2023年8月15日(火)
その縁あってこの寺は白石市内に存在する数少ない観光名所のひとつとされているわけだが、寺というからには当然
おかげで盆の時期には、観光客と墓参者とが入り乱れる事態になるようだ。
「ほんとに大丈夫か、ユーセー?」
「ああ、平気だって。むしろ今まで一回も墓参りに来なかった方がどうかしてたんだから。まあ、今更どの面下げて来たんだって言われたら、返す言葉もないけど」
「大丈夫。歩叶はそんなこと言わないし、むしろ
「……そうだといいんだけど」
と、先頭を歩く
三年前の春、逃げるように白石を離れて以来、ふるさとの土を踏むことを避け続けてきた俺にとっては、生まれて初めて訪れるまったく未知の空間だ。
少し早めの昼食を喫した
高校卒業と同時に町を出た俺や望とは違い、進学してからも白石に留まる横山は年に何度かここへ通って、まめに墓参りをしているらしい。
おかげで平城家の墓へ向かう足取りは、勝手知ったる何とやらだ。セミロングの髪をいわゆるくるりんぱの形にまとめて、惜しげもなくうなじを晒した横山の背中は、身長一八〇センチの望と並ぶとひどく小柄に見えるのに頼もしい。
じわじわと墓園を覆う夏の熱気と
「あ。もう誰かお参りに来たあとみたい」
とやがて横山が、とある墓石の前で足を止める。白地に黒や灰色のまだらが入った、立派な
途端にまた心臓が泣き言を言い出したのを、今度は望に聞かれないよう努めた。
──三年ぶりの再会がこんななんて、あんまりだよな。
内心そう自嘲しながら、すっかり無機質になってしまったかつての恋人の前に立ち尽くす。横山の言うとおり既に誰かが墓参したあとのようで、花立には瑞々しい菊の花がいっぱいに活けられていた。供え物はカラスの餌になることを嫌って持ち帰られた様子だが、香炉には線香が供えられた跡もある。
「平城ちゃんちの親御さんとかが来たんかな?」
「かもね。だけどこれ、私たちの花を活けるスペースあるかな?」
と、とうに花でいっぱいの花立を見て苦笑しながら、横山はスーパーの生花売り場で見繕ってきた花束を手に墓の前で屈み込んだ。
そうして御影石に微笑みかけたかと思えば、
「歩叶。清沢くんが来てくれたよ」
と声をかける。彼女の優しくいたわるような声音を耳にしたら、たちまち視界がまぶしくてたまらなくなった。
けれども、ああ、夏雲に隠れていた日がまた照ってきたせいだなとその原因を誤魔化した俺は、たっぷりの水と
「お墓もきれいに掃除されてるから、私たちがやることあんまりないねー」
と言いながら、横山は早速花束の包みをといて活ける支度を始めた。俺と望はその間に打ち水をして、連日夏の陽射しに
それが済むと花を活け、供え物を置いた。
花は横山が選んだスターチスとかいう洋花だ。
ゆえに横山は、中世フランス貴族のドレスの
「この花、何だか歩叶っぽくない?」
という理由で購入した。菊や百合などの無難な花は他の墓参者が持ち寄るだろうから、花立が同じ花ばかりになるのは避けたいとそう言って。
だがスターチスを指して「歩叶っぽい」と言った横山の言い分も、こうして見ると何となく得心がいくような気がする。優雅にして可憐。小さな薄桃色の花が茎の先に群がり咲き、房状になって華やかさを演出する姿は、なるほど、確かにかつて舞台の上で見た歩叶とどことなく重なるものを感じるのだ。
そんな花の名前がスターチスというのは、何たる皮肉と言うべきか、はたまた運命と言うべきか。妙なところで複雑な心持ちを抱きながら、俺は望と横山に
「ありがとね、清沢くん」
やがてひととおりの追悼を終えて、さてそれでは帰ろうかという雰囲気になった頃。香炉の中で細い煙を上げる線香に俺がわけもなく見入っていると、不意に横山が改まった様子で口を開いた。
「本当は清沢くんだって、色々と思うところあるはずなのに……私の一方的なわがままに付き合わせちゃって、ごめんね」
「いや、俺は……」
「でも、歩叶もきっと喜んでるはずっていう気持ちは本当だから。あの歩叶が清沢くんのことを急に嫌いになっちゃったなんて……やっぱり私には信じられないの。じゃあなんで清沢くんにあんなひどいこと言ったの? って
「……うん」
「あーあ、せめてもう一度歩叶と話せたらいいのにね。そしたら清沢くんをフッた理由だって問い質せるし、他にも話したいことがたくさん……」
「一緒に通うはずだった大学のこととか、カッコイイ彼氏のこととか?」
「……望はそういうこと自分で言わなきゃいい彼氏なんだけどな」
「えぇ!? じゃあ今のオレってダメな彼氏!?」
「だから声大きいって!」
と故人を
こんなときでも構わずふざける望を本気で叱らないのは、たぶん横山も、危うく泣き出してしまいそうなところを気遣われたのだと分かっているためだろう。
けれども互いに野次を飛ばし合うふたりを横目に見ながら、俺はふと肩から斜めに提げたサコッシュへ手をやった。この牛革の内側には、歩叶が生前使っていたのにそっくりのスマホが入っている。カメラを
これの存在を今、望や横山にも明かすべきだろうか。
無論、過去カメラはあくまで過去の情景を覗けるだけであって、横山が望むような死者との会話を実現し得るほど画期的な代物ではない。
しかし今ならふたりと一緒に白石時代の思い出をなつかしめるだろうし。
何よりカメラと横山たちの力を借りれば、歩叶が俺から去っていった本当の理由も、ついに突き止められるかも──
「──うわっ!?」
ところが俺が
どうしたのかと目を丸くして振り向けば、そこには他の墓参者とすれ違いざま、誤って手桶を落としてしまったらしいご婦人の姿がある。が、彼女は跳ねた水がかかって明らかに憤慨している様子の男性には目もくれず、何やら放心した様子で立ち尽くしていた。そう──他でもない
「……
と、そんな彼女の唇がいよいよ震えて、ローズレッドの口紅の間から俺の名前を紡ぎ出す。
「あ、あなた……清沢優星君、よね?」
尋ねられて、俺はすぐに「はい、そうです」と答えられなかった。
何故なら俺に正体を尋ねたそのご婦人は、かつて俺と歩叶の交際を黙認してくれていた彼女の母──平城
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