僕の彼女は婦人自衛官
防人2曹
第1話 紹介された女の子は自衛官!
福岡市に本社を置く株式会社ブロンは10年前に開業した社員150名ほどのウェブ系IT企業。
ブロンは天神と中洲の間にあるビルの3~5階のフロアで運営されている。
このブロンの開発部第一開発課は、4階の最も北側にあり、中でもその一番陽の当たらない場所で中肉中背の男がPCのキーボードを黙々とそれも凄まじい速度でタイプしていた。フロア内はあちこちで会話していたりと別に静まりかえっているわけではないのに、彼の周囲は彼のタイプ音がその会話声をかき消していた。
彼の名前は
またプレゼン等人前で何かをすることはその気弱さとコミュニケーション力の低さからできないが、しかし社内でも指折りのプログラマだったりもする。そういう事もあって現在、複数のプロジェクトに所属している。さらに残業をせずとも納期遅れを起こしたことがないため、同期入社の社員の中で最も人事評価が高い。
そんな剛のPCにチャットが飛んできた。その内容は、
「今日18時、頼むな。場所は添付参照」
――気は進まないんだけど、行くって言っちゃったから行かなきゃ。
何のチャットかというと、今夜開かれる合コンである。剛は人数足りないときの数合わせの引き立て役なのだ。ただ座って飲み食いしてるだけ。あとは時間が過ぎるのを待つ。それだけのことである。
――どうせ僕なんか誰も興味持ってくれないから、空気になっておけばいい。
誘われるときは決まって頭数合わせなだけなので、空気になっていつ帰ったかもわからない、それで良い。たまにからかわれて笑いものにされる。そんなことはこれまでの経験から慣れっこになってるから、どうという事もなかった。
誘う側も剛に人気が集まることはないため誘いやすいのだ。それに特別何かなければ誘えばたいてい参加してくれる。それが後輩からの頼みでも同じだった。
特に今は秋。クリスマスに向けて彼女をゲットしようとするフリーの男子社員たちがその毒牙を隠しながら合コンの数が増える時期でもあった。
そんな剛を辛そうに見る目があった。それは開発部の主任でもあり、剛と同じウェブプログラマでもある
あかりは、何かの切欠で剛は変われると考えている。剛が誘われた合コンにほぼ参加しているのもきっと剛なりの努力なのだろうとは考えていた。しかし、剛と参加した男子社員に聞いても剛の話は全く出てこない。それどころかバカにされても黙っていたという話も出るほどだった。
――どうにかしてあげないと!
あかりは、以前相談にのったことのある後輩のことを思い出した。その後輩は今陸上自衛隊にいる。まだ転勤したという話は聞かないので、すぐ近くの福岡駐屯地にいるのである。
――善は急げ、よね
あかりは、後輩の
土曜日――
あかりは後輩の佳織と会うため、博多駅からキャナルシティ方向に少し行ったところの川沿いにあるカフェに来ていた。
あかりが着いたのは約束の時間よりも15分程前だった。その日は天気も良く時折吹く風が気持ち良い季節であるため、席は外に取った。あかりが席に着くとすぐにウェイトレスが水とメニューを持ってきたのだが、あかりは「ブレンドコーヒー」とメニューも見ずに注文した。
そして注文したコーヒーがあかりに届いたちょうどその時、待ち人がやってきた。
「あかり先輩、すみません。遅くなりました」
やってきた待ち人、佳織が到着。息を切らせながらあかりの前の椅子に座ると、あかりにブレンドコーヒーを持ってきたばかりのウェイトレスに「同じものを」とあかりと同じくホットのブレンドコーヒーを注文した。
ウェイトレスがいなくなったのを確認して腕時計を見たあかりは、
「まだ待ち合わせ時間には5分もあるから大丈夫よ」
と届いたばかりのホットのブレンドコーヒーを口にひとつ運んでそう言った。
ほどなくして佳織の注文したブレンドコーヒーをウェイトレスが持ってきた。
佳織は少し乾いた喉を潤そうとまだ熱いブレンドコーヒーを注意しながらひと口飲んだ。
「それであかり先輩、話って何ですか?」
「佳織、まだフリーよね?」
とあかりが聞くと、「残念ながら――」と佳織が答えた。
その答えにあかりは一つ頷くと、
「佳織に紹介したい男の子がいるんだよ」
と切り出した。
あかりが佳織に紹介したかったのは剛であった。
剛のある程度の情報を佳織に伝えた。
アニメオタク、ラノベ好き、同人誌即売会に参加してることも伝えた。
