとき、俺の胸は苦さでいっぱいになった。
ゆえに俺はこれから、あの日の俺に今すぐ神明社へ行けと言う。
歩叶がおまえを待っている。だから四の五の言わずにまずは行けと尻を叩く。
と言っても実際に当時の俺をせっつくのは、同じ三年前の三月十七日、その日のその時間は恐らく家にいたのではないか、と答えた望だ。既にあやふやになりつつある俺たちの記憶とネットで集めた情報を総合すると、二〇二〇年、
そういう時期的なことを考え併せると、恐らくは放課後の部活動にもそれほど身が入っていなかったはずで、夜遅くまで弓道場に残って自主練はしていなかったんじゃないか、と望は推理した。
そもそも望は、俺が「弓道部に入る」と言い出したから面白がってついてきただけのエンジョイ勢で、そこまで熱心に弓を引いていたわけでもない。
加えて俺も一月に歩叶と別れたのが原因で、この世のあらゆる物事への興味と熱意を失っていた頃だから、俺が帰るなら自分もというノリで、望もさっさと下校することをためらわなかっただろう。ゆえに俺たちは白石駅の裏っ側、
望の実家は、俺が中学に上がるときに祖母と住むべく新築された清沢家と、昭和の香りが色濃く残る平城家の、ちょうど中間の見てくれをしている。俺も白石を出る前は何度もお邪魔していた二階建ての邸宅で、既にカーテンが閉められた窓の向こうには、望の家族が在宅であることを物語る明かりがともっていた。
「こ、この状態で画面をタップすればいいんだよね?」
「ああ。そうすれば望の家の
「問題は誰が電話を取るかだけど、三年前っつったら姉ちゃんズはもう家を出てるし、
「うぅ……あ、あの頃って私、まだ望のお母さんに会ったことないよね? 存在自体知られてなかったよね?」
「た、たぶん……まあ、チラッとなら会ったことあるかもだけど、さすがに声聞いただけでリコだと分かるほど会ってはないっしょ」
「だ、だよね……じゃあ、かけるよ」
と改めて前置きし、横山はいよいよ人差し指を過去カメラの画面へ向けた。
一応話が長引いてもいいように、端末には運転席のシガーソケットから伸びる充電ケーブルが差さったままになっている。あとは横山の演技力とアドリブ力に託すのみだ。元演劇部員とはいえ、六年間ずっと裏方だった彼女にこんな大役を押しつけてしまうのは気が引けるものの、他に任せられる相手もない。ゆえに頼む、と俺が胸中で念じた刹那、横山の指先がついに画面の中の大滝邸に触れた。
途端にパッと表示が切り替わり、市外局番から始まる十桁の番号が白い背景に浮き上がる。それを見た望が「うわっ」と短い悲鳴を上げて、
「やべえ、マジでうちの番号じゃん……」
と興奮気味に漏らすのを、俺は肘で小突いて黙らせた。
何しろ過去カメラならぬ過去電話は、目下スピーカーモードになっている。
つまり通話の内容が全員に筒抜けになる一方、こちらの声も向こうに届きやすいということだ。三年前の望が喋っている最中に、現在の望の声が入って混乱を招くような事態は避けなければならない。
「……なかなか出ないな」
そうして待つこと数コール。呼び出しを開始して既に三十秒以上が経過したにもかかわらず、過去からの応答は一向に得られなかった。
まさか当時の大滝家は、家族揃って不在だったのかと思わず顔を見合わせる。
もしそうだとすれば俺たちが立てた作戦は根底から覆ることになるが──
『──はい、もしもし、大滝です』
瞬間、沈黙の車中に響き渡っていたコール音がにわかに途切れ、過去電話から聞き馴染みのある声が上がった。途端に電話を持つ横山の手がびくりと跳ねて、慌てたように端末を握り直す。間違いない。今の声は、望だ。
「あっ、あのっ……お、大滝望くん、ですか……?」
『……? はい、そうですけど……誰?』
とっさのことで上擦った横山の
が、待てど暮らせど電話が鳴り止まないので、不承不承ながらも応対に出た。
受話器の向こうから聞こえた望の口調は、聞く者にそんな背景を想像させた。
とはいえ、とにもかくにも電話は過去につながったのだ。作戦の第一関門はクリア。俺は内心胸を撫で下ろしながら、思わず望に目配せを送った。
すると望は常にないぎこちなさで、口の端を片方
どうやら現在、間違いなく自分はここにいるのに、目の前の端末からも自分の声がするという摩訶不思議な現象に困惑を禁じ得ないようだ。
「え、えっと……急に電話してごめんなさい。私、白女の……平城歩叶の友達なんですけど」
『え? ……ひょっとして横山ちゃん?』
「い、いいえ! 安里子とも知り合いですけど、違います」
『いや、横山ちゃんだよね? いきなりどーした? てか、なんで家電にかけてきてんの?』
案の定、秒でバレた。ずばり正体を言い当てられた横山にもまた、望ほどではないものの動揺が見られる。が、この展開はむしろ計画どおりだ。ゆえに俺が今度は横山に視線を送って頷くと、彼女もそれに気づいて頷き返した。次いで心を落ち着けるためか、一度ふーっと大きく息をつき、改めて過去電話へと向き直る。
「大滝くん。私は歩叶と安里子の共通の友達です。色々あって名前は教えられないんだけど……実は、歩叶のことで相談があって」
『え? 平城ちゃん?』
「うん。もっと言うと──歩叶の元彼の清沢くんのことで相談があるの」
と、意を決したように横山が告げるや否や、電話の向こうで望が戸惑う気配が伝わってきた。恐らく電話の相手は横山と見て間違いないのに、何故だかまったく名乗ろうとしないことや、急に俺の名前が出されたことで混乱しているのだろう。
そうして『え、ていうか……』とか『あのー……』とか、特にこれといって意味を成さない音声をいくつか吐き出したのち、高二の望はしばし黙り込んだ。
車内に緊張が走る。されど永遠にも感ぜられる数秒間を三人で耐え忍んでいるとついに受話器から応答があった。
『えーっと……オレ、今、あんま時間ないんだけど、それってあとでじゃダメ?』
「えっ……あ、その……ごめん。でも、できれば今すぐ聞いてほしい」
『あー……と、じゃあ、細かいとこは一旦後回しにして、まず用件だけ聞かせてもらってもいい?』
「う、うん、分かった。あのね……この間、人伝に聞いたんだけど──」
計画の第二関門突破。
横山は無事、話を聞いてもらえるよう望を誘導することに成功し、要点を掻い摘まんで話し始めた。ここで三年前の望に伝えるべきことは主に三つ。歩叶が俺に別れを切り出した真相と、彼女がそれを誰にも相談できなかった理由、そしてそんな歩叶を助けるためにどうか力を貸してほしいと──すなわち皆で彼女を守るべく、まずは俺に歩叶とよりを戻すよう持ちかけてほしいという嘆願だ。
横山が上記の事柄を順序立てて話すうち、さしもの望もこれは思った以上に大ごとだと察したらしく、途中から「時間がない」と言っていたことも忘れて聞き入り始めた。
「とにかく、そういうわけで……まずは清沢くんにこのことを伝えて、歩叶ともう一度話し合うように大滝くんから説得してみてほしいの。歩叶はいま私が言ったこと、簡単には認めないかもしれないけど、放っておいたら絶対によくないことになる。だから私、そうなる前に何とか歩叶を助けたくて……」
『うん……今の話がマジだとしたら、オレもユーセーは平城ちゃんとよりを戻すべきだと思うよ。けどなあ……オレから話したところであいつ、聞いてくれっかな』
「わ、私から話すよりは、大滝くんから話してもらった方が効果あるかなって思ったんだけど……お願いできない?」
『うーん……話すだけ話してみようとは思うけど、今のユーセー、実は結構重症でさ。平城ちゃんの名前出すだけで拒絶反応示すから、ちゃんと最後まで聞いてもらえるかどうか──』
『──俺が何?』
そのときだった。
突然受話器の向こうから聞こえた第三者の声に、車内の空気が凍りついた。
かと思えば望と横山がほとんど同時に顔を上げ、助手席の俺を振り向いてくる。
いや、違う。そんな顔で見られても、違うものは違う。
いま喋ったのは俺じゃない。だって確かに横山の手の上から聞こえた。もっと言うなら、寸前まで彼女と会話していた望の声の後ろ、いくばくか遠くから。
『おっ……おおぉっ、ユーセー!? おまえ、なんで……!?』
と直後、過去電話からそっくり返った望の声がする。
〝ユーセー〟。間違いなくそう呼んだ。
ということはまさか、三年前の大滝邸に、俺がいる?