そして、真面目な男であることも忘れずに佳織に伝えた。
「ふうん、アニメオタクか――じゃあ私の好きなパンくんも嫌わないかな?」
「パンくんというのは、確か佳織が好きにあアニメの奴だっけ?」
「そうです! 魔法少女アイに出てくる使い魔でぬいぐるみなんですよー」
と佳織はニコニコ顔でそう答える。
が、あかりはそこら辺が良くわからないため、いつも「ふうん」と聞き流しているだけだったりもするのだが、
「そんなことはしないだろうさ。あの子もそこら辺はカバーしているだろうしな」
「そっか。じゃあ会ってみます」
「そっか。じゃあ来週あたりでどうだ?」
と早速あかりと佳織でスケジュールを決めていく2人であった――。
そしてそのまま、あかりは剛に電話して翌週土曜日の昼に天神駅の駅ビルの商業施設の7階にあるレストランで待ち合わせる約束を取り付けたのである。
☆☆☆ ☆☆☆
翌週土曜日――。
剛は、赤色のチェック柄のシャツ、インナーは白のTシャツ、ボトムはデニム、そしてカーキ色のリュックといういつもの恰好で時間に余裕をもって部屋を出た。余裕を持ってというのは昨日あかりから言われたことである。
「あら、今日はお出かけ?」
剛の母、
「うん、先輩と待ち合わせ」
「へえ、もしかして女の人?」
「え? うん、まあ女の人と言えばそうだけど……」
「あら、まあ! もしかして彼女?」
「違うよ。たぶん仕事関連だとおもうよ?」
「なんだ、そうなの。……でも普段着なのね」
「先輩から言われたからね……僕もなんで呼ばれたのかまではわからないよ」
「そうなの。まあ頑張ってきなさい」
「はーい」
と、靴を履いた剛は母親に「行ってきます」と声を掛けて自宅を出た。
最寄りの大橋駅まで少し小走りに行って、駅の自動販売機で勝った缶コーヒーで乾いた喉を潤した。
ちょうど飲み切ったところで電車が来たので、空き缶をゴミ箱に捨てると電車に乗ると、あかりにRINEで「今電車に乗りました」とメッセージを送った。これもあかりから事前に言われていたことでもある。
ちょうど剛が電車に乗った頃、あかりは天神駅に一足先に到着。
改札を出て剛との待ち合わせ場所でもある駅ビルの商業施設入口の手前の壁に自慢のロングの黒髪を右肩に回すと、少し寄りかかるようにして剛を待つことにしてRINEを開いた。
時間通りに電車に乗ったらしいメッセージが入っていた。そのメッセージに返信しようとしたところ、翔太が改札を出てきたので、剛にわかるように手を高く上げて振った。
あかりに気が付いた剛は小走りにあかりのところにやってきた。
チェックのシャツにデニムにスニーカー、背中にリュックという姿で小走りにやってくる剛を、あかりは小動物のように感じて、クスッと笑ってしまった。
対する剛は、デニムパンツにベージュのロングニットに黒のショートブーツ、そして右肩に鞄をかけているあかりの姿に、
「女の人って服装で変わるって言いますけど、先輩も同じですね」
と正直な感想を言った。
「そう? まあ新田君はちょっと予想の斜め上を行ってるかな」
と、あかりは剛の感想を言った。
「そうですか? おかしいかな、この服装――」
「い、いや。別に悪い恰好じゃないよ。たまたま私が思い描いていたものとが違うというだけだから」
「そうですか? 今度、はちょっとファッションにも気を配ってみます」
「そうだね、それも良いよ思うよ。けど、結局ファッションなんてその人を表すというからね。だから別に気にする必要はないと思うよ」
「わかりました。でも、次からはちょっと工夫してみようと思います」
「じゃあ、その次を楽しみにしておくことにするよ。さ、じゃあ行こうか」
「はい」
と二人はあかりを先頭に佳織との待ち合わせ場所でもある7階のレストランに行った。
レストランに着いた2人は、一足早くレストランの奥の角スペースのテーブルに壁側にあかり、その前に剛という形で席に着いた。
しばらくして、赤いブラウスにベージュのフレアスカートに黒いショートブーツにショートヘアの女性が店内に入ってきた。
「あ、来たわ」
とあかりはその女性に向けて高く挙げた手を振って合図を送った。
あかりの合図に気が付いたその女性が急ぎ足でやってきて、あかりの隣に座った。
やってきたのは、あかりの後輩で、
「おーおー、えらく頑張ってきたな佳織」
「えー、そんなことないですよー。あかり先輩だって決めてるじゃないですかぁ」