『なんでって、おまえが電話取りに行ったきり戻ってこないから、なんかあったのかと思って……そんなことよりおまえ、誰と喋ってんの?』
『い、いや、その……実はオレも誰だか分かってなかったり……?』
『はあ? 知らない相手と三十分近くも喋ってんのかよ。それでなんで俺の名前が出てくるわけ?』
『え、えっと、これには話せば長いワケが……』
『ワケって何だよ。電話の相手……もしかして、歩叶?』
『い、いや、んなわけないだろ──』
『じゃあなんで隠すんだよ。ていうか、どうして歩叶がおまえのとこに……』
「お、おいおいおいおいユーセー、やばくね!? いや、むしろ状況的にはラッキーなのか!? どうする……!?」
と、何やら電話の向こうで三年前の俺と望が揉め出した気配を嗅ぎつけて、運転席の望が動転しながら俺の肩を揺すってきた。が、小声で訴えてくるわりにはなかなかの強度でもって揺さぶられ、その衝撃が眠っていた記憶を呼び起こす。
そうだ。思い出した。二〇二〇年の三月十七日。高二の終わりの春休み直前。
確かあの日、俺は面白そうな新作ゲームが出たとかで、望の誘いに乗って部活をサボり、放課後、大滝邸に立ち寄ったのではなかったか。
何のゲームだったかまでは
果たしてこの状況は偶然か、必然か。いや、もうどちらでも構うものか。
刹那、俺は衝動に任せて横山から電話を奪った。
連れのふたりは
そして言う。
「望。今すぐそいつに代われ」
『えっ? お……おまえ、誰?』
「いいから、今すぐ電話を代われ!」
「お、おい、ユーセー……!」
『──もしもし。……歩叶?』
聞こえた。次に受話器の向こうから届いたのは、まごうことなき俺の声だった。
歩叶に捨てられたと思い込み、さも自分はこの世で一番の不幸せ者なのだとでも言いたげにふてくされた、三年前の俺の声だ。
それが鼓膜を震わせた途端、俺は何やら無性に腹が立ってきた。
今すぐこいつのところへ行って、思うさま殴り飛ばしてやりたい。
そう思えてならないほどに目の前が真っ赤になった。
だから慌てた望が隣から止めようとするのも聞かずに、言い放つ。
「悪いな、清沢
『は? だ……誰だ、あんた?』
「分かるだろ。おまえだよ」
『な、』
「歩叶を救えなかったことを死ぬほど後悔してる、未来のおまえだ」
電話の向こうで、三年前の俺が息を呑んでいるのが分かった。
同じように現在の望と横山も絶句して固まっている。悪いな、ふたりとも。
こんなことに巻き込んで、せっかくお膳立てまでしてもらったのに。
でも、やっぱりダメだ。
これは俺が、俺自身の手で決着をつけなきゃならないことなんだ。
ここに来てようやくそう思えたから、今は後先なんて考えず、とにかく言う。
あの日の俺に言うべきことを、俺の口から、俺の言葉で。
「優星。おまえ、今でも歩叶が好きか」
『あ……あんた、マジで何──』
「いや、愚問だな。俺は知ってる。おまえ、今でも歩叶のことが好きだろ。フラれたのがみじめで悔しいから認めたくないだけで、やっぱり歩叶を忘れられないんだろ。俺もそうだ。三年経っても未練がましく歩叶を想ってる。あの日、歩叶からも自分からも逃げ出したおまえを、ぶん殴りたいくらい後悔してる。優星、俺はおまえが嫌いだ。大嫌いだ」
『……おい、望。もうこの電話、切ってもいい──』
「逃げんなよ、卑怯者。そうやっておまえは歩叶を見殺しにしたんだ。そして歩叶が本当にいなくなって初めて、自分がどれだけ馬鹿で無能で役立たずだったか思い知るんだよ。今の俺がまさにそうであるように」
『は……〝見殺しにする〟って、何?』
「詳しい話は望に聞け。だけどそれはあとでいい。そんなことより、今はとにかく神明社に行け。今すぐ行け」
『何のために?』
「歩叶がいる。神明社でおまえを待ってる。もしも彼女を永遠に失いたくなかったら──くだらないプライドなんかさっさと捨てて、つべこべ言わずに早く行け!」
ああ、言えた。やっと言えた。
俺が俺に言いたくてたまらなかったことを、俺の口から、俺の言葉で。
それを聞いた過去の俺が、電話の向こうで何か言ったような気がする。
ところがその声は俺の耳に届かなかった。
何故なら遠くから耳鳴りが迫ってきて、やがて頭を割らんばかりに頭蓋の内で
「おい、ユーセー!」
「清沢くん……!」
最後にぼやけて聞こえたのは、望と横山が俺を呼ぶ声、だったのだろうか。
されど俺に応える時間も確かめる術も与えず、世界は歪み、暗転した。
ブツリと小さく音を立て、まるで存在ごと消えてなくなるかのように。
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