「私? 私は普段着だよ」
「えー、嘘だぁ! 化粧だってばっちりじゃないですかぁ」
「そりゃ外に出るんだからなぁ、化粧だってするさ。お前だってそうじゃないか。普段化粧しないんだろ?」
「そりゃ、あかり先輩みたいにオフィス仕事じゃないんで、けどお肌のケアと日焼け防止はいつもちゃんとやってるんですよ?」
と二人で盛り上がっているあかりと佳織。
剛はそんな二人をというか、来たばかりの佳織をぼーっと見ている。
――きれいな人だなぁ
佳織をみている剛に気付いたあかりがクスクスと笑うと、
「新田君、いいかい?」
とあかりが剛に声を掛けると、剛はハッと我に返った。
「あ、あーはい。なんですか中沢さん」
その反応にあかりはまたクスクスと笑う。
「なんですかじゃないよ。今新田君がじーっと見ていたのが私の後輩、伊藤佳織だ」
「初めまして。伊藤といいます。よろしくお願いします」
と佳織が剛に座ったままお辞儀して挨拶すると、剛はちょっと慌てて、
「あ、あー、と――僕は新田剛です。よ、よよよよよろしく、おおおおお願いします」
とかなりどもりながら剛は挨拶を返した。
そんな剛をあかりは顔を横に向けて噴き出しそうになるのを必死でこらえている。
「もう、あかり先輩。失礼ですよ」
と佳織はあかりに注意すると、剛に向き直って、
「いきなりのことですみません。今日はよろしくお願いしますね。新田さん」
と剛にニッコリ笑顔で言った。
その笑顔に、剛は顔を真っ赤にして下を向くと、
「あ、はははははい。よ、よろしく――?」
と、ここで剛はなぜ自分が佳織を紹介されたのか、その意味が分からなくて、あかりにその理由を尋ねると、
「あ、あーそっか。新田君には言ってなかったっけ? 今日新田君に佳織を紹介しようと来てもらったんだよ」
「へ?――」
あかりの剛を呼んだ理由に、剛は時が止まった。
――なんで、僕が? 僕なんて合コンでも空気にしかなれないのに――
そう思うと、会社で信頼していたあかりに対して少し不信感がわいて俯いた。そしてその不信感は剛の目に涙となって表れた。
「あの――中沢さん。僕をからかってますか?」
剛は俯いたまま、あかりに尋ねた。
「え? いやそんなからかうなんて――」
というあかりに剛は顔を上げると、
「僕が女の人にどう思われているのか、それは僕が一番わかってますよ。中沢さんはそれを知ってて、僕をここに呼んだんですか?」
「い、いや――私はそんなこと思ってなんかない――」
「いいです。中沢さんは別だと信頼していたのに――」
「ちょ、ちょっと待って新田君。そうじゃないの、私は――」
二人をただ見ていた佳織は、喧嘩になりそうな二人を一旦止めた。
「あかり先輩、新田さんに今日のことを伝えてなかったんですか?」
「それは、うん――」
「話を聞いていると、どうやら会社の中とかでも新田さんがどう扱われているのか何となくですが見えてきましたが、あかり先輩はどういうつもりで新田さんをここに呼んだんですか? まずはそこから新田さんに説明するべきだと思います。そして、新田さん。私はまだ新田さんのことを知りません。新田さんがどんな人か知りたい、良ければ新田さんと仲良くなりたい、そう思って私はここに来ました。とりあえずあかり先輩の話を聞いてもらってもよろしいですか?」
剛は、そういう佳織にシャツの袖で目に浮かんだ涙をぐっと拭って「はい」と答えると、落ち着くために水を一口飲んだ。
そしてあかりも一度深呼吸をすると、剛に頭を下げた。
「新田君、今日のことを黙っててごめんなさい」
とそう言って頭を上げると剛をまっすぐ見て、言葉を続けた。
「私は行きたくもない合コンに新田君が仕方なく参加していることを知ってる。そこで新田君がどんな扱いを受けているのかも合コンに参加した社員から聞いて知ってもいる。でも、私は君は真面目だし優しいところも知ってる。だからこそ君を佳織と引き合わせたかったんだ。そんな行きたくもない合コンに行ってストレスを抱えるよりも、せっかくの見に行ったり食事に行ったりするのなら、君には楽しいと感じてほしいし、どうせなら――と」
と、あかりがそこまで言ったところで、剛はあかりに頭を下げた。
「中沢さん、場を乱してすみませんでした。中沢さんが他の人と違う事はわかっているのに、卑屈になってしまいました」
そして佳織にも頭を下げた。
「伊藤さんにも気分悪くさせてすみませんでした。僕はこういう面倒臭い人間なんです。あなたみたいな素敵な女性には僕はきっと似合わないと思います」
と剛が席を立とうとするのを、佳織が止めた。
「ちょっと待って新田さん。私に新田さんが似合わないとか私はそうは思わないです。せっかくこうして新田さんと知り合えたから、私は新田さんをもっと知りたいです。こうして新田さんの言葉を聞いていて、新田さんが優しい人なんだなという事は伝わってきました。だから、もっとお話しさせてください」
「でも、僕こんなですよ?」
「こんなとは、新田さんの体型ですか? それとも服装ですか?」
「両方です。それに僕は所謂オタクってやつで――」
「いいじゃないですか。私もアニメ見るオタクですよ? オタクの何が悪いんですか? それに体型だって個性です。何とかしたければきっと何とかできます。服装だって個性だと思います。ダサいからどうとかってテレビでも言ってますけど、私はそんなことどうでもいいんですよね」
と佳織はそこまでいうと、一つ小さく頷いて、言葉を続ける。
「私、自衛官なんですけど、自衛官の方がもっとダサいですよ? 私はカッコいい人とかファッションに敏感な人とか、そういう人あまり好きではないんですよ。なんか軽そうで。でも新田さんのような人は私はいいなと思います。同期とか友人には変わってると言われますけどね。でもそれも私なので。だから私はもっと新田さんのことを知りたいし、新田さんにも私をもっと知ってほしいと思ってます。もし新田さんが私なんか嫌だというなら諦めますが――」
そういう佳織に、剛は席に座りなおすと、
「すみません、初対面の伊藤さんにこんなに気を使わせてしまって――僕、気弱なんです。高校の時に初めて好きなった女の子に勇気出して告白したんですけど、体型のこと言われて頑張って痩せようとしてみたんですけど、これが精一杯で、それで余計に自信なくしちゃって――すみません」
そういって、剛はまた佳織に頭を下げた。
佳織はそんな剛に、胸がちょっと温かくなった。
「そうだったんですね――でもその好きになった人のために頑張って痩せたんですよね。それってすごいことだと思いますよ。なかなかできないことだと思います。私はそんな新田さん素敵だと思います。きっとあかり先輩も新田さんのそういうところを見て、私に紹介してくれたんだと思うんです。実は私、自分が自衛官だから同じ自衛官の人とはお付き合いしたくなくて、でも私達自衛官って出会いなんてありませんから、あかり先輩にいい人いたら紹介してってお願いしていたんです。私もこんな人間なんです。それに私はあまりモテないので、できれば――とも思ってます」
そして佳織はあかりを見ると、
「あかり先輩、新田さんいい人ですね。私できれば新田さんとお付き合いしてみたいです」
とニッコリ笑って言った。
「え? そうなの?」
「はい。新田さん素敵な人だから。それに新田さんに私をもっとしてほしいし」
「いいのか佳織?」
少しぽかんとして確認してくるあかりに、佳織はニッコリ笑って「もちろん!」と答えた。
「それで、新田君はどうなんだ?」
とあかりに聞かれた剛は、少し考えて、
「僕が伊藤さんに似合うかどうか自信ないです――」
「新田君――」
「あの、新田さん――」
そう剛に声を掛けた佳織は、一旦席を立つと剛の隣の椅子に座って剛の手を取ると、
「新田さん、それならお友達からというのはどうでしょうか? よければ一緒にご飯に行ったりとかもしてみたいです。それでもし、私に興味を持ってくれたら、その時はお付き合いしませんか?」
と提案した。
剛はというと、女性に手を握られたということで心臓がバクバクとしてきて、
「と、友達なら――」
と、佳織から視線を逸らせてそう答えた。
「では、お友達からという事で、新田さんよろしくお願いします」
と佳織は剛の手を強めに握ってそしてニッコリ笑って剛にそう言った。
「あ、は、はい。よ、よろしく、お、おねがいしま、す――あ、あの、手、手を――」
と剛に言われて、佳織は「あ、すみません」と剛の手を放した。
手を放された剛はというと、それまで握られていた温かくて柔らかい佳織の手を目で追うのだった。
かくして、友達からということで剛と佳織の交際が始まったのである。
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